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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第五章 氷結鬼編
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第122話 もう大丈夫だよ

 風馬が保健室を飛び出す前のこと。


 ルミレーヌの【吹雪ブリザード】、【火炎放射フレイム・ラジエーション】、【灼熱渦ヒート・ボルテックス】の合体技を受けた誠は、既に体力を大幅に消耗していて再び立ち上がる気力など残っていなかった。


「あら、強がってた割にはあっさりね。まぁ、でも良いわ。これで邪魔者が居なくなってやっとルミと二人で村に戻れるもの」


 ルミレーヌは笑みを浮かべて、アスファルトに転がった誠に向かって手をかざした。


「さようなら、勇敢と愚かを履き違えた吸血鬼なんちゃら組織さん。【氷柱針アイシング・ニードル】!」


 ルミレーヌはまた手を空にかかげて自分の周りに何本もの氷柱を出現させると、手を一気に振り落として誠に向かって氷柱を放った。


 誠は体力の消耗と攻撃を受けた痛みから、迫ってくる氷柱をただ睨みつけることしか出来なかった。

 氷柱が誠に突き刺さる____と思われた瞬間。


「【暗黒剣ダークネス・スパーダ】!」


 どこからともなく聞こえてきた詠唱によって、誠に迫っていた氷柱が弾き飛ばされたのだ。


「なっ……!! もう! 今度は何よ!!」


 ルミレーヌは地団太を踏む勢いで、足をドンドンと踏み鳴らした。


 驚いて目を丸くする誠の目の前に、軽快な靴音を鳴らして地面に降り立った者達がいた。


「イアン……! それに鬼衛隊ども……!」


 倒れた誠を庇うように降り立ったのは、イアン、キル、ミリア、レオの四人だった。


「マコトくんの部下達が伝えに来てくれたんだ。間に合って良かった」


 黒髪の吸血鬼・イアンが誠の方を振り向いてそう報告した。


「そ、そうか……あいつらが……」


 誠は他のVEO隊員達を思い浮かべて、力無い、それでも嬉しげな笑みを浮かべた。


「誠さん!!」


 すると、風馬が校舎から走ってきた。


 イアンが気付いて振り返り、風馬に微笑みかける。


「もう大丈夫だよ」


「吸、血鬼……」


 風馬は微笑むイアンの口から覗いた長く白い牙を見て、そう呟いたのだった____。


「ミリア、マコトくんの手当てをお願い。あと、そこの少年も避難させて」


「畏まりました、イアン様」


 黄色い長髪を揺らし、頭部に白い花冠を被った吸血鬼ミリアが礼儀正しく腰を折った。


 そしてイアンから誠を受け取り、背中におぶる。


 ミリアはそれから風馬に向き直ると、


「さあ、参りましょう。マコト様はわたくしが治療致しますので」


「は、はい。お願いします……」


 ミリアに背中を軽く押されながら、風馬は再び保健室へと戻った。


「やあ、君が氷結鬼の女王だね。色々と事情は聞いたよ」


 イアンが持っていた黒い剣を構え直して、ルミレーヌにそう声をかけた。


「あら、誰かと思えば吸血鬼じゃない。わたし達の居場所を占領して隅の方に追いやった」


 ルミレーヌは笑みをたたえながら、しかしその赤い瞳には怒りの炎を燃やした表情で腕を組んだ。


「今はそんな昔話をしてる場合じゃないの。早くここから立ち去って!」


 桃髪の吸血鬼・キルが腕を振ってルミレーヌに向かって叫ぶ。


「勘違いしてもらうと困るのだけれど、わたしは一刻も早く立ち去りたいところなのよ。でもあの眼鏡男が邪魔してきたの」


「だからって傷だらけになるまで痛ぶって良いわけじゃない」


 鋭い視線でルミレーヌを見つめるイアン。


 しかしルミレーヌは悲しそうな表情をして眉を下げた。


「あら、あなた達は見ていないから分からないでしょうけど、わたしだって沢山痛ぶられたのよ? そのお返しをしただけなのに何が悪いと言うの?」


「隊長、話すだけ無駄ですよ。さっさと片付けた方が良い」


 ルミレーヌの言葉を聞いていた橙髪の吸血鬼・レオが、小声でイアンに言った。


「そうみたいだね。でも出来ることなら人間界で暴れたくないんだけどな」


 イアンが目だけで校舎の方を見ながら呟く。


 以前は鬼衛隊同士の戦闘訓練も人口が増えたせいで出来なくなった吸血鬼界に代わり、人間界の人間に迷惑がかからない場所で訓練を行っていたイアン達。


 それなのに高校の敷地内で能力の打ち合いをすれば、確実に高校を破壊することになってしまう。


 かと言って、狭い吸血鬼界に戻って戦えば、無関係の吸血鬼達を危険にさらすことになるのもまた事実だ。


「それなら良い方法があるわよ」


 迷うイアンに助け船を出すように、白くて細い人差し指を突き立てて、ルミレーヌは提案を持ちかけた。


「あなた達が何もせずにわたしを村に返してくれれば良いだけ。簡単でしょ?」


 そう言って意味ありげに頬笑むルミレーヌ。


 イアンは険しい表情を崩すことなく、


「マコトくんを傷つけておいて、何事もなかったみたいに帰られるのは気に食わないね」


 イアンの言葉に、ルミレーヌは不思議そうに目を丸くした。


「人間と吸血鬼は敵同士じゃなかったの? いつの間に仲良くなったのかしら」


「あいにくの片思いってところでね。マコトくんには友達でも何でもないって言われてるよ」


 イアンは少し残念そうに微笑んだ。


「そう。それだけ聞いたら安心したわ」


 それに対して、ルミレーヌは心の底から安堵したような笑みを浮かべる。


「お喋りも良いけど、そろそろマコトの敵討たせてくれる?」


 キルが短剣を構えて言うと、


「敵討つってくらいなら、やっぱり仲良しなんじゃない」


 ルミレーヌは嫌そうにため息をついて、『仕方ないわね』と呟くと両手を広げた。


 詠唱もしていないのに、ルミレーヌの周りを吹雪が包み込み、彼女の身体から人型の氷の粒が出てきた。


 周りの吹雪が薄れていき、その人型の氷粒もだんだんと鮮明になってくる。


「えっ!?」


 それを見たキルが思わず驚きの声をあげ、イアンが目を見開きながら声を漏らした。


「____ユキ!!」


「せいか~い。もしルミを傷つけられたくなかったら、わたしを攻撃しないでね」


 意識を失ったままの雪を背後から抱きしめ、ルミレーヌはグレース本来の姿へと戻った。


 黒い角が白髪に埋もれるように崩れ、黄色だった瞳が赤色になる。


「何でユキがあんたの体の中に……?」


 キルが黄色の瞳を揺らして信じられないといった表情を浮かべた。


 グレースは勝ち誇ったような笑みをたたえて、


「あれ? 知らないの~? ルミは元々わたしと同じ氷結鬼なんだよ~?」


「ユキが、氷結鬼だと!?」


 眉を寄せてグレースの言葉を復唱するレオ。


 そして同時に、レオは天使達との戦いを思い出していた。


 天使のあまりの強さに太刀打ち出来なかったレオ達を、雪が体を張って守ってくれた。


 その時、雪の体から氷のような小さな塊が落ちてきたのだ。


 ブリス陛下に頼み込み、その塊の調査を依頼したところ、氷結鬼のものだと判明した。


 その際はなぜ雪の体からそんなものが、と思っていたレオだったが、これで腑に落ちた。


「あの氷の塊はユキ自身のものだったのか……!」


 レオは衝撃的な事実に目を見開いて小さく呟いた。


「ユキが氷結鬼ってどういうこと!?」


 一方、その事実を全く知らないキルは、グレースに掴みかかる勢いで尋ねた。


「あれ~? 今まで一緒に居たのにそんなことも気付かなかったの~?」


 グレースは三体を嘲笑うかのように目を細めた。


「くっ……!」


 その仕草に、キルが悔しげに唇を噛む。


 そんなキルに見せつけるように、グレースは澄み渡る空を見上げて遠い目をした。


「ルミは小さい頃にわたしを庇ってくれたんだ。ルミは何も悪くない。でも親友のわたしのために身代わりになってくれた」


 空からイアンへと視線を移し、イアンを力強く指差すグレース。


「それで国王……あなたの父親に人間の姿に変えられて、氷結鬼としての記憶も消されたの」


 口調こそ柔らかいが、その表情は険しいものだった。


「お父様に文句があるなら、直接王都に来れば良いだけじゃないか。わざわざユキに手を出す必要なんて……」


「あるんだよ」


 イアンの言葉を途中で遮り、グレースは強気の口調で言った。


「そうじゃないと、わたしの目的が達成されないんだもん」


「僕達に出来ることだったら言ってくれ。ユキを酷い目に遭わせるくらいなら、僕が直接お父様に掛け合っても良いから」


 胸に手を当てて、イアンは一歩前に進み出た。


 しかしグレースは雪を抱き締める力を強めて、雪の肩に顎を起き目を閉じてそれを拒否する。


「要らな~い。あなたの力なんて借りたくないもん」


「じゃ、じゃあ何が望みなんだ」


 イアンが問いかけると、グレースは雪の茶髪に指を絡めて言った。


「今さら肩もってもらわなくても良いよ。わたしとルミの二人だけの問題だから」


 未だ意識を失ったままの雪をいとおしそうに見つめるグレース。


 それを見て、イアンの腹の底から沸々と怒りが湧いてきていた。


 まるで、雪を自分の物のように扱う、その仕草に。

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