第125話 戻ろう、一緒に
グレースは長い白髪を揺らしながら、私の方に近付いてきた。
そして氷の剣を持っていた私の両手を包み込むようにぎゅっと握り締めた。
剣は音を立てて地面に落ちたけど、幸い割れはしなかった。
「本当に良かったよ、ルミ! やっとルミに戻ってくれた!」
最初はグレースの目尻にうっすらと浮かんでいただけの涙。でもあっという間にグレースの赤い瞳が揺れ、ボロボロと大粒の涙が頬をつたって流れ出す。
「え? そうなの?」
グレースは鼻をじゅるっとすすりながら、握り締めた私の手をブンブンと振って何度も何度も頷いた。
「て、ていうか、私、記憶喪失か何かだったの?」
さっき『記憶が戻ったんだね!』って言ってたけど……。
一体どういうこと? 私、『ルミ』じゃなかったの?
「ブリス陛下に記憶消されて、姿も人間に変えられたんだよ」
「えぇっ!?」
ブリス陛下って、グレースが間違って氷術で村中を凍らせちゃった時に王宮でグレースのこと問いただしてたヒトだよね。
薄く髭が生えてて、暗めの銀髪のおじさん。
私は幼い頃の記憶を遡りながら、ぼんやりとブリス陛下のことを思い出した。
そっか、私がグレースのこと庇ったから、姿も変えられて氷結鬼としての記憶も消されたんだ。
ん? 姿、変わってる……?
「何も変わってない気がするけど……」
「えっ!? いつの間に元の姿に戻ってるの!?」
グレースは急に私の姿を見て驚いたように声をあげた。
失礼な。私は生まれたときからこの姿だよ。
顎辺りまで伸びた白髪に桃色の瞳。服装は膝丈の薄ピンク色のワンピース。
でもグレースがびっくりしてるってことは、
「今まで違ったの?」
「う、うん。普通の人間の女の子って感じだったよ」
人間の女の子、か。どんな感じなんだろ。
「あぁー!」
「うわあぁっ!」
急にグレースが大声をあげたから、私も思わず声を出して驚いてしまった。
「ど、どうしたの? グレース」
私が尋ねると、グレースは両手の拳を握り締めてそれをブンブンと振り、片足を上げて悔しそうに目を瞑って地団駄を踏んだ。
「こんなことなら、雪ちゃんの写真撮っとくんだったー! でもわたし、早くルミに戻ってほしかったし、何なら雪ちゃんの時の姿大嫌いだったから見たくもなかったんだよ!」
しょ、衝撃的な告白だ……。記憶を取り戻す前の『雪』だった私が聞いてたら、多分すっごいショックだろうなぁ。
「くー! 悔しいー!」
グレースは、私に『雪』の時の姿を見せられないことを本気で悔しがってくれた。
「だ、大丈夫だよ。別にどんな感じだったか気になるだけだし」
私が言うと、グレースはもう一度私の頭から足までを見回して、
「強いて言うなら、髪の色が茶色っぽかったよ。あと、性格が暗くて自信無さげでおどおどしてて、最初はぼっちでクラスの子達から虐められてたよ」
『雪』の時の私が嫌だったのは分かるけど、何でそんなに笑顔なの? グレース。顔に『ざまぁ』って書いてあるよ。
それよりも、記憶を消された後の私って、今の私と真反対の性格だったんだ。自分で言うのも何だけど、別に今の自分の性格が暗いとは思わないから。
ちょっと、会ってみたいなぁ、なんて。
「な、なぁ、ユキ」
私とグレースが悦に浸っていると、横やりが入ってきた。その主は橙色のツンツン髪の吸血鬼・レオ。
「何回も言ってるけど、私はユキじゃないよ?」
「本当に記憶が無いのか? ユキだった時の」
「う、うん」
じゃあもしかしてこのヒトは、『雪』だった私の知り合い?
そんなことを考えていると、不意にグレースが私の腕に抱きついてきた。
「良いじゃん、良いじゃん、そんなこと。早く村に戻ろう」
「うん、そうだね」
ニコニコ顔のグレースに頷いて、私達は【瞬間移動】で村に戻ろうとした。
「ユキ!」
呼び止められ、思わず動きを止めてしまう。
今度私に向かって声を張り上げたのは、桃髪の小柄な吸血鬼に支えられている高身長の黒髪の吸血鬼だった。
「……何ですか?」
私より歳上みたいだから一応敬語で。
いくら知らないヒトでも、礼儀はしっかり重んじなきゃね。
「君が僕達のことを何も覚えてないのはよく分かった。しつこく聞いちゃったりしてごめん。……でも、これだけは。人間として、村瀬雪として暮らしてた君は、すごく純粋で真っ直ぐで何事にも一生懸命で他人思いで、そんなすごく良い子だったんだ」
へぇ、そうなんだ。
「これだけは覚えててほしい。もし君の中に一欠片でもユキとしての心が残ってるなら、また戻ってきてくれるはずだ。僕は、信じてるよ」
よく分かんないけど……。
「はい」
私は一応返事をしておいた。
「もう! うるさいなぁ!」
私の腕に抱きつきながら、グレースが敵意を宿した眼差しで黒髪の吸血鬼を睨み付ける。
「ルミに変なこと植え付けないでよ! せっかくルミが戻ってきたのに、またユキに戻っちゃったらどうしてくれるの!?」
グレースの言葉を半分遮るように、黒髪の吸血鬼は声を張り上げた。
「僕達は! ユキに戻った君にもう一度会いたい」
グレースとはまた違った赤色の優しそうな瞳が、真っ直ぐ私を見つめてきた。
何だろう、どこか懐かしい気が……。
「もう良いでしょ!? 行くよ、ルミ! 【吹雪】!」
詠唱し、グレースは手で空を切って吹雪を巻き起こす。
「行こう、ルミ」
吹雪の中で、グレースはもう一度そう言って笑みを浮かべた。
「ねぇ、グレース」
「ん?」
私は不思議そうな顔をするグレースに、胸を押さえて言った。
「何か、この辺りがチクッてなったんだけど」
それはさっき、あの黒髪の吸血鬼に真っ直ぐ見つめられた時だ。何故か懐かしいと感じた直後に胸が小さく痛んだのだ。
「そうなんだ……」
そう言ったグレースが一瞬だけ顔を曇らせたように見えた。でも次に彼女が私に向けたのは晴れ渡るような笑顔だった。
「戻ろう。一緒に」
「うん」
差し出された手を握り、私もグレースに笑顔を向ける。
そして私達は手を繋いだまま、一緒に【瞬間移動】で氷結鬼達の村へと飛んだ。




