第152話 お父様とお母様
イアンさんの涙に、その言葉に圧倒されて、私は怒る気力を無くしてしまった。
「イアン、さん……」
「今更こんなこと言っても、言い訳にしかならないのは分かってるんだ。だけど、また目を離した隙にユキが居なくなるって思うと……」
イアンさんは私から目線を外し、また俯いた。
「____怖くてたまらなくなる。もう嫌なんだ。ユキを失うのは」
気が付くと、他の吸血鬼達もイアンさんと同じように悲しそうな顔をしていた。
そこで、私は初めて分かった。
皆はただ単に、秋祭りに来たかったというだけじゃない。
私がまた皆の前から居なくならないかが不安で、秋祭りの場所が学校だと聞いたから。
あの時のように、私を失いたくなかったから。
同じことが起こった学校で、私の身に何も無いように、心配して来てくれたんだ。
「皆……私のために……」
そうだと分かると、もう何も言えなくなった。
「ご、ごめんなさい。私、皆の気持ちも知らないで勝手なことばっかり……」
今度は私が謝る番だ。
「ううん。ユキが事前に忠告してくれてたのに、それを無視して来ちゃったんだから、僕達が悪いよ。ごめん」
イアンさんを筆頭に、他の四人が正座をしたまま頭を下げてくれる。
「わ、私の方こそ、ごめんなさい」
私も急いで正座をし、皆と同じ体勢で頭を下げた。
「……何してんの? あんた達」
互いに頭を下げ合う私達を、教室の入り口から亜子ちゃんが見つめていた。
「あ、亜子ちゃん……。えっと、これは……ちょっと、色々あって」
頭を掻き、私は情けなく笑うことしか出来なかった。
「アコ!」
亜子ちゃんが来たことに一際喜びを示したのは、スピリアちゃんだった。
スピリアちゃんは、弾けるように亜子ちゃんの方に駆け寄って、亜子ちゃんに抱き付いた。
「スピリア……」
亜子ちゃんは、スピリアちゃんの水色の髪を撫でながら頬を緩める。
「この子のことはあたしに任せて。あんたはまず、イアン達と仲直りしときなさい」
次に顔を上げた時には、亜子ちゃんは真剣な表情に戻っていた。
「亜子ちゃん……」
「秋祭り一緒に回るのは、その後だから」
「う、うん! ありがとう! スピリアちゃんのこと、お願いしても良いかな?」
「分かった」
亜子ちゃんは快く承諾してくれ、スピリアちゃんに向かって言った。
「スピリア、あたしと一緒に昼ごはん食べましょ」
「リ! わたし、お腹ペコペコだったリ~」
そんな話をしながら、亜子ちゃんとスピリアちゃんは教室から出ていった。
「と、とりあえず、俺達も昼飯にしません? 仲直りとかはその後で……」
私達の仲裁を試みてくれた風馬くん。
でも、その直後に空腹を知らせる音がお腹から鳴り響き、風馬くんは少し顔を赤らめて立ち尽くしてしまった。
「そ、そうだね。とりあえず……」
私は、イアンさん達から差し入れとして貰っていたトマトジュースが入った紙袋を引き上げ、頷いたのだった。
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「うん! ものすごく美味しいです! ありがとうございます、イアンさ……」
私はトマトジュースをひと啜りしてから、あまりの美味しさに大興奮してしまった。
場所は変わらず、バザー用に使っている教室だ。
模擬店の近くに机と椅子を用意して、ちょっとしたカフェテラスのようにしているんだけど、そんな所に行ってしまうとイアンさん達のことがバレるから。
「あ、うん。……良かったよ」
イアンさんにお礼を言おうと横を向き、笑顔を向けたところで私は思い出してしまった。
少し前まで、私が偉そうにガミガミと説教してしまったせいで、場の空気がものすごく重たくなっていたことを。
イアンさんも笑顔で言ってくれたけど、何だか無理したような笑顔だった。
私は気まずくなってしまい、慌てて左横の風馬くんに話しかけた。
「ね、風馬くん、美味しいよね!」
風馬くんも美味しいと言ってくれれば、イアンさん達も喜んでくれるはず。
「あー、えっと……」
あれ? 風馬くん?
何で嫌そうな顔してるんだろう。トマトジュースに口すらつけてない。
「もしかして、トマト嫌い?」
そっと尋ねると、風馬くんは目を泳がせてから頷いた。
「う、うん。ちょっと、味があまり好きじゃなくて……」
あ、あちゃー。風馬くん、トマト嫌いだったんだ!
言ってくれれば良かったのに……!
まぁ、言えるわけないよね。こんな状況で。
風馬くんにも悪いことしちゃったなぁ、私。
「風馬くん」
ふと、そんな風馬くんを呼ぶ声が。
風馬くんのことが好きな女の子達かと思って、声のした方を見ると、男女が二人立っていた。
それも大人のひとで、男性の方はがっしりとした体格の、少しいかつめで怖そうな印象。女性の方は赤い長髪が魅力的で、男性とは違った優しげな印象だった。
て、ていうか! 早速イアンさん達のこと見られちゃった!
私が一人アワアワしていると、
「あ、後藤の……」
風馬くんがそう言って立ち上がり、礼儀正しく会釈をした。
ということは、亜子ちゃんのご両親!?
「どうも、初めまして」
先に口を開いたのは、お父様の方だった。
「亜子がいつもお世話になってます。亜子の父親です」
あれ、見た目と違って結構優しそうな人だ。
「亜子の母です。よろしくね」
お母様は、もう見た目も中身も全く変わらずといった感じ。
「は、初めまして! 亜子ちゃんにいつも色々とお世話になってます! 村瀬雪です!」
私も急いで立ち上がって、亜子ちゃんのご両親に向かって頭を下げた。
「知ってるわよ、雪ちゃん。娘がいつも話してるもの」
ニコニコ笑顔で、そう言ってくれるお母様。
「そうだな。そう言えば、昔もよく見かけてたよ」
赤い短髪のお父様は、そう言って微笑ましそうに笑った。
「えっ、昔って……」
「ほら、向こうに居たでしょ? 亜人界に」
お母様も、優しく笑って尋ねてきた。




