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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第五章 氷結鬼編
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第118話 痛い目に遭ってもらう必要があるようね

 まだ明るい空の下。


 放課後を迎えようとしていた高校の敷地内で、亜子とルミレーヌによる戦闘が繰り広げられていた。


 しかし亜子の方が形勢は圧倒的に有利だった。


 氷属性の能力を持つ氷結の女王・ルミレーヌと、鋼属性の能力を持つ亜人・後籐亜子。


 その能力の優劣は一目瞭然だった。


 何せ、鋼属性の能力を持つ亜子には氷術が効かないのだから。


「もう! 何なのよ!」


 自分の能力が少しも効かない不利な状況に立たされ、ルミレーヌ____氷結鬼グレースは悔しげに唇を噛んだ。


「勝負は決まったようなものでしょ。早く村瀬さんを返しなさい! 【鋼拳(スチール・パンチ)】!」


「うっ!!」


 詠唱とともに亜子の右手が銀色の鋼に覆われる。


 亜子はそのまま腕を振るって、ルミレーヌの胸に硬くなった拳を叩き込んだ。


 殴られたルミレーヌが呻き声をあげて吹っ飛ばされ、アスファルトに転がる。


 しかしルミレーヌは体勢を整えるべく、痛みを堪えて立ち上がろうとする。


 亜子はそんな氷結鬼の傍まで歩み寄って、長い白髪を垂らしてうなだれる彼女を見下ろした。


 腰に当てられた彼女の手は、もう人間の肌に戻っていた。


「まだ分からないの? あんたがどれだけ氷術を使おうと、あたしには効かないのよ」


「____のは」


 ふと、ルミレーヌが何かを口にして、亜子は聞き取れずに黙ったまま眉をひそめた。


「あなたに氷術が効かないのは……あなたが鋼の能力を使ってる時だけなのだけれど」


 未だルミレーヌはアスファルトに転がったままうなだれていて、垂れ下がった長い髪のせいで表情は読み取れない。


 しかし息を切らしながら声を震わせる彼女の声音には、確かに怒りが宿っていた。


「【吹雪(ブリザード)】」


 至近距離で正面に立っている亜子にさえ聞こえないほど小さな声で、ルミレーヌは詠唱する。


 それとともに、地面にうつ伏せの状態で倒れているルミレーヌと立っている亜子の二人を丸ごと包み込む巨大な吹雪が、円を描くようにしながら宙を舞った。


「な、何よこれ……!?」


 突然巨大な吹雪に包まれた亜子は、両腕を顔の前にやって氷の粒を避けた。


 この行動がルミレーヌの形勢逆転のチャンスとなることも知らずに。


 腕で顔をガードした亜子の視界は当然ながら狭くなり、吹き荒れる吹雪とも相まって決して視界は良好とは言えない。


 彼女に生まれた一瞬の隙を、氷結の女王は見逃さなかった。


「【氷柱針(アイシクル・ニードル)】!」


 怒りを、憎しみをぶつけるかのように、今度は声高々に詠唱。


 空中に鋭く尖った氷の塊が何本も生まれ、その矛先は全て亜子に向いている。


 と、思われた直後、その氷柱が亜子に向かって一斉に放たれた。


「うわぁっ!!」


 腕、足、胸、腹……実に様々な体の部位に、氷柱針が突き刺さっていく。


 注射針を何本も色々な箇所に打ち込まれるような鋭い感覚と激しい痛みに、今度は亜子が呻く番だった。


「もう一回! 【吹雪(ブリザード)】!」 


 今吹き荒れている氷の粒とはまた別に、今度は亜子だけを包み込む小さな吹雪が生まれる。


「うぅ……」


 風に煽られた亜子の体がいとも簡単にふわりと浮き上がり、吹雪の風に押されて宙を舞った。


 既に氷柱が突き刺さった痛みに悶絶していた亜子には、吹雪に抵抗する力も隙もない。


「そのまま吹き飛びなさい!!」


 長い白髪を風にはためかせながら、ルミレーヌはお返しとばかりに吹雪の風を利用して亜子の体を吹き飛ばした。


「うわあぁっ!!」


 亜子は後方に力強く吹き飛ばされ、自分もアスファルトに勢いよく転がった。


「うっ! 氷柱がっ……!」


 しかしその反動で体中に突き刺さっていた氷柱針がさらに食い込んでしまい、亜子は傷口から流れ出てくる血を見ながら歯を食いしばった。


「どう? これでも偉そうにわたしを見下してられる?」


 勝ち誇ったような笑みをうかべ、ルミレーヌは片頬を持ち上げた。


「くっ……!」


「さてと、じゃあ本領発揮させてもらうわね」


 そう言って、ルミレーヌは亜子の首根っこを掴んで高く持ち上げた。


「ぐぅぅっ!」


 亜子は足場を失って足をバタつかせるが、それも意味なく簡単に宙へ上げられてしまう。


「【灼熱渦ヒート・ボルテックス】」


 ルミレーヌは詠唱し、亜子の首を掴んでいない左手から紅色の炎を出現させた。


「そ、それはっ……!」


 亜子は首を掴まれて息を詰まらせながらも、ルミレーヌの白い手の上で浮かぶ炎を見つめた。


「【火炎放射フレイム・ラジエーション】」


 しかしそれも束の間、ルミレーヌはその炎を亜子へと放ったのだ。


「ぐわあああぁっ!!!」


 文字通り全身が焼け焦げるような痛みに、亜子は思わず叫んだ。


 なぜ氷結の女王であるはずのルミレーヌが炎術を使えるのか。


 それは亜子に侮辱された怒りと、雪に言うことを聞き入れてもらえなかった悲しさ、二つの不の感情が能力ちからとなったからである。


「わたしを馬鹿にするから痛い目に遭うのよ。わたしがどれだけ怒ってるか、ちゃんと分かってもらわなくちゃ」


 眉をつり上げながら、ルミレーヌは苦しむ亜子を睨み上げた。


 なおもルミレーヌの手から放射される炎は、亜子の体をゆっくりじわじわと焼いている。


「や……やめ……て……」


「無理よ。わたしだけボコボコにされるなんて不公平じゃない。わたしがあなたに受けた攻撃と同じ、いえ、それよりも遥かに痛い苦しみを味合わせてあげるわ」


 ルミレーヌがそう言ってほくそ笑んだ時だった。


「後藤!!」


 叫び声がしてルミレーヌが声のした方に首を向けると、いつの間にか教室から出てきた風馬が腰を低くして屈み、身構えながら立っていた。


「ひい……らぎ……くん……」


 炎に体を焼かれながらも、亜子も風馬をその視界に捉える。


「おい! 氷の女王だか何だか知らないが、これ以上後藤に手を出すな!」


 風馬の言葉に、ルミレーヌは蔑むような笑みを浮かべた。


「あら、ただの人間風情が何を言い出すのかと思えば。部外者は引っ込んでてくれるかしら?」


 だがそんな言葉にもめげず、風馬はさらに言い募る。


「それに村瀬のことも吸収しただろ! 氷下、お前は一体何を考えてるんだ!」


 風馬に『氷下』と呼ばれた瞬間、ルミレーヌの眉が寄せられて目も細くなった。


「わたしを嘘の名前で呼ばないでくれる……?」


 怒りに震えるルミレーヌの小さな呟きが、亜子にはしっかり届いていた。


「だめ……にげ……」


 風馬を見つめて亜子は逃げるように言葉をかけるが、それも風馬には届かずに亜子の口の中で紡がれるのみとなる。


「あなたにも痛い目に遭ってもらう必要があるようね」


 それからルミレーヌはカッと目を見開くと、


「わたしに楯突いたことを後悔しなさい! 【氷柱針アイシクル・ニードル】!」


 詠唱し、空中に浮かばせた何本もの氷柱を一斉に風馬に向かって飛ばした。

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