第121話 まだ終わっていない
亜子の言葉を聞いて、風馬は言葉を紡いだ。
「他に? てっきり村瀬を取り込んで一緒に村に戻るのが目的だと思ってた」
「勿論それが第一のはずよ。でもそれだけじゃないような気がしてきたの」
「じゃあグレースは、村瀬を取り込んだ後にまだ何かやろうとしてるってことか」
風馬の言葉に亜子は頷いて、
「本当に村瀬さんと一緒に村に戻りたいだけなら、自分の中に吸収してルミレーヌの姿にならなくても良いじゃない。無理やり引きずってでも連れて行くだけで」
「確かにそうだな。わざわざ取り込む必要もない。だとしたら、あいつは一体何をしようとしてるんだ……?」
風馬は眉をひそめた。
いくら頼み込んでも言うことを聞いてくれない雪に腹を立て、無理やり村に連れて帰ることにした。
それがグレースの目的だと思っていた風馬。
しかしその読みは今まさに外れているかもしれないことが分かった。
亜子の言い分は頷けるものであり、風馬の推測が拙かったことも明らかだ。
しかしまだ『グレースの目的が別にあるかもしれない』という予測が立っただけで、肝心の『本当の目的は何なのか』ということが分かっていない。
早く雪を取り戻さないと、取り返しのつかないことになりそうな気がして、風馬は必死に頭を回転させた。
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「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
その頃、校舎の外では、誠とルミレーヌが戦いを繰り広げていた。
しかし、先に息が上がったのは誠の方だった。
誠ほどの優秀な隊長であっても、氷術と炎術の両方を操ることの出来るルミレーヌにはあと一歩届かずといったところのようだ。
「あら、もう終わりかしら? わたしの方はまだまだ余裕なのだけれど」
片膝をついて地面に剣を置き肩で息をする誠の足元まで歩み寄り、ルミレーヌは余裕綽々といった笑みを浮かべた。
「ふん、誰が終わったと言った」
しかし誠は額から汗を流しながらも、頬をつり上げた。
ルミレーヌはそんな誠を嘲笑うように手の甲を口に当てて、
「強がっても無駄よ。あなたの態度が……」
「まだ終わっていないと言っている!」
ルミレーヌの言葉を途中で遮り、誠は叫んでルミレーヌをキッと睨みつけた。
ルミレーヌは誠の厳しい表情を見て、一瞬顔を強張らせて数歩ほど後ろに飛んだ。
誠が再び剣を取ってルミレーヌの身体に突き刺そうとするよりも早く、ルミレーヌは危険を咄嗟に察知して飛び退いたのだ。
「くっ、無駄に鋭い奴め」
奇襲が失敗に終わり、誠は歯を噛みしめた。
だが誠はここで終わる男ではない。
剣を地面に突き刺して体重を預け、その勢いで一気に立ち上がる。
「はあぁっ!」
それから腰を低くして剣を構えると、誠は再びルミレーヌに立ち向かっていった。
「ふふふ、ほらその意気よ。わたしの相手には到底及ばないけれど、少しでも楽しませてほしいわ」
ルミレーヌは悠然と立ち向かってくる誠を見て嬉しそうに笑みを浮かべる。
それでも誠の剣撃はしっかりと避けた。
「【氷柱針】!」
そして天高く片手を掲げて、誠に向かって鋭く尖った氷柱を打った。
しかし誠は剣を使って器用にその攻撃を見事に回避。
「もう一発! 【氷柱針】!」
誠に剣撃の隙を与えることなく、ルミレーヌはもう一度鋭い氷柱を打ち放つ。
そして間髪を入れずに、
「【吹雪】!」
誠は身体を煽られそうになったが、すぐに体勢を立て直して宙に浮かんだ。
吹雪を利用して宙に浮かぶ誠を見上げ、ルミレーヌは目を細めた。
「まぁ、そうなるわよね。でも、これならどうかしら! 【火炎放射】!」
吹雪に向けて手をかざし、炎を放射するルミレーヌ。
「なっ……!?」
真っ白だった吹雪が一瞬にして紅色に変化した。
周りが炎に包まれ、誠は目を見開いた。
やはりこれは誠も予想していなかったな、とルミレーヌは薄くほくそ笑む。
風で舞う氷の粒と炎を組み合わせれば、炎の風が巻き起こる。
さらに吹雪の威力も上乗せされるため、負の感情が具現化したことでルミレーヌが会得した、もう一つの炎術である【灼熱渦】よりもずっと強力になるのだ。
「吹き飛んじゃいなさい!! 【灼熱渦】!!」
拳を握りながら叫び、ルミレーヌは吹雪と火炎が融合した風の中にさらに炎の渦を巻き起こした。
「ぐうっっ!!」
まるでサウナのような熱風に、誠は思わず呻いた。
そして追い討ちをかけるように突風が巻き起こり、今度こそ誠の体は空高く舞い上がった。
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天高く巻き起こった熱風は、一階の保健室からも見えていた。
「ハッ!」
熱風に気付いた風馬が素早く窓の外を見て息を呑んだ。
「な、何だ、あの炎の竜巻みたいなの……!」
「あたしが受けた攻撃よりも明らかに威力が増してる!!」
ベッドで横になったままの亜子も、目を見開いて驚愕の表情を宿した。
風馬は驚いて亜子の方を振り向き、
「嘘だろ……このままだと誠さんが!!」
「待って!!!」
保健室を飛び出そうとした風馬の手首をかろうじて掴み、亜子は風馬を引き止める。
「何で止めるんだよ!!」
思わず口調が荒くなった風馬の表情は、いつになく切羽詰っていた。
しかし真剣なのは亜子も同じである。
ましてやルミレーヌの攻撃を受けて大怪我をした張本人。
氷結の女王がいかに危険で強い存在かは身を持って知っている。
「あんたが行ったところで何の意味も無いわ! ただ誠さんの注意が逸れるだけ!」
「だからって、このまま見過ごすわけにもいかないだろ!」
『ぐわあああっ!!!』
外から誠の叫び声がして、風馬はハッとして窓の外を振り向いた。
そして拳をキュッと握りしめて歯を噛み締めた。
「足手まといでも、じっとしてるよりはマシだ!」
「柊木くん!! ……うぅっ!」
保健室を走り出ていく風馬の背中に手を伸ばす亜子。
しかしその手は空を切るだけで風馬には届かず、火傷が痛んで亜子はたまらず腕を押さえた。
「行かないでよ……柊木くんまで……」
一人きりになった保健室の中で、亜子は風馬と誠の無事を祈ることしか出来なかった。
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「誠さん!!」
風馬は走って校舎から出て、誠とルミレーヌが戦っているアスファルトの広場へ向かった。
「____!!!」
しかし目の前に広がる光景に、息を呑んで目を見開く風馬。
本来誠が居たはずの場所には黒いマントを羽織った四人の人影があり、誠はそのうちの一人に抱きかかえられていた。
四人は実に髪の色や背丈も様々だった。
そのうちの一人____誠を抱いている黒髪の男が、風馬に気付いて振り返った。
男は風馬に向かって微笑みかけ、
「もう大丈夫だよ。間に合って良かった」
そう言って笑う男の口元を見て、風馬はハッとして呟いた。
「吸、血鬼……」
男の口からは長くて白い牙が覗いていたのだった。




