第135話 大丈夫だよ
それから、ミリアさんとグレースによる看病が始まった。
他人の看病という初仕事に慣れないながらも、グレースは汗水垂らして必死にイアンさんとキルちゃんの看病をしていた。
ミリアさん曰く、グレースは物覚えが良くて一度教えたことは絶対に間違わないらしい。
結構なベテランのテインさんでさえ、思わず感心してしまうほどの仕事ぶりだそうだ。
でも、それはその他の仕事とは違う。
グレースがせめてもの罪滅ぼしに、と自分から願い出たこと。
それに関しては『イアンさんとキルちゃんの意識が戻って体調が万全になるまで看病を頑張る』とグレースもしっかり宣言していた。
いつ見ても医務室で働いているから、正直グレースまで倒れてしまわないかヒヤヒヤしているんだけど。
こうしてグレースの仕事ぶりを見ていると、村での昔小さかった彼女と重なるところがある。
『ルミの意識』が思い起こしたのは、小さい身体を懸命に動かして村の掃除をしたり氷術の特訓をしたりしていたグレースの姿だった。
グレースは村でも自分から率先して誰かの役に立とうと頑張っていて、とにかく何に対しても全力投球だった。
それは遊びに関しても同じこと。
私と遊ぶ時も村の友達と遊ぶ時も、全力で遊んでいた。
その全力投球が仇となって、ブリス陛下の言っていた『事件』が起こったんだけど。
自分が過去に犯した罪と、最近犯した罪を償うために、今もグレースは全力投球で頑張っている。
最近犯した罪と言うのは、イアンさんとキルちゃんを意識不明の重体に追い込んでしまったことだ。
私が頼んだことだし、私自身は『罪』という風には捉えていない。むしろ頼んでしまった私に責任があるくらいだから。
それなのにグレースは、イアンさんとキルちゃんを意識不明の重体に追い込んでしまったことに罪の意識を抱いているようだった。
私が『無理しないでたまには休むことも大事だよ』と言っても、グレースから返ってくる言葉は同じだった。
『わたしには休む資格なんて無いよ。心の底から皆に許してもらえるまで、頑張らなくちゃいけないんだから』
汗水垂らして懸命に看病に励むグレースへの心配で、私の一日は終わった。
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そして翌朝。王都での戦いから既に二日が経っていた。
風馬くんや後藤さん、ブリス陛下とテインさん、誠さんにミリアさん、レオくん、そして私という、結構な大人数でダイニングに集って朝食を食べていた。
今回の朝食のメニューは、フレンチトーストと卵焼きとウインナーとサラダ。
ずっと寝泊まりばかりしているのも申し訳ないので、せめてものお礼にと思って、私が風馬くんと後藤さんを誘って三人で一緒に作ったものだ。
ちなみに卵焼きは私特製。おじいちゃんから受け継いだ伝統的な味付けが抜群の卵焼き。
うんうん、焼き加減も丁度良くて味も美味しい!
風馬くんや後藤さんだけでなく、吸血鬼の皆も美味しそうに食べてくれていた。
良かった、皆に喜んでもらえたみたいで。
皆の笑顔を見回しながら、私は一人達成感と満足感を味わっていた。
と、不意に心配になったことが頭に浮かんだ。
「ねぇ、風馬くんと後藤さんは学校大丈夫なの?」
二人は何も言わずに二日間王宮で寝泊まりしていたからだ。
私の心配になったこと____それは、学校についてだった。
私は三日前に先生やクラスの皆の前でグレースに取り込まれたから、すぐには学校に行けない理由も納得してもらえそうだけど、二人は違う。
無断欠席で先生のお叱りを受けたりしないか、というのがとても心配になったのだ。
「ああ、今日は人間界だと土曜日だし、あと一日はここに居られるよ」
風馬くんがそう言って微笑んでくれた。
そうなんだ。良かった、土曜日なら学校は無いし安心だ。
私がホッと胸をなでおろしていると、
「それより、あんた自分の体調はどうなのよ。人の心配ばっかりして」
後藤さんが私特製の卵焼きを頬張りながら、相変わらずのつんけんした態度で尋ねてくれた。
「だ、大丈夫ですよ。私のことなんか気にしないでください」
私が笑顔で両手を振ると、後藤さんは怪訝そうに眉を寄せた。
「別に気にしてる訳じゃないわよ。あんたまで倒れたら、グレースの仕事が増えるでしょ」
そ、そういうことか……。何て恥ずかしい早とちりを……。
「す、すみません……。でも、本当に大丈夫なので!」
「なら良かったわ。……グレース、気にしなくて良いわよ」
後藤さんが、斜め向かいに座っているグレースに声をかけた。
長い白髪を一つに結った氷結鬼は、眉を上げてから嬉しそうに頬を緩めた。
「そ、そうなんだ。良かった……」
「え? どういうこと?」
すると、グレースはフォークを置いて自分の口で話し始めた。
「わたしが心配だったんだ。ルミ、まだ万全な体調じゃないのに寝てなくて大丈夫なのかなって」
それからグレースは少し切なげに目を伏せて、
「わたしのせいでこんなことになっちゃったのに、わたしから聞くのは違う気がしたから、代わりにアコに聞いてもらったの」
「そうだったんだ。大丈夫だよ、ありがとう、グレース」
私がお礼を言うと、グレースは安堵したような笑みを浮かべた。
「ルミの答えも聞けたし、わたし、二人の看病に戻ります」
席から立ち上がったグレースは、そう言ってダイニングを出て行こうとした。
「ね、ねぇ! グレース!」
私は不安になって、思わずグレースを呼び止めていた。
「ん? どうしたの? ルミ」
ダイニングから出て行こうとしていたグレースは、不思議そうに振り返った。
「大丈夫? しんどそうだし、少し休んだ方が……」
「大丈夫だよ。ルミの特製タマゴヤキ食べたら元気になったから」
グレースはそう言って笑みを浮かべると、再び背を向けてダイニングから出て行った。
「本当に大丈夫かな、グレース」
「ええ、私も実は心配なのです」
私の呟きに、心配そうな表情のミリアさんが、閉まる扉を見つめながら応えた。
「グレース様、ずっと医務室にいらっしゃって、イアン様とキル様に付きっきりでいてくださっているんです。しかし、反対にグレース様の体調が心配になりまして……」
「本人は何て言ってるんだ?」
ブリス陛下に尋ねられ、ミリアさんは顎を引いて答えた。
「はい。『自分の体調は自分が一番分かってるから大丈夫』と仰っておりました」
ミリアさんの言葉を聞いて、ブリス陛下は顎に手をやると、
「うーん、それを丸ごと信じることは出来んな。さっきからずっと見ておったが、明らかに疲れが出ている」
ミリアさんも同意見のようで、
「様子を見て、しっかり休ませるように致します」
と言って、ブリス陛下に向かって頭を下げた。
「ああ、頼んだ」
こうして、朝食の時間は終了した。




