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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第五章 氷結鬼編
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第133話 おかえり

 真っ暗な闇の中に、私は居た。


 そこは不思議な空間で、私以外の存在を感じられなかった。


 私はその闇の中で、ふわふわと浮遊しているような感覚を覚えていた。


『ルミ、心配かけたわね』


 長い白髪から黒い角を生やした女の人がぼんやりと現れて、黄色の瞳で私を見つめた。


『____』


 私が何か言おうと口を開く前にその人は消えた。


 そして入れ替わるように現れたのは、


『……グレース』


 私はそっと現れた人物の名前を口にした。


 グレースは、長い白髪を垂らしながら赤色の瞳を揺らし、とても悲しそうな顔をしていた。


『やっぱり、あなたはルミじゃなかったんだね』


 どういうこと? 私は……ルミじゃないの?


 そう尋ねようとしたのに、グレースは悲しそうに目を伏せたまま背を向けた。


『待って! 待って! グレース!』


 私は力の限り叫んだ。遠ざかっていくグレースの背中に向かって精一杯手を伸ばして。


 すると、今度は背後から声が聞こえてきた。


『違うでしょ』


 つんけんとした聞き覚えのある声。


 振り返ると、そこに居たのは赤みがかった茶髪をツインテールに結んだ少女だった。


『……後藤(ごとう)さん』


 私が彼女の名前を呼ぶと、後藤さんはため息をつきながら腕を組んだ。


『本当にもう、あたしも皆も迷惑してるのよ、さっさと出てきなさい、村瀬(むらせ)さん』


 ()()()()? それが私の名前?


『言っただろ? ここに居て良いって。あの家がお前の、ユキのもう一つの居場所なんだ』


 後藤さんの横に現れたのは、ツンツンはねた橙色の髪を持ち、背中に黒いマントを羽織っている少年だった。


『……レオくん』


 何故かは分からないけど、このヒトのこともすぐに"彼"だと分かった。


 レオくんは優しく微笑むと、両手を広げて言った。


『おかえり』


『ありがとう』


 私がお礼を言って微笑むと、


『ねぇ』


 と、また背後から声がした。


 さっきまでグレースが居た所に、肩に付くほどの白髪を持った少女が立っていた。


『あなた、誰?』


 私が尋ねると、少女は()()()()桃色の瞳で見つめてきた。


『私はルミ。あなたに……ううん、()()()()にお願いがあるの』


『ルミ? それ、私の名前……』


 ルミは笑みをたたえたままフルフルと首を振って、


『違うよ。あなたはユキ。もう、ルミじゃないんだよ』


『ど、どういうこと?』


 頭の中がいっぱいで、上手に情報を処理できない……。


 私が『ユキ』で、この子が『ルミ』ってことなの……?


 でも今まで私が『ルミ』って呼ばれてたのに?


 私の頭にはてなマークがたくさん浮かんでいるのに気付いたのか、ルミは『ふふっ』と笑みを溢した。


『目が覚めたら分かるよ。今は私のお願いを聞いてほしい』


『う、うん、分かった』


 戸惑いながらも私が頷くと、ルミは次いで口を開いた。


『私のお願いはね____』


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ハッ!」


 私はふと目を覚ました。


 目の前に飛び込んできたのは、豪華な装飾が施された天井。


「ユキ様、お目覚めになられましたか」


 私の顔を覗き込んできたのは、紫色の髪を三つ編みで二つにくくり、丸眼鏡をかけた少女だった。


「……テインさん?」


 私が問うと、彼女は柔らかく微笑んで頷いた。


「はい、テインでございます、ユキ様。お体の具合は如何でございますか?」


「大丈夫です。ありがとうございます」


 私がベッドの上で体を起こして会釈をすると、テインさんは安心したように笑みを浮かべた。


「良かったです」


 そんなテインさんに、私は話しかける。


「あ、あの、テインさん」


「はい」


 テインさんが不思議そうに眉を上げる。


「ブリス陛下に、会わせて頂けませんか?」


 私が尋ねると、テインさんは顎を引いて、


「承知致しました。しかし、ユキ様も体調が万全ではございません。また日を改めても……」


「いえ、今すぐが良いんです。今すぐじゃないと駄目な、頼まれたお願い事があって」


「そうですか……。困りましたね。陛下の御足を煩わせるわけにもいきませんし」


 テインさんは私の体調を心配してくれるようで、顎に手を当てて考え込んでくれた。


「私が自分で行きますよ。陛下にご迷惑ですし」


「ですが……」


「じゃあ、わたしが支えて行くよ」


 私が寝かせてもらっていた部屋のドアが開き、黒いマントをはためかせながら長い白髪の少女が歩いてきた。


「グレース!」


 私が顔を輝かせると、グレースも嬉しそうに顔をほころばせて、


「ルミ……ううん、ユキって呼ばなきゃ駄目なんだよね」


 そして少し悲しそうに目を伏せる。


「良いよ、ルミで」


 私の言葉に、グレースは伏せていた目を丸くした。


「ええっ!? な、何で!? あれだけ『私はユキだ』って言ってたのに……」


 丸くした赤い瞳をぱちくりと開閉させ、呆気に取られているグレース。


「うーん、何て説明したら良いのか分かんないけど、今は雪とルミ、両方の気持ちが胸の中にあるんだよね。だから、ルミって呼んでも良いんだよ、グレース」


「じゃ、じゃあ、ルミ。行こう」


 グレースは安心したように口角を上げて、私の腕を自分の肩に回して支えてくれた。


「ありがとう」


 ベッドから立ち上がり、私は素直にグレースの肩を借りる。


「では、ご案内しますね」


 テインさんはそう言って、ブリス陛下の所へと歩き始めた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 やがて玉座の間がある部屋の前に着いた。


 テインさんが軽くドアを叩いて、


「陛下、ユキ様がお話ししたいことがあるとのことです」


 すると、部屋の中からブリス陛下の声が聞こえてきた。


「入れ」


「畏まりました」


 テインさんはドアの前で丁寧に腰を折ると、ドアを開けて私達の方を振り返った。


「では、どうぞお入りください」


「ありがとうございます」


 私は会釈をして玉座の間に入った。


「おお、ユキ。もう目覚めたのか」


 豪華な椅子に腰を掛けたブリス陛下が、私を見て笑みを浮かべてくれた。


「はい、ご心配をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」


「いやいや、ユキが無事ならそれで良い」


 玉座の間には、体のあちこちに包帯を巻いた、橙色の髪の吸血鬼の姿もあった。


「レオくん、体、大丈夫?」


 レオくんは優しく微笑んで頷いた。


「ああ。俺はそんなに大したことない」


 私が安堵していると、


「ユキ、お前、氷結鬼の王女だったんだな」


 ブリス陛下に言われて、私は頬を掻いた。


「えっと、そう……みたいですね」


「その感じだと、今は人間と氷結鬼、両方の意識を備えているんじゃないか?」


 私の姿を凝視するように見つめると、ブリス陛下は核心をついてきた。


「ど、どうして分かるんですか!?」


 思わず驚いて尋ねると、ブリス陛下はにんまりと笑った。


「数年前、わたしがお前を人間に変える時にも同じことがあったからだよ。氷結鬼から人間に変わる経過で、少しの間だけ人間と氷結鬼の意識や記憶が混同する時があるんだ。おそらく、今のお前はその状態だな」


「そ、そうなんですか……」


 どうりで意識が変だと思った。『雪』の意識もあるし、『ルミ』の意識もある。何だか不思議でむず痒い感覚だ。


「それで、話というのは?」


 ブリス陛下に問われ、私は頷いた。


「あ、はい。……氷結鬼の皆の封印を解いてほしいんです」

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