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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第五章 氷結鬼編
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第115話 まだ諦めてないからね

 そうして昨日は結局遅い時間になっちゃったのだけど、風馬(ふうま)くんと後藤さんは『話し合いだけなのに悪いから』と言って、それぞれ家に帰ってしまったのだ。


『泊まっていって』という私の誘いも丁寧に断った二人。


 何だかんだで後藤さんも凄く優しい子だった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 翌朝。私はいつも通り学校に到着して、下駄箱で上靴に履き替えていた。


 今日はいつも以上に緊張する。


 何故かと言えば、理由はアレしかない。


 昨日、気まずい形で別れてしまった心結(みゆ)ちゃんだ。


 怒ってて私には話しかけてこないのか、それともいつもと変わらず笑顔で来てくれるのか……。


 色々と過去の話を聞いた後に、私が彼女の誘いをきっぱり断ってしまったから、どちらの反応で来られても怖いんだけど。


 今は関わってくれないでほしいなぁ。それが一番。


 私は祈るような気持ちで教室に入った。


 教室に足を踏み入れる瞬間に確認すると、風馬くんと後藤さんは既に席に着いていた。


「おはよー、雪ちゃんー!」


 明るい挨拶とともに、後ろから抱きしめられる。


「う、うわぁっ!!」


 バランス感覚を失って前に倒れそうになるのを何とか堪えて、抱きしめた相手の方を向く。


 大体想像はつくけど……。


 私が振り向くと、ニコニコ笑顔の心結ちゃんが私の首に腕を回して抱きついていた。


 昨日の今日なのに、本当にいつも通りの心結ちゃんだ。


「お、おはよう、心結ちゃん……」


 私はおそるおそる挨拶を返した。


 個人的にはまだまだ蟠りが取れていないというか、凄く気まずい状態だけど、本人はまるでそんなことなどなかったかのよう。


 いつも通りの笑顔を向けてくれたのだ。


 良かった、これで安心だ。


 ひとまず早朝から攻撃を仕掛けてくるような大事にはならなくて済んだ。


()()()、まだ諦めてないからね」


 ……と、胸をなでおろしていた矢先、心結ちゃんは私に抱きついたままの体勢で、私の耳元でそっと囁いたのだ。


「ハッ!」


 彼女の言葉に、私は思わず目を見張った。


 そして同時に身の毛がよだつような寒気を覚えた。


 心臓がドクンと跳ね上がる。


 それに心結の姿なのに『わたし』と言っていた。


 きっと心結ではなくてグレースとして、言ったのだ。


「またね、雪ちゃん」


 最後に意味ありげな笑い声を残して、心結ちゃんは後藤さん達のグループの所に走っていった。


 まだドクンドクンと激しく鼓動する胸を押さえながら、私はしばらく心結ちゃんの後ろ姿を見つめていた。


 たらりと額から汗が垂れてくる。


 諦めてないって……またあんな風に吸収されるってことだよね。


 それに笑ってたけど怒ってた。


 怒りを通り越して笑顔になる、みたいな心情だと思うけど……。


 マイナスな想像をしてしまい、急いで首をブンブンと振って自分の席に向かう。


「村瀬、氷下(こおりした)に何言われたんだ?」


 席に着いた私にそっと、風馬くんが尋ねてきた。


 風馬くんもとても不安そうな顔をしていた。


 私は黙ったまま顎を引いて、


「まだ諦めてないからねって、言われた」


 と、報告した。


 すると、風馬くんは正面を向いて顎に手をやって『やっぱりそうだよな……』と呟いた。


 そして再び私の方を向いて、笑顔を見せてくれた。


「でも昨日も言ったけど、村瀬のことは俺が絶対守るからな。それに後藤だって今はちゃんと協力してくれるみたいだし」


「う、うん、ありがとう」


 ペコリと頭を下げて、私は制カバンを机の横に掛けて腰を下ろした。


 ちらりと教室の入り口の方に目を向けると、いつも通り四、五人で集まって喋る集団の中に、笑顔で話す後藤さんと心結ちゃんの姿を見つけた。


 まるで何事もなかったかのように、二人は普通に話していた。


 でも本当に何もなかったわけじゃない。


 心結ちゃんは確かに言ったのだ。『諦めてないからね』と。


 つまりこれからも私に関わってくるということ。


 それがいつなのかも分からないけど、心結ちゃんに不意を突かれないように気を付けないと。


 グレースの体内に取り込まれて、氷結鬼の村に帰るなんて絶対に嫌なんだから。


 ※※※※※※※※※※※※※※


 放課後、私は自分の席でホッと胸をなでおろしていた。


 昼休みもその他合間の休み時間も、心結ちゃんの様子を窺って絶えず警戒していたのに、心結ちゃんは私に関わってこなかった。


 いつもなら休み時間に『眠い~』とか『疲れた~』と言いながら私の席に来るけど、それもなかった。


 もしかして後藤さんが釘を刺してくれたのかな。


 ありがとう、後藤さん!


「村瀬さん」


 と、背後から声が聞こえた。


 後藤さんだ!


 私は弾かれるように振り返って、背後に立っている後藤さんに、早口でお礼を言った。


「あ、後藤さん、あの、色々とありがとうございました。おかげで何の心配もな……」


 初めは相手の制服を見ていたけど、『おかげで』辺りで私は顔を上げた。


 お礼はちゃんと相手の目を見て言わないといけないからだ。


 たとえ、いつもは怖い後藤さんでも、今だけは私の味方側に居てくれている。


 目を見てお礼を言うのが守ってもらってばかりになるせめてもの礼儀だから。


「いえいえ、どういたしまして~」


 制服から視線を上げて相手の顔を目に入れた瞬間、私は固まってしまった。


 私の背後で手を後ろに回し、ニコニコと微笑んでいたのは、後藤さん……ではなく心結ちゃんだったのだ。


「み、みゆ……ちゃん……!!」


 思わず椅子を引いて立ち上がり、何歩か後ずさってしまう。


 でもすぐ先に机があって、そんなに後ろに下がれなかった。


「な~にぃ? 心結が雪ちゃんに話しかけるの珍しいかなぁ~」


 わざとらしく細い人差し指を顎に当てて、心結ちゃんは小首を傾げる。


 私は急いで首を横に振った。


「う、ううん! ううん! そんなこと、ない!!」


「えへへ、そうだよね~」


 満面の笑みで私を見つめてくる心結ちゃん。


「うん!」


 額だけじゃなく、背中にも大量の汗が出るのを感じながら、私は取り繕ったように頷いた。


「あ、あの……何で後藤さんの真似したの……?」


 最初に心結ちゃんが私を呼んだ時、『雪ちゃん』ではなく『村瀬さん』だった。


 私に話しかけてくれる人の中で、私を『村瀬さん』と呼ぶのは後藤さんだけ。


 だからてっきり後藤さんだと思って口走ってしまった。


 それに声のトーンや声質も若干似ていたし。


「う~ん、雪ちゃんをビックリさせたかったんだ~」


 心結ちゃんは腕を組んで考えるフリをしてから、満面の笑みでそう言った。


 心結ちゃん____もとい、グレースの本性を知っていなければ、今の理由を素直に信じてしまっていた。


 でも本性や目的を知って、なおかつ今朝にあんな言葉をかけられたら、今の考える仕草が『フリ』だとすぐに分かる。


「わ、私に何か用……?」


 尋ねながら目だけで教室を見回すと、私と心結ちゃんの他には誰も居なかった。


 何で!? 今さっき掃除も終礼も終わったところなのに!


 そんなに早く皆が教室から出るとは思えない。


 目を見張った私に気付いて、心結ちゃんが目を細めてほくそ笑む。


「今、『後藤さんや風馬くんはどこ!?』って思ったでしょ」


 私の考えていることがバレバレだった。


「大丈夫。皆ちゃんと居るよ」


 そ、そんな、でも教室に居るのは私と心結ちゃんの二人だけなのに。


「わたしの能力で、わたしとルミだけを別空間に転送してるんだよ」


 そう言う心結ちゃんの周りに小さな吹雪が巻き起こり、徐々に氷結鬼グレースの姿へと変化していく。


「……別空間? 転送?」


 訳が分からない。たとえグレースが氷術を使えるようになったのだとしても、氷の力で別空間に転送なんて出来るわけがないのに。


「今、出来るわけないのにって思ったでしょ」


 片手で鉄砲の形を作り、指を私にピシッと向けてくるグレース。


「それが出来ちゃうんだよね~」


 じゃあここは、グレースが能力で作った教室ってこと?


 そんな……いつから転送されてたの……?


 体に違和感はなかったし、周りが変化する様子も感じなかった。


 そんな感覚さえも感じさせずに、私とグレースだけを飛ばせるって言うの……?


「ルミ、お願い。一緒に村に戻ろう」


 私の両手を握って、グレースは赤い瞳を揺らした。

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