第146話 周りの目なんて気にしないで
「えー、今日のLHRは、秋祭りについての説明です」
朝礼が始まると、先生はそう言って楽しみそうにニコリと笑った。
「へえ、ここの学校も秋は祭りやるんだな」
隣の席で風馬くんが頬杖をついて、感心したように言った。
私達は一年生だから、この高校の行事は全て初体験。
だから、どんなことをやるのか全く想像が出来ないのだ。
まぁ、普通はオープンキャンパスとか行って知ってる人の方が多いと思うけど。
私、人混み苦手だし人付き合いも上手くないから、そういう行事には一切参加してなかったんだよね。
風馬くんは転校してきたんだしこの高校のこと知らないのは当然だけど、私の場合は必ずしも無知で良いわけじゃないし……。
「そうだね」
私が頷くと、風馬くんは満面の笑みを浮かべた。
か、カッコいい……思わず頬が赤くなってしまう。
赤くなった頬を風馬くんに見られたくなくて、パッと顔を逸らすと、一人の少女の姿が目に入った。
赤みがかった茶髪を高い位置でツインテールに結び、少しつり上がった紫色の瞳を持つ少女____亜子ちゃんだ。
彼女も頬杖をついていたけど、風馬くんの楽観的な頬杖とは少し違うように見えた。
むっつりと唇をへの字に曲げて、小首を傾げてため息をついている。
こういう行事ごと、あまり好きじゃないのかな。
亜子ちゃんの前の席は、今もポツンと空いていた。
そう、氷下心結、もといグレースの席だったところだ。
別に誰かが新しく転校してくるわけでもないけど、秋祭りの準備で忙しくなるから、グレースの席を除けての席替えは秋祭りが終わった後にやるらしい。
グレース、元気にやってるかな。
グレースのことだから、一生懸命やり過ぎて王女っていうよりお母様の秘書みたいになってそう。
お母様に言われたこととか聞く時も、しゃんって背筋伸ばして畏まって『はい! 分かりました!』って感じで。
ふふ、何か想像したら面白いな。
本人は至って大真面目なんだし、笑っちゃうと失礼だけど。
「____一年生は今年が初めてですが、主にバザーと模擬店を担当することになります」
私が余計なことを考えている間も先生の説明はどんどん進んでいて、耳に入ってきた言葉はそれだった。
バザーと模擬店やるんだ。お金の管理とか出来るかな、私。
模擬店となると、高校に来る人全員が美味しいと思えるようなものを考えないといけない。
小さい子供も来るはずだし、逆にお年寄りも来校されるに違いない。
となると、幅広い年代に美味しいと思ってもらえるようなものを作らないといけないということになる。
うーん、なかなか難しそうだなぁ。
先生の説明では、二年生が装飾や秋祭り全体の取り締まり、三年生が接待警備ということだった。
どんな祭りになるんだろう。私、楽しめるかな……。
中学生の時だって勿論友達は居ないし、自分から話しかけるなんてしてこなかったもん。
そのせいで大抵の行事の思い出とかは、何も作れないままだった。
風馬くんや亜子ちゃんと仲良くなれた今年は、変わりたい。
ちゃんと、楽しめるように……!
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放課後、いつものようにイアンさんに迎えに来てもらい、私は吸血鬼界____亜人界の王宮に居た。
理由は勿論、目を覚ましたというキルちゃんのお見舞いだ。
キルちゃんの意識はもうハッキリとしていた。
まだ一人で歩くとなるとヨロヨロしちゃうみたいだけど、それもリハビリで克服出来るとのことだった。
そして数年前にキルちゃんが殺したと思っていたホーリー・ヴァンパイアはスピリアちゃんのお兄さんで、実はあの時キルちゃんが殺すのを拒絶したことで生き延びていた。
つまり、キルちゃんが過去に吸血鬼を殺してしまったという罪はキルちゃん自身の記憶違いによるものであり、実際は罪を背負う必要などなかったというわけだ。
同じ仲間であるはずの吸血鬼を殺さなければいけないというプレッシャーにより、キルちゃんは事実と反する記憶を無意識のうちに自分自身で作り上げてしまっていたのだ。
キラー・ヴァンパイアの襲撃によってホーリー・ヴァンパイアの中で唯一生き残っていたと思っていたスピリアちゃんのお兄さんが生きていたことも分かり、王宮内で再会を果たすことが出来たそうだ。
これでスピリアちゃんが一人ぼっちになることもなくなったし、本当に良かった。
「ユキ、久しぶりの学校はどんな感じ?」
上体を起こしたキルちゃんが、ベッドに座ったまま尋ねてくれた。
私は頷いて、
「先生も私が無事だったって本気で喜んでくれたし、風馬くんとも亜子ちゃんとも楽しくやれてるよ」
「そう、良かったじゃない」
キルちゃんは、黄色い瞳を細めて微笑んでくれた。
「それと、今度学校で秋祭りをやることになったんです」
「アキマツリ?」
桃色の髪を揺らし、キルちゃんが頭の上にはてなマークを浮かべる。
私が秋祭りのことを皆に話すと、イアンさんが楽しそうに笑った。
「へぇ、楽しそうじゃないか。良いなぁ、僕も行きたい」
「無理ですよ、隊長。もしVEOに見つかったら戦いになるじゃないですか」
「そうですよ、イアン様。それにその『アキマツリ』というのは、ユキ様方人間の皆様が楽しまれるものですから」
レオくんとミリアさんにダブルで注意され、シュンと肩をすくめてうなだれるイアンさん。
「でも、上手く楽しめるか不安で……」
私が目を伏せて呟くと、
「何でだい?」
イアンさんが不思議そうに小首を傾げて尋ねてきた。
私はイアンさんの不思議そうな顔をちらりと見上げて、また床に視線を移し、
「中学の時も学校祭みたいなのがあったんですけど、その時も友達なんていなかったから一人ぼっちで、全然楽しめなかったんです。勿論今年は風馬くんや亜子ちゃんもいてくれるから、楽しめないことはないと思うんですけど」
「……なるほどね。でも大丈夫じゃないかな」
そう言うイアンさんは優しそうに口角を上げていた。
「フウマもアコも良い子だし、何よりユキは二人のこと大好きなんでしょ?」
「は、はい。勿論二人のことは大好きです。でも学校で私と関わっちゃうと、二人まで変な目で見られる気がして」
特に行事内で、私と一緒に居るのが学年の人に見つかったら……。
そう思うだけで、怖くて足がすくみそうになる。
せっかく出来た友達なのに、一瞬で失うなんて嫌だ。
「ユキが学校で酷い目に遭ってるのは僕達も聞いてるし、それなりに事情も理解してるつもりだよ。でも」
イアンさんはそこで言葉を切ると、
「周りの目って、そんなに気にすることなのかな」
「……え?」
赤い瞳に見つめられて、私は返す言葉を失った。
イアンさんは顎に手をやって続けた。
「勿論ユキの境遇を考えると、どうしても不安になっちゃうのは仕方ないと思うけど」
そして顎にやっていた手を下ろして、
「でも一回だけ、周りの目なんて気にしないで思いっきり楽しんでみたらどうかな?」




