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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第五章 氷結鬼編
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第127話 『ありがとう』

「な、何で、あたし、泣くつもりじゃなかったのに……」


 慌てて涙を拭いながら、亜子(あこ)は無理やり笑顔を作った。それでも涙は止まらず、後から後から流れてくる。


『何で』と口にしたものの、その答えはとっくに分かっていた。


 イアンに『ありがとう』とお礼を言われたからだ。


 今まで、本来なら許されない苛めという自分の行為を誰かに否定されたことはなかった。


 教師の前では苛めをしているような素振りは見せないようにしていたし、クラスの皆も一緒になって(ゆき)のことを嘲笑ったり馬鹿にしたりするだけだった。


 そのおかげもあって、雪は亜子を遠ざけて恐れるようになった。


 そして同時に雪と心結(みゆ)が接触することも避けることが出来た。


 心結本人からも色々と文句を言われ続けたし、亜子の行動のせいで雪が深く傷ついているのも分かっていた。


 それでも雪への苛めを止めるわけにはいかなかった。


 止めてしまえば、心結がいつ雪に手を出すかも時間の問題となってしまうからだ。


 絶対に、雪からは嫌われていると思っていた。苛めを良しとしない一部の同級生からも、風馬(ふうま)からも批判の眼差しを浴びていた。


 亜子はそれでも良かった。これで雪が氷結鬼として目覚めるのを阻止できるなら、と我慢していた。


 それなのに吸血鬼であるイアンから発せられた言葉は、他でもないお礼の言葉・『ありがとう』だった。


 そう言われた瞬間、亜子の中で何かがゆっくりと溶けていった。自分がこれまでしてきたことが、少しでも誰かにとってプラスに働いたのだと思えた瞬間だった。


「あたし……」


 急いで涙を拭いながら声を発した亜子を、風馬(ふうま)(まこと)、イアンたち吸血鬼が見つめる。


「最初は柊木(ひいらぎ)くんにも酷いこと言っちゃってごめんなさい。『村瀬(むらせ)さんと同じ班になったのが悪い』とか、変なこと言って」


「あぁ、あの事か」


 亜子の言葉を聞いて、風馬は記憶を遡って亜子の言わんとしていることを察した。


 夏合宿直前、雪と同じ班になった風馬を亜子は体育館裏に呼び出したのだった。


『ボッチである雪に手を差し伸べるような事はするな。ボッチはずっとボッチだ』と言って。


 勿論それを聞いた風馬からは猛反論され、最終的に亜子が押し黙る形になってしまったが。


「本当は違うの。あんな理由で柊木くんと村瀬さんを離そうとしたんじゃない。村瀬さんに友達が出来ちゃったら、それに便乗して心結が村瀬さんに近付きそうで怖かったの」


 実際、雪と風馬が同じ班になっても、心結が便乗して雪と関わることはなかった。


 勿論、亜子が何かと理由をつけて必死に雪の所に行かないように心結を止めていたのが一番の理由だ。


 しかし、途中から乱入してきた三体のキラー・ヴァンパイアのこともあるのだろう、と今になって亜子は思う。


 氷結鬼と吸血鬼は、昔にいざこざがあってから関係が良好とは言えない。


 キラー・ヴァンパイアが乱入したタイミングで、心結は自分が氷結鬼だと雪に打ち明ける考えを放棄したはずだ。


 あそこでそう打ち明ければ、あの三体に何をされるか分からないからだ。


 だからあの三体の乱入も、心結を止めたい亜子にとっては非常に好都合だった。


「実際はそんなことなかったけど、でも、柊木くんに酷いこと言っちゃったのは事実だから」


 亜子は真っ直ぐ風馬を見つめ、頭を下げた。


「酷いこと言って、本当にごめんなさい」


 風馬の返答はすぐには無かった。


 許されないに決まってる、自分はそれだけのことをしたのだから、と亜子が後悔の念を抱いていると、


「良いよ、後藤」


 亜子がパッと顔を上げると、そこには風馬の柔らかい笑顔があった。


「本当に、許してくれるの……?」


「ああ。後藤の今までの行動が、全部村瀬の為だったって分かったのに、責められるわけないだろ?」


「柊木くん……」


 風馬を見上げる亜子の視界がぼやけ、再び目の下から頬にかけて冷たい感触がやって来る。


「ありがとう……」


 亜子は目を瞑って大量の涙を流しながら、もう一度風馬に向かって深く頭を下げた。ベッドに掛けてある布団をギュッと握りしめる亜子の拳に、涙が零れ落ちる。


「泣くなよ、誰も後藤のこと責めてないんだから」


「ま、まぁ、確かにそんな理由でユキを罵倒してたって言うなら、これ以上悪くは言えないわね」


 キルが腕を組んで片目を瞑り、亜子に微笑みかけた。


 イアンとミリアも頬を緩め、レオは優しく口角を上げている。


 誠も『悪くないな』と言う表情で眼鏡をくいっと上げた。


「あ、あの!」


 亜子はそんな皆の優しさを噛みしめて笑みを浮かべた後、パッと顔を上げて全員を見回した。


「あたし、吸血鬼界の王都に行きます」


「何でだ? 後藤」


 尋ねる風馬をちらりと見やり、亜子はその答えを口にした。


「ルミとグレースが村に戻っても、ブリス陛下に封印された氷結鬼達がよみがえるわけじゃない。そうなった時に二人が向かうのは、間違いなく王都だから」


 亜子の言葉に、風馬はハッと目を見開いて手をポンと打った。


「そうか! 村瀬……じゃなくて、ルミは絶対、村に他の氷結鬼達が居ないことを不思議がる。グレースがルミにその原因を話したら……」


「二人の矛先が確実に王都に向けられる……!」


 風馬の言葉を次いで、イアンが赤い瞳を揺らした。


「だから、あたしが阻止したいんです」


「でもその怪我じゃ無理よ、あなた」


 亜子の腕や身体に巻かれた包帯を見て、キルがストップをかける。


 しかし亜子は首を振り、


「大丈夫。【鋼拳(スチール・パンチ)】は出せないけど、【鉄壁(アイアン・ウォール)】なら王都への侵入を阻止できるから」


「で、でも……」


「あの子達のことは、あたしが方を付けなきゃいけないの」


 亜子の言葉に、反論しようとしたキルが思わず押し黙る。


 責任を感じている亜子のことが少し理解できたからこそ、無責任に止めることは出来なかった。


「分かった」


 亜子の要望を承諾したのは、鬼衛隊長でブリス陛下の息子であるイアンだった。


「その代わり、無茶だけはしないでね。君に何かあるとユキもフウマも悲しむ」


「待ってください! 俺も一緒に行きたいです!」


 イアンの言葉から、自分が待機組だと察した風馬はすぐさま抗議の声をあげる。


 しかしイアンは真剣な表情で首を振って、


「ユキも向こうで結構ひどい目に遭ってきたんだ。吸血鬼界は能力も魔法も使えない人間が簡単に踏み込む場所じゃない。ましてや今回は戦闘だ。平和な普段の時ならまだしも、今回だけは何があっても連れていけない」


 風馬は悔しげに歯を噛みしめたが、すぐに唇を引き結んでイアンを見つめた。


「分かりました。ここで待ってます」


 イアンは風馬の言葉に頷いてから、


「向こうへは僕とキルとレオで行く。レオ、行けるか?」


「大丈夫ですよ、隊長。こんな怪我、大したことありません」


 グレースからの攻撃を受けてあちらこちらに怪我を負っているレオだったが、軽快に腕を回してみせる。


「ミリア、マコトくん、アコ、フウマはここで待機してて。ユキは絶対に連れて帰ってくる」


 イアンは決意を固めた眼差しで、そう指示を出した。

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