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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第五章 氷結鬼編
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第137話 わたしの夢を壊した

「ふふ、礼儀正しい子ね。ご丁寧にありがとう」


 私の挨拶を聞いたパイアさんが、口元に手を当てて笑った。


 すると横に居たヴァンさんが尋ねてきた。


「弟の方こそ、迷惑をかけていないか?」


 本気で心配そうなヴァンさんに、イアンさんが『あはは……』と情けなく笑う。


「いえ! 全然大丈夫です! むしろ私の方が迷惑かけちゃってるくらいなので……」


「そんなことないでしょう。気を遣ってくれなくて大丈夫なのよ?」


「お、お姉様……」


 即座に否定に入ったパイアさんに、イアンさんは呆れたように片頬を上げる。


 パイアさんは、そんなイアンさんに気付いていながらもわざとスルーし、ニコニコ顔で私に笑いかけてくれた。


 何故パイアさんがイアンさんのことをわざとスルーしていると分かったのか。


 それはイアンさんが『お姉様』と何度も呼んで抗議しようとしていたのに、一向に私から視線を動かさなかったからだ。


「真偽はともかく、それなら安心だ。こいつはすぐに周りが見えなくなるし、全部自分で抱え込む癖があるからな」


 確かにヴァンさんの言い分は私にも分かるかも。


 でも鬼衛隊の隊長としては、そんなイアンさんの悪い癖もプラスに働いているのだ。


 そういう面では、イアンさんの癖も良いと思う。


 ヴァンさんの言葉に激しく賛同するかのように、パイアさんが何度も頷いている。


 ミリアさんとレオくんは顔を見合わせて苦笑し、テインさんは頬を膨らませて必死に吹き出すのを堪えていた。


 テインさんのその姿の方が面白いんだけど。


 それよりテインさんの変顔初めて見たなぁ。


 そしてブリス陛下はそんな皆の様子を微笑ましそうに見つめていた。


 イアンさんの擁護をしないあたり、陛下もヴァンさんの言葉に賛成なんだろうけど……。


「み、皆でよってたかって僕を馬鹿にして……。せっかく目が覚めたのに、恥ずかしいじゃないか」


 イアンさんは顔を真っ赤にしながら、唇を尖らせて恥ずかしそうに皆が居る方とは別の方向を向いていた。


「キル様は……まだですね」


 ミリアさんの言葉に、全員が静かになった。


 そして皆、キルちゃんが横たわっているベッドに視線を移す。


「あっ、申し訳ありません! 決して場の雰囲気を壊そうと思ったわけではなく……!」


 ミリアさんは静まり返った医務室に気付いてハッとした顔をすると、急いで何度も頭を下げる。


「大丈夫、皆ちゃんと分かってるわよ。気にしないで」


 テインさんが優しい笑顔を向けながら、ミリアさんの肩に手を置いた。


「ありがとうございます、先輩」


「そうだ、イアンとキルをこんな目に遭わせた奴は今どこにいるんだ。まさか逃亡を謀ったわけじゃあるまいな」


 ヴァンさんがハッと顔を上げ、皆を見回す。


 私の脳裏に、長い白髪の氷結鬼が浮かんだ。


 そう言えば、今までは欠かさず医務室に居たのに、どうしたんだろう。


 グレースのことだし、この場に及んで逃亡なんてしないと思うけど。


「ああ、彼女ならアコやフウマと話してましたよ」


 レオくんがレクチャーすると、ヴァンさんは安心したように頬を緩めた。


「そうか、なら良かった」


 すると、医務室のドアが乱暴に開かれた。


「キル!!」


 水色のウェーブがかった長髪を風になびかせて駆け込んできたのは、


「スピリアちゃん!」


 私は思わず叫んだ。まさかこんなタイミングで再会できるとは思ってもみなかったからだ。


 スピリアちゃんとは、夏合宿以来の再会になる。


 ほんの少しの間会っていなかっただけなのに、何だか一回り大きくなったように感じた。


「キル! キル! 起きるリ!」


 スピリアちゃんはキルちゃんのベッドに一目散に駆け寄ると、何度も何度も必死に呼び掛けた。


 しかし当然ながら、意識の無いキルちゃんからの返事はない。


「まだ意識は戻ってないの」


 見かねたテインさんが告げると、スピリアちゃんは目を見開いて黄色の瞳を潤ませた。


「そんな……キル……早く起きてリ……」


 スピリアちゃんは俯いて、ベッドに拳を当てた。


 大粒の涙が後から後から零れていた。


 スピリアちゃんは肩を震わせて泣きながら、勢いよく顔を上げた。


「何でこんなことになったリ!? キルをこんな目に遭わせたのは誰リ!?」


 スピリアちゃんはまるで犯人を特定するかのように、医務室の皆を見回していた。


「ご、ごめんなさい、わたしなの」


 すると、再び医務室のドアが開き、外から長い白髪の氷結鬼がおそるおそる入ってきた。


「グレース……」


 私が彼女の名前を口にすると、グレースは私をちらりと見てまた目を伏せた。


「あなたがやったリ!?」


 声を張り上げるスピリアちゃんに、グレースは重く頷く。


 グレースの肯定を見たスピリアちゃんは、見開いた目を血走らせて、


「……許さないリ!!!」


 床を蹴ってグレースに飛びかかり、彼女を思い切り押し倒した。


「スピリアちゃん!」


 叫ぶが、私の声は彼女には届かなかった。


「許さないリ! 許さないリ! キルはわたしのライバルだったリ! もう一回会えたらまた勝負しようって思ってたリ!」


 声を震わせ、それでも精一杯叫びながら、スピリアちゃんは胸の内を吐露した。


「それなのに、あなたはわたしの夢を壊したリ!」


「ご、ごめんなさい……そんな夢があったなんて、知らなくて」


 床の上で仰向けになったグレースは、弱々しく謝罪する。


「知らないのは当たり前リ! わたしとあなたは初対面リ! そうじゃなくて、わたしはキルを傷つけられたことに怒ってるリ!」


 スピリアちゃんは空中に手を掲げて槍を掴んだ。


 そして次の瞬間、グレースの身体に勢いよく突き刺したのだ。


 スピリアちゃんの行動に、私も含めた全員が息を呑んだ。


「うっ! ご、ごめん……なさい……」


 グレースは刺された痛みに声をあげつつも、謝罪を続けていた。


「スピリア! 止めなさい!」


 テインさんが、紫髪の三つ編みを揺らして急いで駆け寄る。


 しかしスピリアちゃんはそれを拒否した。


「嫌リ! こんな奴絶対許さないリ! わたしがキルの敵を討つリ!」


 そしてグレースの身体に刺した槍を抜き、もう一度振りかぶる。


 身体から槍が抜かれた瞬間、グレースはまた小さく呻いた。


 テインさんはスピリアちゃんが構えた槍を掴んで、


「この子はもう充分反省してるの。愚かなことをしたのは彼女自身が一番分かってるわ。だからもう止めて」


「嫌だって言ってるリ! 何でテインはこいつのこと庇う……」


「いい加減にしなさい!!」


 バチン!!! という激しい音が医務室に響き渡る。


 テインさんの手は振り切られた後で、スピリアちゃんは赤くなった頬を押さえてテインさんを睨み付けていた。


「……何でわたしが殴られなきゃいけないリ? 悪いのはこいつリ!」


「じゃあ、あなたが今ここでグレースを傷つけて、キルの意識が戻るの!?」


 ついに、テインさんが声を荒げた。


「そ、それは……」


 凄まじい気迫に気圧され、スピリアちゃんが口ごもる。


「あなたの怒りが収まるだけでしょ!?」


 さらにテインさんは畳み掛ける。


「うゆ……」


 スピリアちゃんは暫く黙っていたけど、やがて観念したように顎を引いた。


「感情に任せて動かないって何回も教えてきたでしょ。何で守れないの」


 テインさんの言葉に止めを刺されたように、スピリアちゃんは俯いて口を閉ざしてしまった。

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