第133話 おかえり
真っ暗な闇の中に、私は居た。
そこは不思議な空間で、私以外の存在を感じられなかった。
私はその闇の中で、ふわふわと浮遊しているような感覚を覚えていた。
『ルミ、心配かけたわね』
長い白髪から黒い角を生やした女の人がぼんやりと現れて、黄色の瞳で私を見つめた。
『____』
私が何か言おうと口を開く前にその人は消えた。
そして入れ替わるように現れたのは、
『……グレース』
私はそっと現れた人物の名前を口にした。
グレースは、長い白髪を垂らしながら赤色の瞳を揺らし、とても悲しそうな顔をしていた。
『やっぱり、あなたはルミじゃなかったんだね』
どういうこと? 私は……ルミじゃないの?
そう尋ねようとしたのに、グレースは悲しそうに目を伏せたまま背を向けた。
『待って! 待って! グレース!』
私は力の限り叫んだ。遠ざかっていくグレースの背中に向かって精一杯手を伸ばして。
すると、今度は背後から声が聞こえてきた。
『違うでしょ』
つんけんとした聞き覚えのある声。
振り返ると、そこに居たのは赤みがかった茶髪をツインテールに結んだ少女だった。
『……後藤さん』
私が彼女の名前を呼ぶと、後藤さんはため息をつきながら腕を組んだ。
『本当にもう、あたしも皆も迷惑してるのよ、さっさと出てきなさい、村瀬さん』
村瀬さん? それが私の名前?
『言っただろ? ここに居て良いって。あの家がお前の、ユキのもう一つの居場所なんだ』
後藤さんの横に現れたのは、ツンツンはねた橙色の髪を持ち、背中に黒いマントを羽織っている少年だった。
『……レオくん』
何故かは分からないけど、このヒトのこともすぐに"彼"だと分かった。
レオくんは優しく微笑むと、両手を広げて言った。
『おかえり』
『ありがとう』
私がお礼を言って微笑むと、
『ねぇ』
と、また背後から声がした。
さっきまでグレースが居た所に、肩に付くほどの白髪を持った少女が立っていた。
『あなた、誰?』
私が尋ねると、少女は私と同じ桃色の瞳で見つめてきた。
『私はルミ。あなたに……ううん、人間の私にお願いがあるの』
『ルミ? それ、私の名前……』
ルミは笑みをたたえたままフルフルと首を振って、
『違うよ。あなたはユキ。もう、ルミじゃないんだよ』
『ど、どういうこと?』
頭の中がいっぱいで、上手に情報を処理できない……。
私が『ユキ』で、この子が『ルミ』ってことなの……?
でも今まで私が『ルミ』って呼ばれてたのに?
私の頭にはてなマークがたくさん浮かんでいるのに気付いたのか、ルミは『ふふっ』と笑みを溢した。
『目が覚めたら分かるよ。今は私のお願いを聞いてほしい』
『う、うん、分かった』
戸惑いながらも私が頷くと、ルミは次いで口を開いた。
『私のお願いはね____』
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「ハッ!」
私はふと目を覚ました。
目の前に飛び込んできたのは、豪華な装飾が施された天井。
「ユキ様、お目覚めになられましたか」
私の顔を覗き込んできたのは、紫色の髪を三つ編みで二つにくくり、丸眼鏡をかけた少女だった。
「……テインさん?」
私が問うと、彼女は柔らかく微笑んで頷いた。
「はい、テインでございます、ユキ様。お体の具合は如何でございますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
私がベッドの上で体を起こして会釈をすると、テインさんは安心したように笑みを浮かべた。
「良かったです」
そんなテインさんに、私は話しかける。
「あ、あの、テインさん」
「はい」
テインさんが不思議そうに眉を上げる。
「ブリス陛下に、会わせて頂けませんか?」
私が尋ねると、テインさんは顎を引いて、
「承知致しました。しかし、ユキ様も体調が万全ではございません。また日を改めても……」
「いえ、今すぐが良いんです。今すぐじゃないと駄目な、頼まれたお願い事があって」
「そうですか……。困りましたね。陛下の御足を煩わせるわけにもいきませんし」
テインさんは私の体調を心配してくれるようで、顎に手を当てて考え込んでくれた。
「私が自分で行きますよ。陛下にご迷惑ですし」
「ですが……」
「じゃあ、わたしが支えて行くよ」
私が寝かせてもらっていた部屋のドアが開き、黒いマントをはためかせながら長い白髪の少女が歩いてきた。
「グレース!」
私が顔を輝かせると、グレースも嬉しそうに顔をほころばせて、
「ルミ……ううん、ユキって呼ばなきゃ駄目なんだよね」
そして少し悲しそうに目を伏せる。
「良いよ、ルミで」
私の言葉に、グレースは伏せていた目を丸くした。
「ええっ!? な、何で!? あれだけ『私はユキだ』って言ってたのに……」
丸くした赤い瞳をぱちくりと開閉させ、呆気に取られているグレース。
「うーん、何て説明したら良いのか分かんないけど、今は雪とルミ、両方の気持ちが胸の中にあるんだよね。だから、ルミって呼んでも良いんだよ、グレース」
「じゃ、じゃあ、ルミ。行こう」
グレースは安心したように口角を上げて、私の腕を自分の肩に回して支えてくれた。
「ありがとう」
ベッドから立ち上がり、私は素直にグレースの肩を借りる。
「では、ご案内しますね」
テインさんはそう言って、ブリス陛下の所へと歩き始めた。
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やがて玉座の間がある部屋の前に着いた。
テインさんが軽くドアを叩いて、
「陛下、ユキ様がお話ししたいことがあるとのことです」
すると、部屋の中からブリス陛下の声が聞こえてきた。
「入れ」
「畏まりました」
テインさんはドアの前で丁寧に腰を折ると、ドアを開けて私達の方を振り返った。
「では、どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
私は会釈をして玉座の間に入った。
「おお、ユキ。もう目覚めたのか」
豪華な椅子に腰を掛けたブリス陛下が、私を見て笑みを浮かべてくれた。
「はい、ご心配をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」
「いやいや、ユキが無事ならそれで良い」
玉座の間には、体のあちこちに包帯を巻いた、橙色の髪の吸血鬼の姿もあった。
「レオくん、体、大丈夫?」
レオくんは優しく微笑んで頷いた。
「ああ。俺はそんなに大したことない」
私が安堵していると、
「ユキ、お前、氷結鬼の王女だったんだな」
ブリス陛下に言われて、私は頬を掻いた。
「えっと、そう……みたいですね」
「その感じだと、今は人間と氷結鬼、両方の意識を備えているんじゃないか?」
私の姿を凝視するように見つめると、ブリス陛下は核心をついてきた。
「ど、どうして分かるんですか!?」
思わず驚いて尋ねると、ブリス陛下はにんまりと笑った。
「数年前、わたしがお前を人間に変える時にも同じことがあったからだよ。氷結鬼から人間に変わる経過で、少しの間だけ人間と氷結鬼の意識や記憶が混同する時があるんだ。おそらく、今のお前はその状態だな」
「そ、そうなんですか……」
どうりで意識が変だと思った。『雪』の意識もあるし、『ルミ』の意識もある。何だか不思議でむず痒い感覚だ。
「それで、話というのは?」
ブリス陛下に問われ、私は頷いた。
「あ、はい。……氷結鬼の皆の封印を解いてほしいんです」




