第131話 もう嫌だよ
「ブリス陛下!」
一方、二匹の氷結鬼に狙われた王宮の窓からも、高く舞い上がった炎の渦がしっかりと見えていた。
それを見た紫髪の吸血鬼が、慌てて陛下の方を振り返る。
ブリス陛下は薄髭を撫でていた手を下ろし、
「ああ。私達で王宮を守ろう、テイン」
紫色の髪を三つ編みの二つに結び、給仕服に身を包み、丸眼鏡をかけている自身の秘書にそう声をかけた。
「勿論でございます」
テインは真剣な表情で頷き、給仕服のポケットから鞭を取り出した。これが彼女の愛用している武器である。
その威力は振られただけで相手の肌に深く傷をつけるほど。凄まじい切れ味を持つ鞭なのである。
「お父様!」
「それならわたし共が!」
続けて二匹の吸血鬼が飛び出すが、ブリス陛下はそれを制し、
「ヴァン、パイア、大丈夫だ。お前達は万一に備えてここで待機していなさい」
「し、しかし……」
長い黒髪を高い位置のポニーテールで結び、硬い鎧を身に付けている女吸血鬼・パイアが食い下がる。
だが、同じくして父を呼び止めた、ボブショートくらいの黒髪の吸血鬼・ヴァンがブリス陛下の指示に素直に頭を下げた。
「承知致しました、お父様。御武運を」
「ちょ、ちょっと、お兄様!?」
「お父様の言う通りだ。俺達まで表に出て、もし王宮に何かあったらどうする。対処できんだろう」
驚き、兄をたしなめようとする妹を目だけで見下ろし、ヴァンはパイアを諭した。
「わ、分かりました……。お父様、テイン、お気を付けて」
パイアは力不足を悔いるように唇を引き結んだ後、ブリス陛下とその秘書・テインに向き直った。
そして黒髪のポニーテールを揺らし、深く頭を下げる。
「ああ」
「ありがとうございます、パイア様」
ブリス陛下がコクりと頷き、テインは腰を折って丁寧にお辞儀をした。
二匹が出ていった後の王宮の玄関で、ヴァンがそっとパイアに告げた。
「イアンが、弟が身を挺してここを守ってくれたんだ。それを歳上の俺達が無駄にするわけにはいかんだろう。パイア、納得は出来なくても理解してほしい」
「分かりました、お兄様」
ガタンと音を立てて閉まった扉を見つめながら、パイアは兄の言葉を呑み込んだ。
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その頃、王宮を出たブリス陛下とテイン。
戦いが繰り広げられている場所へと足を進めていると、
「陛下、こちらは……」
テインが目を見張ってあるものを指した。
「これは……」
テインに言われたブリス陛下も、目の前を凝視。そしてあることに気が付く。
それを見つめ、ブリス陛下は静かに呟いた。
「イアンの結界だな」
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王宮と王都の境界線では、剣と剣が激しくぶつかり合う激戦が巻き起こっていた。
長い白髪を振り乱す氷結鬼・グレースと、肩まで伸びた桃髪を揺らす吸血鬼・キル。
二匹はお互い引けを取らず、ぶつかってはまた距離を起き、そしてもう一度ぶつかり合っていた。
絶えず剣同士が激しくぶつかり合う金属音が響き渡る。
どちらも賭けているものは同じ。氷結鬼・ルミ、そして人間・村瀬雪だ。
二匹に賭けられている本人____ルミは、ただじっと二匹の戦いを見守っていた。
「【氷柱針】! 【吹雪】!」
グレースが氷術を使うと、キルも負けじと攻撃を仕掛ける。
「【剣光】! 【殺戮短刀】!」
しかしまだ体力にも余裕があるグレースは、キルの攻撃をさらりと回避し、
「本当にしつこいんだから! 【灼熱渦】!」
「うわあっ!」
たちまちキルが炎の渦に包まれる。しかしそんな状況下でもキルは決して諦めなかった。
「くっ! イアンみたいに仕留めようとしても無駄よ!」
炎の渦の中で必死に体勢を整え、短剣を構えて【剣光】で渦をかき消そうとしたキル。
しかしキルが詠唱するよりも早く、
「【火炎放射】!」
追い討ちをかけるように放たれたグレースの火炎。
「うわあぁっ!!」
間髪を入れずに放たれた攻撃に間に合わず、受け身さえ取れなかったキルの体は【火炎放射】の威力に押し倒されて宙を舞った。
「キル!!」
火傷の痛みや傷の痛みで体を起こせない状態のレオは、吹き飛ばされるキルをただ目で追うことしか出来なかった。
「とどめよ! 【氷柱火炎】!」
グレースは地を蹴って空中に浮遊すると、【氷柱針】と【火炎放射】を合体させた。
グレースの周りには真っ赤な炎で包まれた氷柱が浮かんでおり、彼女の詠唱と共に燃える氷柱がキルへと放たれる。
既に攻撃を受けて宙を舞っていたキルに、止めの一撃が叩き込まれた。
「ああああああっ!!!」
キルの叫び声と同時に大爆発が起こり、地を揺らすほどの爆風と爆炎が水色の空に浮かんだ。
爆発で起きた埃から一筋の帯が引かれ、そこからキルの体が現れて虚しく地面へと落下していった。
「キルっ!」
動かすと痛み、あちこちが軋む体に鞭を打って、レオは這いつくばりながらキルの元へ急ぐ。
「おい、キル! しっかりしろ!」
何とかキルを抱き起こして力の限り呼びかけるが、キルからの返答はない。
いつもはキラキラと輝いている黄色の瞳が、閉じられた目の中に封じ込められていた。
だらりと垂れた四肢からは血が滲み、痛ましい火傷と相まって黒く焦げていた。
「き、貴様ぁぁっ!!」
レオは顔を歪ませてグレースを睨み付ける。
キルを冷たい地面に寝かせ、立ち上がろうとするも、
「うっ!」
既に体に刻まれた傷のせいで思うように立ち上がれない。
「くそっ……何でこんな時に動けないんだよ……!」
拳で地面を強く叩き、レオは涙を滲ませた。
「今度こそ邪魔しないでね。……行くよ、ルミ」
グレースは少し顔や体に擦り傷を負った程度で、自力で立つことも余裕の状態だった。
横から優しく吹く風に長い白髪をなびかせると、ルミの方に向き直り、そしてハッと目を見張った。
「ルミ……?」
ルミはキルとレオを見て涙を流していたのだ。
「もう……嫌だよ……止めよう……」
涙を流し、震えながら自分を抱きしめるようにうずくまるルミ。
「ルミ……何言って……。あ、熱い……!」
ルミの肩に触れたグレースは、ルミの体温に驚いて思わず手を引っ込めた。
と言っても、厳密には一般的な氷結鬼の体温よりも高くなったというだけである。
ルミは大粒の涙を流しながら崩れるように地に膝を付き、声を漏らした。
「ごめんなさい……イアンさん……」




