エピローグ② あの日の真実
数分後、一同はキルの眠る医務室に居た。
そして生き別れた兄妹の会話は、まだ続いていた。
「それにしても、スピリアも生き延びてたとはな」
椅子に腰掛け、腕を組んだ青髪の吸血鬼、サレムが頬を紅潮させて言った。
衝撃的な兄妹の再会から数分経った現在でも、彼の興奮は収まっていなかった。
「わたしだってびっくりリ! お兄ちゃんも皆も殺されたと思ってたから」
スピリアも兄の隣の椅子に腰掛けており、兄と同じようにまだ興奮していた。
「どうやって生き延びたリ?」
スピリアが尋ねると、サレムは頬を緩めて、
「ああ、この子が俺を助けてくれたんだよ」
サレムが見つめる視線の先には、目を瞑ったままベッドに横たわる桃髪の吸血鬼の姿があった。
「えっ、キルが……リ?」
意外な人物に驚くスピリア。
サレムは、今も意識がないままベッドに横たわっているキルを見つめて頷いた。
「間違いないよ。この綺麗な桃色の髪、今でも覚えてる」
「どういうことリ? キルは……キラー・ヴァンパイアはわたしたちを殺しに来たリ! なのに、お兄ちゃんを助けたなんて信じられないリ。どういう風の吹き回しリ?」
スピリアにはにわかに信じがたかった。
一瞬で炎に包まれた集落、泣き叫ぶ仲間達、命を落として動かなくなる仲間達……。
あの時の風景は、今もスピリアの目に、心に焼き付いている。
確かにキラー・ヴァンパイア達は、サレムやスピリアを含んだホーリー・ヴァンパイア達を殲滅しにやって来た。
彼らの殺戮に、一切の迷いなど感じられなかった。
そんな状況で、なぜサレムの命が助かったというのか。
「この子が『嫌だ』って言ってくれたんだ。俺を殺すのを」
スピリアは、驚きのあまり目を見張ってキルを見た。
燃え盛る建物の陰に隠れ、キラー・ヴァンパイア達の殺戮から逃れていたスピリアは、その時の様子など知らない。
だから、サレムの話すことが全てなのだ。
経緯はどうであれ、今もこうしてサレムは生きている。
それがキルのおかげだと言うなら……。
スピリアの中に、後悔が渦巻いた。
「この子はおとな達に唆されてたよ。俺を殺せば皆の生活が助かるんだって。でもこの子は頑なだった。俺を殺さないで見逃してくれたんだ」
サレムはそう言って、緑色の瞳を優しく細めた。
あの時、キルはおとな達に唆されるがままにサレムを殺したのではなく、自分でそれを拒絶した。
サレムの口から語られたのは、そんな真実だった。
それに驚いたのは、鬼衛隊のレオとミリアだ。
「どういうことだ、キルから聞いてた話と違うぞ」
橙色のツンツンと跳ねた髪を持つ吸血鬼、レオは、顎に手を当てて眉をひそめた。
「ええ、キル様の勘違いだった、ということでしょうか……」
長い黄髪の吸血鬼、ミリアも頷き、必死に脳を回転させる。
「いや、おそらく勘違いじゃないよ」
しかし黒髪を肩まで伸ばした吸血鬼、イアンだけが異論を唱えた。
イアンの言葉に、先の二人が驚いて目を見張る。
「キルにとって誰かを殺すっていうのは、僕達の想像を遥かに越えるほどのプレッシャーがあったはずだ。そのプレッシャーと、自分が今から誰かの命を奪わなければならないっていう絶望感が、知らず知らずのうちに真実をねじ曲げていたんだよ」
イアンは自分の推測ではあるが、キルから聞いた話とサレムから聞いた話が食い違っていた理由を説明した。
「なるほど……でも、キルがヒトを殺してなくて良かったですよ」
レオの言葉に、ミリアも同意を示す。
「ええ、本当に。キル様はこれからも殺鬼の罪を背負って生きていかなければいけませんでしたから」
確かにミリアの言う通り、キルはこれから先の長い生涯、過去に吸血鬼を殺した消えない事実とその罪を、十字架を背負わなければいけなかった。
しかしサレムが生きているのだから、その必要はなくなったのだ。
「俺、どこに行っても働かせてもらえるように、回復魔法の最高峰の蘇生魔法を身に付けたんです。あの時のお礼の気持ちを込めて、この子に蘇生魔法を施したいんですが」
不安そうにイアンの許可を仰ぐサレムに、イアンは優しい笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、勿論。よろしく頼むよ」
イアンの言葉に、サレムは嬉しそうに顔をほころばせて、眠っているキルの元に歩み寄った。
そして手をかざし、掌から暖かい緑色の光を放出させる。
サレムの瞳と同じ、エメラルドのような綺麗な光だった。
それがキルを優しく包み込み、やがてサレムの掌へと戻っていく。
「ん……」
小さな呻きとともに、キルの瞼が開いた。
空気に触れた黄色い瞳が、徐々にその輝きを取り戻していく。
「「「……キル!」」」
「キル様!」
鬼衛隊の面々とスピリアは、キルが目を覚ましたのを見て思わず声をあげた。
キルは目をしばたかせて暫くボーッとしていたが、ふっと頬を緩めた。
「皆……」
か細く弱々しい高い声。
しかし、一同にとってはずっと待ちわびていたキルの声そのものだった。
「キル! やっと起きたリ! 遅いリ!」
黄色の瞳を揺らし、目にたくさんの涙を溜めながら言うスピリア。
目に溜まった涙は大粒となって頬をつたい、白く輝いて落ちていく。
「スピ……リア……」
キルは、体を震わせて号泣しているスピリアを見て口角を上げ、安心したかのような穏やかな笑みを浮かべたのだった。
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一方、人間界では____。
新しい週を迎えた雪、風馬、亜子の三人がいつものように学校に登校していた。
ちなみにグレースの人間態だった少女・氷下心結は、家庭の事情で遠くの地方に引っ越したことが担任の口から告げられた。
心結は、このような事態になると初めから分かっていたらしく、前々から担任に転校することを報告していたそうなのだ。
それは、雪が担任から独自に聞いたことであるが。
雪の無事が確認できた担任は、(雪にとっては初めて)涙を流して喜んでくれた。
そして心結の転校について教えてくれたのだ。
こうして、心結が表上は転校したことによってクラスの人数が一人減った、新たな学校生活が始まった。
その日の夜。
雪が見たのは、真っ白な積雪の中で『ルミ』の姿になって、心の底から楽しくグレースやルミレーヌと一緒に遊んでいる夢だった。




