第143話 明るく前向きに
気が付くと、辺りはすっかり闇夜に包まれていた。
パーティー会場に何本も置かれたろうそくの炎が、赤々と燃えている。
私と亜子ちゃんは、氷結鬼の皆、グレース、お母様と向き合う形で立っていた。
パーティーを終えた私達は、もう王宮に戻ることにしたのだ。
「本当に楽しかったよ、ありがとう」
「わたしも。すごく楽しかった」
私がお礼を言うと、グレースも満面の笑みを浮かべる。
「ねぇ、ルミ」
グレースが私の方に近寄って、急に抱き締めてきた。
「えっ!? グレース!?」
唐突な出来事に、思わず声がうわずってしまう。
「ほんのちょっとだったけど、『ルミ』と喋れて本当に嬉しかったよ。わたしの長年の夢を叶えてくれて本当にありがとう。あと、手荒な真似しちゃってごめんなさい。ずっと大好きだよ、ユキ」
「グレース……」
本当は私にずっと『ルミ』のままで居てほしかったはずなのに、ちゃんと『村瀬雪』としての私を認めてくれた。
やっぱりグレースは、強くて真っ直ぐな子だ。
そんなことを考えていると、不意に不思議な感覚が襲ってきた。
私の体から氷の粒が放出され、グレースの体に吸収されるように戻っていく。
レオくんが少しだけ残しておいてくれた氷結鬼の力を、グレースが最後まで吸収してくれたのだ。
「ほら、ちゃんと戻ったよ」
グレースは私の髪に手を入れると、私にも見えるようにかき上げてくれた。
今まで白色と茶色のメッシュだった髪の毛が、元々の茶一色に戻っていた。
本当の意味で私は『村瀬雪』に戻ったのだ。
「ありがとう、グレース」
私に向かって頷き微笑んでから、グレースは亜子ちゃんに向き直った。
「アコもごめんなさい。いっぱい傷付けちゃって。幼なじみとは戦いたくなかったんだけど」
ポリポリと細い指で頬を掻きながら、グレースは申し訳なさそうに笑う。
「それ、怪我した後に言われても説得力無いわよ」
亜子ちゃんは相変わらずツンとした態度で構えていた。
包帯を重ねる回数は減っても、グレースに炎に包まれた時の火傷が完治したわけではないようだ。
火傷した腕、腹部、足には白い包帯が巻かれていた。
「そ、そうだね……」
無理やりに笑顔を作りながらも、明らかに顔を曇らせるグレース。
『ルミ』を取り戻すのに必死のあまり、昔からの幼なじみでも構わずに攻撃して傷付けてしまったということ。
それは今も変わらず、グレースの中に消えることのない後悔としてへばりついているようだ。
そんな彼女の表情を見てとったのか、後藤さんは腰に両手を当てた。
「まぁ、良いわ。あたしもいっぱい攻撃しちゃったんだし、お互い様ってことで」
「アコ……」
グレースが、心の底から安心したような笑顔で亜子ちゃんを見つめる。
しかし亜子ちゃんは未だに表情を変えることなく、グレースの眼前に人差し指を突き立てた。
立てられた人差し指に、驚いて顔をのけ反らせるグレース。
亜子ちゃんはふっと頬を緩めると、
「その代わり、この村をちゃんと纏めるのよ? 仮でも代理でも、氷結鬼の王女を任されたんだから」
「うん!」
亜子ちゃんの言葉に、グレースが力強く頷く。
私は改めて氷結鬼の皆に向き直り、笑顔を見せた。
「じゃあ、さようなら」
お母様は柔らかく笑って私の茶髪を撫でると、
「ルミ……いいえ、ユキ、これからどんな苦難があっても、あなたらしく明るく前向きに乗り越えていくのよ」
と、優しい言葉をかけてくれた。
長く伸びた白髪と、そこからニュッと生えた黒い角、そして太陽の光のような黄色い瞳。
これからは見ることもなくなるかもしれないであろう、お母様の姿を見つめながら、私はお礼を口にした。
「はい! お母様……いえ、女王ルミレーヌ様、ありがとうございました」
グレースに王女を任せた以上、今の私の立場としてはただの人間、つまり部外者ということになる。
だから、今までは『お母様』と呼んでいたルミレーヌ様のことも、女王様と呼ぶのがふさわしい。
そう思っていたんだけど____、
「まぁ、そんなに堅苦しくならなくて良いのよ。いくら王女の座を譲ったからって、姿が人間に戻ったからって、あなたは私のたった一人の娘____家族なんだから」
ルミレーヌ様は驚いたように目を見張って、口を"お"の字に開けると、私を優しく抱き締めてくれた。
「ありがとうございます、お母様」
そんなルミレーヌ様……いや、お母様の優しさに、今は甘えることにした。
せめてこの村に居る間だけでも、このひとを『お母様』と呼びたいと、そう思ったからだ。
お母様は私から身体を離すと、もう一度黄色の瞳を細めた。
「早く、この世界が……亜人界も人間界も天界も、互いに争うことのない平和な世界になると良いわね」
ふと、独り言のように発せられた小さな呟き。
お母様は、星が瞬く夜空を見上げて、願いを込めるように両手を握った。
もう『思い出す』ことは出来ないけど、きっとお母様はいつも平和を願っていたんだな。
直感的に感じることが出来た。
「……そうですね」
満天の星空を見上げて、私も笑みを浮かべる。
氷下心結ちゃんの接近、氷結鬼グレースの願い、(これは後から聞いたことだけど)私とグレースの融合体・氷結の女王ルミレーヌの擬態の暴走、ブリス国王陛下によって叶った氷結鬼の復活____。
この数日間、私の記憶にあるだけでも、とても沢山のことが巻き起こったと思う。
まだキルちゃんは目覚めていないし、ミリアさんのことも心配だ。
解決できていない問題はたくさんある。
これからはそれを一つずつ解決していかなくちゃいけない。
ルミレーヌ女王とグレース王女を始めとする氷結鬼の皆に向かって大きく手を振りながら、私はそんなことを考えていた。
「じゃ、帰ろうかしらね、雪」
「うん、亜子ちゃん」
____そして、新しく友達も出来た。
ちょっとキツくて怖いところもあるけど、いざというときはすごく頼りになって、一生懸命頑張ってくれる友達が。
すっかり暗くなった帰り道を歩きながら。
微かに吹く冷たい風を感じながら。
私達は王宮へと歩みを進めた。




