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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第五章 氷結鬼編
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第117話 氷結の女王ルミレーヌ

 突如として放課後の教室に出現した氷結鬼に、クラス中が騒然となった。


「み、皆、こっち!!」


 先生が教壇から手招きして、生徒達を氷結鬼から離れさせる。


 生徒達も叫び声をあげながら、我先にと教壇の方に逃げていく。


 女子生徒の中には、恐怖のあまり涙を浮かべている生徒も居た。


 教室の後方で、純白のフリルワンピースに身を包み黒い角を生やした氷結鬼ルミレーヌは、騒ぎ立てながら教壇へと逃げていく人間達を見つめた。


 特に敵意もなく、彼らを凍らせてやろうという気持ちは起こらない。


 彼女____もとい氷結鬼グレースの目的は既に果たされているのだ。


 したがって、ルミレーヌにこれ以上の望みはない。


 このまま教室を出て吸血鬼界に行き、かつて住んでいた村に戻れば、今度こそグレースの望みは果たされる。


 それなのに。


「な、何が望みなの、村瀬さん! そんな姿になるなんて……あなた、一体何者なの!?」


 まるでルミレーヌを煽るように、教師がヒステリックに叫ぶ。


「せ、先生! 村瀬だけじゃなくて氷下も居ないです!」


 生徒のうちの一人が気付いて声をあげる。


「そ、そんな……今日は学校に来てたわよね!?」


 教師がその生徒に確認を取ると、別の生徒が言った。


「き、来てました! でも、あいつが現れてから姿が見えないです!」


 そう言ってルミレーヌを指差す生徒。


「い、一体どこに行っちゃったの……?」


 教師は混乱してキョロキョロと辺りを見回すだけで、危険を承知で探しに行こうとはしないまま。


 本来なら教師として求められるはずの責務を完全に放棄していた。


 正確には、恐怖と混乱が正常心を消し去っていたのだ。


 教師や他の生徒達からしてみれば、掃除を済ませて終礼をしていたら、今まで村瀬雪が座っていたはずの席は空いていて、代わりに机の後ろに見たことのない生物が立っていた、という状況だ。


 困惑し、ヒステリックになるのも当然のこと。


 しかしルミレーヌにしてみれば、いきなり怒りをぶつけられたような気になっていた。


 ただこの場に居るだけなのに、警戒心をむき出しにされたのだ。


 当然、気持ちの良いものではない。


 と言っても、ルミレーヌから大袈裟と言っていいほどの距離を取り、本来教師一人用の教壇に生徒30人と教師一人が密集しているのみ。


 教師も叫ぶだけで攻撃してくる様子はない。


 ルミレーヌは無表情で怖がる人間達を一瞥すると、白いフリルを風に揺らして窓を開け、そこから飛び降りた。


 飛び降りると言っても高校一年生のクラスは一階。


 窓から外に出てもそこまで浮遊感はなく、足の負担も少ないのだが。


 このまま村に戻ろう。


 そう、普通に考えていたルミレーヌ。


 しかし窓から飛び降りてアスファルトに足を付けた直後、上から声が降ってきた。


「待ちなさい! グレース!」


 ルミレーヌが体勢を整えて背筋を伸ばして上を見上げると、窓から自分を見下ろして睨み付けている一人の少女が居た。


「アコ……」


 それはルミレーヌと化したグレースの見知った相手だった。

 ルミレーヌ____グレースは、彼女に向かって怒りの眼差しを向けていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 氷結鬼ルミレーヌが現れて、教師の指示で生徒達が教壇へと逃げていった直後。


 同じようにして風馬と亜子もキッツキツの教壇に居た。


「後藤、あれ何なんだ? 村瀬も氷下も居ないぞ」


 そっと耳打ちする風馬に、亜子は深刻な表情を向けた。


「あれは心結、グレースがあの子を吸収して融合した姿。氷結の女王・ルミレーヌよ」


「氷結の、女王……? ルミレーヌって……」


 風馬は亜子の言葉に眉を寄せて、再び氷結の女王に視線を移した。


 まるで粉雪のような美しく長い白髪、そこから短い黒色の角が覗いている。


 太陽光のような黄色の瞳が、心の内を射抜いてくるような変な感覚を覚えさせてくる。


 身に纏っているのは純白のフリルワンピースで、腰には漆黒の剣が二本付けられていた。


「あれが、村瀬と氷下が融合した姿だって言うのか……?」


 信じられなかった。


 心結が雪に異常な執着を見せていたため、風馬自身も警戒して雪に警告をしたこともあった。


 しかしそれは亜子に裏で指示されている場合を危惧してのことだった。


 まさか心結本人が雪に害を及ぼす存在だったとは、思いもよらなかった。


「と、とりあえず、警察に……」


 相手が人外の鬼だということも忘れて、風馬は反射的に110番通報をしようとする。


「駄目。警察なんか歯が立たない」


 しかし亜子は即座に否定して、別の選択肢を提示した。


「あんた、VEOに頼めないの? 専門の組織じゃないと氷結鬼は倒せない」


「た、倒すって……あの中に村瀬も居るんだろ!? まさか村瀬ごと倒すつもりじゃないよな!?」


 風馬は亜子に敵意を向けた。


 雪が居なくなるような事態は、風馬はどうしても避けたかった。


「馬鹿じゃないの? そんなわけないでしょ。VEOなら村瀬さんと心結を分裂する方法を知ってるかもって思っただけ」


 それから苛立ったように地団駄を踏む亜子。


「あぁもう! 早くVEOに通報して! あたしが時間を稼ぐから!」


 言うが早いか、亜子は窓に駆け寄ってそのまま飛び降りた。


「えっ!? 亜子ちゃん!?」


「亜子様ぁ!!」


 亜子が窓から飛び降りたことに驚き、叫ぶ女子達。


「わ、分かった!」


 亜子の気迫に押されて、風馬は教師に言った。


「____!」


「先生! VEOに通報してください!」


 亜子を助けようと駆け出そうとしていた教師は、風馬に言われて小刻みに何度も頷いた。


「そ、そうね、分かったわ!」


 教師はポケットからスマホを取り出し、VEOに電話をかける。


「【鉄壁(アイアン・ウォール)】!」


 亜子が詠唱すると、教室一戸分を余裕で覆うような鉄壁が窓の外に出現。


 それにより、教室の中から窓の外が見えなくなってしまった。


 亜子が亜人であることは、今の教室の中では風馬しか知らない。


 他の生徒に亜子の正体を知られるわけにはいかないのだ。


 風馬は閉ざされた教室の中で【鉄壁(アイアン・ウォール)】を見つめながら、亜子の無事を祈った。


(後藤……無茶はするなよ……!)


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※


「グレース!」


 窓から外に出た亜子は、背を向けて去ろうとしていたルミレーヌに向かって叫んだ。


「何かしら?」


 白髪をたなびかせて、やけに大人びた口調でルミレーヌは振り返った。


 追ってきた亜子を見下すような態度に、亜子は歯を噛み締めて悔しさを露にする。


「何で村瀬さんを取り込んだの!?」


「何でって……決まってるじゃない。わたしの目的を果たすためよ」


 清々しい態度で答えるルミレーヌ。


「無理矢理取り込んで良いわけがないでしょ!」


「あなたには関係のない話でしょう? そんなにムキにならなくても良いじゃない」


 眉を上げ、ルミレーヌは亜子を哀れむような視線を向ける。


「あたしがこれまで、何とかしてあんたを村瀬さんから遠ざけようとしてたのも知らないで!」


「そんなの知ったこっちゃないわ。あなたが勝手にしていたことじゃない」


 あくまでも亜子を小馬鹿にするルミレーヌの口調に、ついに亜子の堪忍袋の緒が切れた。


「村瀬さんを返しなさい!!!」


 叫び、亜子は大きく目を見開いてルミレーヌに飛びかかっていった。

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