第119話 吸血鬼抹消組織
ルミレーヌの詠唱によって出現した氷柱が、風馬に向かって勢いよく放たれる。
「だ……だ……め……」
未だルミレーヌに首根っこを掴まれて宙に持ち上げられている亜子は、ルミレーヌの左手から放出されている炎にじわじわと身体を焼かれたまま、小さく呻いた。
しかし亜子の制止の声は届かず、氷柱の動きは止まることなく風馬へと放たれた。
突然の攻撃に、風馬は動けなくなってしまう。
咄嗟に取った行動は、目を瞑って氷柱から目を背けて顔を両腕でガードすることのみ。
その間にも、ルミレーヌが放った氷柱は風馬に突き刺さろうとしていた。
「はぁっ!!」
「なっ……!?」
しかしあと少しと言ったところで氷柱が弾かれ、ルミレーヌは驚愕を表情に宿して目を見開いた。
風馬はなかなか突き刺さってこない氷柱を不思議に思い、瞑っていた目をそっと開けた。
「ハッ!」
そして目の前の光景に息を呑んだ。
「誠さん……」
風馬の目に飛び込んできたのは、彼を庇うようにして立っていた青年の後ろ姿だった。
なぜ風馬が青年の後ろ姿を見て、すぐに鈴木誠だと分かったのか。
それは、夏合宿の最終日に通報を受けた誠が駆け付けた際に、風馬がその後ろ姿を目にしていたからである。
その時と重ねながら、風馬は誠の後ろ姿を見つめていた。
誠は銀色の鎧に青い線のような模様が施された鎧____『吸血鬼抹消組織・VEO』の専用衣装____を身に纏っていた。
「大丈夫か、柊木」
銀色の剣で氷柱を弾き飛ばした誠は振り返り、眼鏡の奥の細い瞳で風馬を見つめた。
「あ、ありがとうございます」
風馬は驚いて目を丸くしながらも、誠に向かって頭を下げた。
そして何かを思い出したかのようにハッと目を見開くと、素早く顔を上げた。
「誠さん! 後藤を助けてください! 氷下にやられてるんです!」
「言われなくてもそのつもりだ。お前はここで待っていろ」
「……はい!!」
ルミレーヌと亜子の元へ走っていった誠の指示に、風馬は力強く頷いた。
「部隊のうち三人は風馬を守れ。残り四人は俺についてこい!」
「はっ!」
誠の他に駆け付けたVEOの隊員七名も、誠の指示を了承してそれぞれの持ち場に着いた。
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一方、氷柱が風馬に突き刺さる寸前で誠達VEOが到着し、隊長である誠がいち早く氷柱を弾き飛ばしたのはルミレーヌと亜子もしっかりと見ていた。
攻撃を弾かれたルミレーヌは悔しげに舌を鳴らし、亜子は、風馬が怪我をせずに済んでホッと胸をなでおろした。
するとすぐに、誠が他の隊員を引き連れて二人のもとにやって来た。
先頭に立つ誠がルミレーヌに向かって力強く宣言する。
「我々は『吸血鬼抹消組織・VEO』だ。今すぐその少女から離れろ!」
「誰よあなた達。人間はお呼びでないと言っているでしょう?」
「要求があるなら我々に言え! その少女に罪はない!」
誠の言葉を鼻で笑って、ルミレーヌは言った。
「大有りよ。わたしの計画をことごとく邪魔しようとしてくるんだもの」
「お前の計画……?」
誠は訝しげに眉をひそめたが、すぐに剣を構えた。
「交渉に応じないなら、お前と剣を交えなければならない。他の生徒も居るんだ。そんな真似は極力避けたい」
高校の校舎を顎でしゃくって、誠はルミレーヌを見つめた。
ルミレーヌは暫く誠を見下すように見ていたが、ぷいと顔を背けた。
「嫌よ。アコにはちゃんと痛い目に遭ってもらわないと困るの。わたしだけボコボコにされるなんて不公平だわ。……さっきも言ったけれど」
「どういうことだ。その娘はお前と戦ったと言うのか?」
「そうよ。だってこの子普通の人間じゃないし」
「人間ではない、だと……?」
またも眉を寄せる誠。
ルミレーヌは呆れたように息を吐いて、
「あなた達、吸血鬼なんちゃら組織とか言うんじゃないの? 人間と亜人の区別くらいつかないわけ?」
「亜人……?」
誠はルミレーヌの言葉を受けて、考えを巡らせた。
吸血鬼を抹消する上で、あの世界には吸血鬼の他に様々な種族が居たことは既に判明していた。
しかし実際に吸血鬼界に赴くと争いになるためその調査が思うように出来ずに、具体的な種族名などは明らかになっていなかったのだ。
その種族の一つが『亜人族』ということなのだろうか、と誠は推測した。
そして再びルミレーヌを見つめて口を開く。
「仮にその少女が亜人族だとしても、お前が手を下して良い理由にはならない。早くその子を返してもらおうか」
「無理って言ってるじゃない。聞こえなかったの?」
なおも上から目線の態度で応じるルミレーヌ。
「ならば実力を行使するまで!」
ルミレーヌに向かって剣を構えた誠は、背後に控えていた隊員達に新たな指示を出した。
「お前ら、任務変更だ。校舎に残っている生徒達と教員を避難させろ。ただし養護教諭だけは保健室に居てもらってくれ」
「分かりました。隊長、御武運を」
四人のうちの一人が礼儀正しく頭を下げた後、四人の隊員は校舎へと走っていった。
「はぁっ!!」
誠は剣の鞘を両手で持ち、そのままルミレーヌへと突進していく。
「何よもう! 【氷柱針】!!!」
ルミレーヌは迫る誠に向かって掌を掲げ、氷柱針を飛ばした。
しかし誠は器用にそれを避けていく。
アスファルトに次々と誠が避けた氷柱が突き刺さっていった。
「そ、そんなっ……! それなら【吹雪】!!!」
なおもめげずに、ルミレーヌは再び宙に掌をかざして吹雪を巻き起こした。
「くっ……!」
誠の体が簡単に宙に煽られ、ルミレーヌは勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。
だが、
「ふっ!」
吹雪の風をも利用して、誠は身体を捻り、
「はぁっ!!!」
亜子の首を掴んでいるルミレーヌの右腕を、銀色の剣で斬りつけた。
「ああっ!!!」
痛みに声をあげて顔を歪めるルミレーヌ。
その拍子に右手の力が抜けて、それが亜子の首から離れた。
「うっ!」
突然宙に持ち上げられていた体がすとんと落下し、亜子はしたたかに背中を打った。
「もう大丈夫だ」
ところが頭上から降ってきた声に、亜子が顔を上げると、亜子は誠の腕の中にいた。
誠はルミレーヌの右腕を斬りつけて亜子を離させて、地面に向かって落下する亜子をすんでのところで受け止めたのだ。
そしてそのまま吹雪の風を利用して飛び、ルミレーヌから逃れたということだ。
「後藤! 大丈夫か!」
校舎前に着地した誠の腕に抱かれた亜子を見て、風馬が駆け寄ってくる。
「柊木……くん……」
しかし風馬は、亜子の少し焼けただれて傷だらけになった姿を見て思わず息を詰まらせた。
それから誠は、風馬を守るように命じていた三人の隊員に指示を出した。
「すぐにこの子を保健室に運んで火傷と傷の手当てを。なるべく急ぐように養護教諭に伝えてくれ」
「分かりました!」
隊員達は頷き、誠から亜子を託されると大急ぎで保健室へと走っていった。
「あっ、俺も行きます!」
その後を、風馬が追って校内に消えた。
「ちょっとあなた!」
誠が振り返ると、そこには右腕を押さえたルミレーヌが怒りの形相で立っていた。




