第134話 氷結鬼の封印を
「封印を解いてほしい、か……」
玉座の間の椅子に腰を掛けたブリス陛下が、顎に手をやって考え込んだ。
「しかしな、またこの世界を巻き込む事件が起きてしまうのは良くないんだ」
私はコクりと顎を引いて続ける。
「わがままを言ってるのは充分承知しています。でも、私はグレースにも幸せになってほしいんです」
今はある『ルミ』の意識や記憶も、徐々に消えていくはず。
それはつまり、グレースの望んだ姿でいられなくなるということだ。
私だけ人間界に戻って幸せに暮らすなんて、グレースが可哀想だ。
グレースはこれまで何年もずっと寂しさを耐えてきたのに。
「『雪』と『ルミ』両方の意識がある今だからこそ、分かったんです。グレースのやり方は少し乱暴で不器用だったかもしれない。でも彼女は、幸せを取り戻したいと心から願っていただけなんだって」
「ルミ……」
私に肩を貸してくれている長い白髪の氷結鬼が、赤い瞳を揺らしながら私を見つめている。
待ってて、グレース、今あなたの望みを私も一緒にお願いするから。
私は心の中でそう宣言し、勢いよく頭を下げた。
「お願いします! 陛下!」
私が頭を下げると、グレースも慌てたように私に倣った。
「わ、わたしも! どうか皆を元に戻してください!」
私達はしばらくの間頭を下げ続けた。
ブリス陛下は『うーん』と唸ってから、
「そうだな……。お前、もう氷術の自制が出来るわけだろ?」
そう尋ねるブリス陛下の瞳は、不安げなグレースを捉えていた。
グレースはハッと頭を上げると、何度も何度も頷いた。
「は、はい! もうあのような事態は絶対に引き起こしません!」
グレースの力強い瞳がブリス陛下を写した。
陛下はそれでも悩んでいるようだったけど、瞑目し、そしてもう一度目を開いた。
「分かった。氷結鬼達の封印を解こう」
「あ、ありがとうございます!」
私は嬉しくなって、もう一度頭を下げた。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
グレースは、目尻に涙を浮かべながら何度も何度も頭を下げていた。
「ただし、条件がある」
「条件……ですか?」
ブリス陛下の真面目な表情に、グレースの顔も引き締まる。
陛下は人差し指を立てると、言葉を紡いだ。
「今まで氷結鬼達が暮らしていたこの世界の西部の地域。これを正式に氷結鬼達の領土とする。あそこはもうお前達のものだから、王都や亜人達の領土に影響を及ぼさないと約束するなら、好きに使いなさい」
ブリス陛下の条件に、グレースはパアッと顔を輝かせた。
「はい! 絶対にご迷惑をかけるようなことは致しません! 本当に、本当にありがとうございます!」
また何回もお辞儀をするグレース。
そんな彼女を微笑ましそうに見つめながら、ブリス陛下はさらに続けた。
「ユキの体調が万全になるまでは、お前もここに寝泊まりすると良い。ユキが元気になってから、村に戻ってみなさい」
見ると、窓からは橙色の夕陽が差し込んでいた。
今までは戦いを見守っていたから気付かなかったけど、もうすっかり日が沈みかけている時間だったんだ。
ブリス陛下の指示を聞いて、私達は同時に返事をした。
「「はい!!」」
「話は以上かな?」
「はい、ありがとうございました」
ブリス陛下に頷き、私とグレースはもう一度頭を下げた。
「な、なぁ、ユキ」
話が終わったのを見計らったように、レオくんが声をかけてきた。
「どうしたの? レオくん」
何かあったのかな……。私がそう思っていると、レオくんは顔を曇らせて言った。
「隊長とキルのことなんだが……」
レオくんの言葉に、全身の鳥肌が止まらなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
再びグレースに肩を貸してもらいながら、私は王宮の医務室へと駆け込んでいた。
私はドアをこじ開けるように押して、部屋の中に入ると夢中で叫んだ。
「イアンさん! キルちゃん!」
「ユキ様」
私の声に振り向いたのは、長い黄色の髪に花冠をつけた吸血鬼・ミリアさん。そして、
「村瀬!」
私の一番最初の友達である柊木風馬くん。さらには、
「雪」
眼鏡をかけているクールな男性・鈴木誠さん。
「____」
最後に少し驚いた様子で私の方を振り返ったのは、赤みがかった茶髪を上の方でツインテールに結んだ後藤亜子ちゃんだった。
本来ならこの四人は、学校の保健室で待機していたグループだけど、おそらく私と同じようにイアンさんとキルちゃんの容体を聞き付けたのだろう。
四人が来た理由を勝手に推測しつつ、私は尋ねた。
「あ、あの! イアンさんとキルちゃんは……」
「こちらです」
ミリアさんが、二人が眠っているベッドを指差して教えてくれた。
医務室の半分を埋めるかと思うほどの大きなベッドが二つ置かれていて、そこにイアンさんとキルちゃんが目を瞑ったまま横たわっていた。
「ま、まだ意識は戻ってないんですか……?」
二人が目を瞑っている時点で、意識が無いことは分かっている。
でも、どうしても聞かないと認められない気がしたのだ。
ミリアさんは悲しそうに目を伏せて頷き、
「はい。テイン先輩が様子を見てくださっていて、私どもは途中から来たのですが、まだ」
あの戦いのことは少しだけ覚えている。
その時『ルミ』だった私が動揺していたのか、恐怖に怯えていたのか、詳しい理由は分からないけど記憶が朧気だ。
でもそんな記憶を辿って、どうして二人がこんなに重傷にならなくちゃいけなかったのかを思い出した。
グレースの口から『氷結鬼の皆がブリス陛下に封印された』と聞いた私は、グレースと一緒に王宮に乗り込む決意を固めた。
でも王宮への乗り込みを阻止してきたのが、イアンさん、キルちゃん、レオくん、後藤さんの四人だった。
何としてでも氷結鬼にかけられた封印を解きたい、その一心でグレースは彼らと戦い、そして圧勝したのだった。
「ごめん、ルミ……」
唇を噛み、グレースがイアンさん達を見つめながら声を漏らした。
「____」
私は何も言葉を返すことが出来なかった。
『うん』と返事をすれば、グレースがイアンさんとキルちゃんを傷付けたことを一瞬のうちに許してしまうことになる。
逆に『許したくない』などと言えば、私の行動に矛盾が生じてしまうことになる。
だって、先に『王宮に行って封印を解いてもらおう』と持ちかけたのは私だから。
そしてグレースはそれに賛同してくれて、でもイアンさん達が妨害してきたから、それを突破するために氷術と炎術を使ってくれた、というだけのことだから。
「陛下が皆の封印を解いてくれるって仰ってくれたから、そのお礼も込めてわたしが二人の看病したい」
グレースは、ベッドの上のイアンさんとキルちゃんを見つめたまま、心の中の思いを吐露した。
「ありがとう、グレース」
私がお礼を言うと、グレースは申し訳なさそうに口角を上げた。
「私もお手伝いさせて頂きます」
ミリアさんがグレースに歩み寄り、そっと手を差し出す。
グレースはハッとしてミリアさんを見上げると、
「よろしく、お願いします」
と、その手をぎゅっと握った。




