第126話 やり方は不器用だけど
ルミとグレースが【瞬間移動】で氷結鬼の村に飛んだ直後、グレースの【吹雪】がまるでろうそくの火のように消えた。
「っ……!」
誰もいなくなった正面を見て、黒髪の吸血鬼・イアンは悔しげに唇を噛んだ。雪が戻ってきてくれることを信じて、ルミにあんな言葉をかけたものの、当の本人はきょとんとした表情をしていた。
おそらくルミに自分の気持ちは届いていないだろう、とイアンは肩を落とした。
「ユキ……」
隣でイアンを支えている桃髪の吸血鬼・キルも、悲しげに声を漏らした。ルミとグレースが居た場所を見つめながら。
「皆様!」
ふと声がしてイアンが校舎の方を向くと、長い黄髪をたなびかせたミリアが走ってきていた。
「ミリア、どうしたんだい?」
目の前でルミとグレースが氷結鬼達の村に行ってしまった直後で、どうしてもイアンの声色が低くなってしまう。
ミリアもそれを俊敏に聞き取ったのか、
「……お二方は」
控えめにイアンに尋ねたのだった。
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「雪が……まさか氷結鬼だったとは……」
保健室では、ミリアの治療が終わった鈴木誠が深刻な表情でそう漏らしていた。
銀色の硬い鎧は机の上で、上半身裸の状態。右肩から左腰辺りまで身体全身を覆い尽くすほど、白くて太い包帯が巻かれてあり、よほどの大怪我だったことが伺える。
「ええ。何と言って良いものか……」
今度はパイプ椅子に座ったイアンの手当てをしながら、ミリアも悲しそうに俯いて眉を下げた。それから顔を上げてイアンを見つめ、問いかける。
「ユキ様……いえ、ルミ様はもう、私達のことは覚えていないのですか?」
イアンも険しい表情のままコクリと顎を引く。
「うん、レオのことも『誰?』って言ってたし、僕とキルを見ても不思議そうな顔してたから、多分」
「そんな……」
イアンの手当てをする手を止め、ミリアは残念そうに目を瞑った。
あの場に氷結鬼の姿がなかったため、ミリアもそれは薄々感じ取っていた。しかしいざ言葉となってそれを伝えられると、どうしても信じがたい気持ちが前面に出てしまう。
「何でもっと早くに気付けなかったんだろう」
イアンの声に、その場に居た全員がイアンを見つめた。
「グレースに、言われたんだ。『ずっと一緒に居たのに、そんなことも気付かなかったのか』って」
イアンは俯いて、太ももに置いた拳を固く握り締めた。ぎゅううっと音を立てて拳が力強く握られる。
雪に隠された秘密に気付けなかった悔しさ、雪をグレースから守れなかった自分の情けなさを悔いるように。
「あの子の言う通りだよ。何で……もっと早く気付いてれば……」
「イアンだけが悪いんじゃないよ。私達だって皆分からなかったんだし」
キルがそう言ってなだめるが、イアンの顔は晴れないまま。
「……お前達は、知ってたんだよな」
「は、はい」
「すみません、誠さんに言ってなくて」
ベッドの上で後藤亜子が重く頷き、柊木風馬はベッドの傍の椅子に腰を掛けながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、別にお前達を責めるわけじゃないんだ。今までそんなに関わってもいなかったわけだし、言う機会が無くて当然だ」
責任を感じているような重い表情の二人に、誠は微笑を浮かべる。
誠の対応に、二人は少し安心したように口角を上げた。
そんな亜子を見ていたイアンは、亜子を見つめて質問を投げかけた。
「君、亜人……だよね?」
「は、はい、そうですけど」
イアンに突然尋ねられた亜子は、驚いて肩をピクッと震わせながらもしっかりと頷いた。
亜子の肯定を見てから、イアンはさらに質問を重ねた。
「ユキが氷結鬼だったって知ってたってことは、ユキとは向こうでも知り合いだったの?」
「いえ、向こうで知り合ったのはグレースだけです。あの子は常に一対一で遊ぶような感じだったので」
イアンに遠慮がちに聞かれ、首を横に振る亜子。
「そうか……」
イアンが顎に手をやって目を伏せると、亜子は食いつくように言葉を紡いだ。
「でも! 人間界に来てこの高校に通い始めてから、あの子がグレースだってことも村瀬さんがルミだってことも分かってました」
それから亜子は悔しげに唇を噛んで目を伏せ、
「それなのに、なかなか止められなくて……」
そんな亜子を庇うように、今度は風馬が声をあげた。
「後藤は後藤なりに、一生懸命頑張ってくれてたんです」
風馬は椅子から立ち上がり、イアンや誠など保健室に居る面々を見回しながら必死に訴える。
「柊木くん……」
亜子はベッドの上で風馬を見上げ、申し訳なさそうに眉を下げた。自分は何も力になれなかったのに、何故風馬は庇ってくれるのか、と思いながら顔を伏せていた。
すると、風馬が息をついで言葉を紡いだ。
「ちょっとやり方は不器用だけど、村瀬と氷下が関わらないように、後藤自身が村瀬を罵倒して最初から遠ざけたり、何回も村瀬に近付こうとしてたグレースを止めたり。本当に、本当に頑張ってくれてたんです!」
『やり方は不器用』。
そう言われ、亜子は反論したい気持ちが込み上げたが、何も言わずに喉を詰まらせた。
確かに亜子自身も、雪の存在自体を全否定するような言葉ばかりを並べすぎてしまっていた部分はあった。グレースを近付けないために必死だったとしても、あまりにも酷すぎると言われればそれまでだ。
実際、そのせいで雪は明らかに傷付いた表情をしていた。そして必ずと言って良いほどグレース____氷下心結に文句を言われたものだ。
わたしのルミに酷いこと言わないで、と。
そして転校してきてまだ学校生活においても日の浅い風馬にも、そうした魂胆が見抜かれていたことに、驚きと落胆を感じていた。
一つは風馬の洞察力、勘の鋭さに関して。
もう一つは他人に簡単に見抜かれるほど下手くそだったと思い知らされた自分の演技に関して。
今まで心の奥にあった魂胆を誰にも気付かれることなく、意地の悪い苛めっ子を演じていたのに、と亜子が内心で肩を落としていると、
「じゃ、じゃあ、ユキが言ってた、学校で酷いこと言ってくる人間ってあなただったの!?」
驚いて目を丸くしているキルに尋ねられ、亜子は決まり悪そうに頷くしかなかった。そして同時に思った。
吸血鬼達に言いつけられていたのか、と。
尤も、雪にとって人間界、特に学校には居場所と言える場所が無かった。
新たな自分の居場所____自他共に認められる居場所____を吸血鬼界に見出だしたのだから、人間界での嫌なことを報告するのも当然と言えばそうなるが。
その件に関しては、どの角度から見ても亜子が悪くなる。
「ご、ごめんなさい……」
亜子はベッドの上で深々と頭を下げた。
「そうだね」
静かなイアンの声を聞いて、亜子の中にさらに後悔の念が積もる。雪を守っているという意識があったため、ずっと謝罪から逃げてきていたのだ。だから未だに雪本人にも謝罪していないまま。
その現実を突きつけられたような気がしたのだ。
「こっちでの彼女は知らないけど、少なくとも僕達の世界ではユキは明るくて他人思いで優しい子だったよ。そんな子が悪口を言われなくちゃいけないのかって、僕は正直胸が痛かった」
そこで言葉を切り、イアンは声音を明るくして微笑み、
「でもさっきのフウマの言葉を聞いて、そういうことかって納得したよ。君はユキのために悪役を演じててくれたんだね」
その言葉に、亜子はハッとしてゆっくりと顔を上げた。見ると、イアンが優しく柔らかい笑みを浮かべていた。
「君は、本当はとても優しい子だったんだね。ありがとう」
そう言って、イアンは膝に両手をついて頭を下げた。
「そ、そんな。結局どんな理由であっても、あたしがしたことは許されることじゃないですから。お礼なんてあたしには相応しくないです」
慌てて亜子が両手を振っていると、
「……後藤?」
いつの間にか椅子に座っていた風馬に、不思議そうな顔をされた。
一体どうしたのか、と亜子も不思議な気持ちになっていると、風馬が亜子の顔を指差して言った。
「……涙出てるぞ」
心配そうな風馬の顔を見ながら、亜子は自分の目の下に触れた。すると指先に水滴がついた。
「……ぁ」
目の下から指を離して湿った自分の手を見下ろして、亜子は言葉にならない声を漏らした。
いつの間にか、亜子は涙を流して泣いていたのだった。




