第148話 嫌な思いはさせたくない
「秋祭り、お前も一緒に回らねぇ? 皆、お前のこと気に入ってんだよ」
休み時間になって、藤本くんが風馬くんの席までやって来た。
「そうなのか。……でも悪い。止めとくよ」
笑顔で言った風馬くんを、藤本くんは少し訝しげに見て、
「誰かと回る約束してんのか?」
「ああ、うん。……村瀬と」
風馬くんが私をちらりと見やり、藤本くんも私を見下ろす。
彼と目が合い、私は思わず肩を縮めて目を反らしてしまう。
藤本くんと接したのは夏合宿以来。それに仲直りとかもしてないから、ものすごく気まずい関係のままなのだ。
藤本くんは、暫く私を見つめていたようだけど、すぐに風馬くんに向き直った。
「____そうか、分かった。じゃあな」
「うん」
ヒラヒラと手を振り、自分の席に帰っていく藤本くんの背中を見ながら、風馬くんが短く答える。
一瞬だけ見えた藤本くんの表情には、何事もなかったかのような笑みが浮かんでいた。
「ごめんね、風馬くん。せっかく藤本くんが誘ってくれたのに」
私が謝ると、風馬くんは少し驚いたように目を丸くした。
「何で村瀬が謝るんだよ。先に約束したのは村瀬の方だろ?」
「でも、私と先に約束してたせいで、風馬くんが藤本くん達に嫌がらせ受けるの申し訳ないから」
藤本くんのあの性格じゃ、せっかく誘ったのに断った風馬くんを妬んで、何かしでかす可能性が高い。
私と先に約束してしまったばっかりに、風馬くんが傷付くのは嫌だ。
「考えすぎだよ。そんなことならないって。村瀬はちょっと苦手かもしれないけど、藤本、結構良い奴なんだ。それに、藤本が本当に俺と回りたいって思ってるなら、村瀬との約束を無理やり破らせてでも、俺をグループの中に入れようとするはずだろ?」
平気そうな笑顔で、風馬くんはそう尋ねてくる。
「た、確かに……」
私が呟くと、風馬くんはより一層笑顔を浮かべて、
「後藤が村瀬と普通に接するようになったから、周りの奴らも、もう村瀬のこと悪く思ってないはずだしさ」
そ、そうなのかなぁ。亜子ちゃんの態度は演技だったとしても、皆が皆そうだとは限らないし。
でも、皆が亜子ちゃんに合わせてただけ……とかだったら、風馬くんの言ってることも正しくなる。
それにさっきの藤本くんの態度も、夏合宿の時より柔らかかった気がする。……気がする、だけなんだけど。
「村瀬は優しいから、いっぱい気にしてるのかもしれないけど、心配する必要なんてこれっぽっちもないよ。思い切り楽しもう」
私の肩に優しく手を置いてくれる風馬くん。
「風馬くん……」
心配する必要、ないのかな。でも初めての秋祭りだし、出来ることなら思い切り楽しみたい……。
「そうだよね、ありがとう」
とは言ったものの……やっぱり心配だなぁ。
何か悪い予感がする。別に誰が怪しいとかじゃないんだけど。
私、本当に上手くやれるかな____。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
秋祭りの準備が始まってから二週間が過ぎ、結構準備も進んできていた。
「よし、大体こんな感じだな」
風馬くんが机の上に並べた商品を見て、腰に手を当てつつ頷く。
「うん、そうだね」
私も、今しがた並べ終えた商品を見回して、満足感に浸っていた。
私と風馬くんは、他のバザー担当の学年の子達と協力して、バザーで出品する商品を並べたり値札を貼ったりしていたのだ。
ついに秋祭りまで三日になった今日、学校ではどのブースでも最終確認が行われていた。
三日後の秋祭り本番では、生徒の家族や親族だけでなく、外部からのお客様も来てくださる。
完璧な準備をして、本番を迎えなけれぱならない。
緊張するなぁ。
私がふぅと息をついて何気なく廊下の方を見ると、
「あ、亜子ちゃん」
「雪」
赤みがかった長い茶髪を上の方でツインテールに結んだ少女が、廊下を歩いているのが目に入った。
「準備お疲れ様。どう? 模擬店の方、進んでる?」
私が尋ねると、亜子ちゃんは頬を緩めて、
「そうね。今はあたし達も最終段階に入ってるし、まぁ、問題ないと思うわ」
「そっか、良かった」
「バザーの方はどうなの?」
今度は亜子ちゃんが、私達バザー組の進み具合を尋ねてきた。
「うん、今全部終わったところだよ」
私の言葉を聞いた亜子ちゃんは、安心したように口角を上げた。
「____本当に良かったわ」
私を見つめて、亜子ちゃんは長く息をつくようにそうこぼした。
「え?」
「ううん、雪が人間に戻ってくれて良かったって思ってね」
首を横に振り、腰に手を当てる亜子ちゃん。
「あはは。その節は本当にお世話になりました」
私はその時のお礼も含めて、もう一度深く頭を下げた。
「あたしだけじゃないわよ。吸血鬼達も頑張ってくれたからこそ、こうやって平和にやれてるんだし」
首を傾けてツインテールを揺らし、亜子ちゃんは言った。
「秋祭り、お互い頑張ろう」
「うん!! ……あ、あの、亜子ちゃん」
私は思い切って聞いてみることにした。
「一緒に回れないかな、当日」
亜子ちゃんは人差し指を顎に当てて天井を仰ぎ、考え込む仕草をした後、
「シフトが合えばだけど……良いわよ」
「ありがとう! それでね、あの……」
「「亜子様!」」
もう一個、伝えたいことを言おうとしたところで、私の声は遠くからの大声にかき消されてしまった。
見ると、廊下の奥から亜子ちゃんの取り巻きの女子二人が、大きく手を降りながら走ってきていた。
「なに?」
不思議そうに尋ねる亜子ちゃんを見つめ、若干息を切らした彼女達は、目をキラキラと輝かせて、
「今から模擬店のメニューの試食会をやるみたいなんです」
「私達も一緒に行きましょうよ!」
両の拳を胸の前で握り、亜子ちゃんを誘う取り巻きの女子達。
「そうなの。良いわよ」
亜子ちゃんはあっさりと承諾した後、私に向かってひらひらと手を振ってくれた。
「ごめん、またね」
取り巻きの女子達に手を引かれて廊下を急ぐ亜子ちゃんの後ろ姿を、私も手を振って見送った。
はぁ、結局言えなかったな……。
私と一緒に回ったら、周りから変な目で見られるかもしれない、って。
また時間を見つけて言うしかないか。
亜子ちゃんに嫌な思いをさせるわけにはいかないもん。
「____あの子となに話してたんですか?」
バザーの教室に戻ろうとすると、そんな声が聞こえてきた。
私は思わず立ち止まり、その会話に耳を傾けた。亜子ちゃん、何て答えるんだろう。
一個、間違ったら悪い印象を与えちゃうかもしれないけど。
「何でもないわよ、連絡事項があったから伝えてただけ」
亜子ちゃんが言うと、二人の取り巻きのうちのもう一人が、
「そりゃそうじゃない。亜子様があんな子に構うわけないでしょ」
「それもそうですね。失礼しました」
先に言った子が亜子ちゃんに謝罪。
「別に。あたしだってたまには喋ることもあるのよ。あの子、意外と変じゃないかもって思い始めてね」
私は亜子ちゃんの言葉にハッとして、彼女達が歩いていった方を見た。
すると、女子達が驚いたような声をあげた。
「そうなんですか!?」
「亜子様がそう言うなら、私達も話してみようかなーなんて」
「良いんじゃない?」
亜子ちゃん、さりげなく私のことプッシュしてくれた……!
私は心が暖かくなるのを感じながら、教室に戻った。




