第12話 俺は、間違ってない……はず
「っ!」
雪が身をひるがえして外に出て行った。
「ユキ!」
その後を追うようにレオが走るが、目の前でドアを閉められて立ち止まる。
「ねぇ、レオ」
ドアの前で立ち尽くしているレオに声をかけたのは、包帯や絆創膏だらけのキルだった。
「さっきの言い方は、流石になかったんじゃない?」
「でも事実だろ!?」
キルの言葉に、レオがすぐさま反論する。
レオはベッドに横たわるキルを振り返りって拳を痕が残るほど握りしめ、下に伸びた牙をギリっと噛みしめた。
「この先何があるか分からない。なのに、あいつをこのままここに居させたら危険だ」
「確かにそうだね」
イアンが言うと、レオはハッと紫色の瞳を見開いてイアンさんを見上げた。
「……隊長、隊長もそう思いますよね? 俺、間違ってますか?」
「君があの子を心配してああ言ったのはよくわかってるよ。間違ってない」
イアンの言葉を聞いて、安心したように顔を緩めるレオ。
だが、イアンはその続きを怒ったような真剣な表情で口にした。
「でも、あれじゃ君の気持ちが全く伝わってない。ユキにとってみたら、自分の知らない、過去にもあった戦いがもう一度起こるかもって急に言われて、それなら自分も何か力になろうと思ったのに、レオに『もう来るな』って言い放たれた。……そういう解釈になるよ」
「お、俺は! 『来るな』なんて言ってないです! ユキは来ない方が良いかもって、あくまで推測した上で……」
「ユキは、そう解釈した表情してたよ」
「____」
イアンの言葉に、レオは下を向いて目をそらす。
____俺は間違ったことなんか言ってないのに、何でキルも隊長も俺を責めるんだ?
そう言っているような表情だった。
「レオ」
イアンは、白い牙を力強く噛みしめているレオに、出来るだけ声音を和らげて優しく声をかけた。
「……何ですか」
レオはイアンに説教されると思ったのか、下を向いたまま早口でまくし立てた。
「俺、間違ってました? 確かに、あいつに僕の気持ちは届かなかったかもしれないですけど。でも、あいつがそれで考え直して安全な道を選んでくれたら……。隊長も皆も、嬉しいんじゃないですか?」
イアンを、キルを、ミリアを見回し、レオは問いを投げかけてくる。
奇しくも、それはイアンの____いや、鬼衛隊全員の願いだった。レオの言う通りである。
「そうだよ」
「じゃあ……」
レオの表情が、一気に明るくなった。心から安心したかのようにイアンを見つめてくるレオに、しかしイアンは問いかける。
「レオ。ユキに話してた時、彼女の顔見てた?」
「……え?」
イアンの問いに、明るかったレオの表情が固まった。
「ユキ、どんな表情してた?」
再度、畳みかけるようにイアンは質問を投げかける。
「……それは」
レオは、イアンから目を逸らしたまま、唇を引き結んで黙り込んでしまった。
「……そんなに意識して見てなかったよね?」
イアンはそう言った後、さらに真剣な表情を浮かべたまま続ける。
「ユキ、すっごく絶望的な顔してたよ。やっと亜人界に居場所を見出せたのに、少しでも楽しいって思えたのにっていう顔。今にも泣きそうだった。泣くのを必死に堪えてるような顔だったよ」
イアンの言葉に、レオだけではなく、キルやミリアも俯いた。
「確かに、レオにはあの子のこと全部話したよ。レオも、それで分かったつもりだったでしょ? でも分かってないよ」
レオは勢いよく顔を上げた。
____どうして? と問いたげな表情で。
「人間界で居場所がない子にとって、やっと見つけられた居場所を追い出されるっていうことは、死ぬより怖いことなんだ」
イアンの言葉を聞いたレオの目が、ゆっくり見開かれていく。
レオは震える拳を握りしめ、悔しそうな顔をして歯を食いしばり、俯いたまま立ち尽くしていた。
「俺、あいつのこと探してきます」
少しの沈黙の後、レオはまっすぐイアンの方を見て言った。
「うん。じゃあ僕たちも一緒に____」
「いえ、俺だけで良いです」
『一緒に行く』と言おうとしたイアンの言葉を途中で遮り、レオは首を横に振った。
「俺がちゃんとユキを探し出して、ちゃんと謝ります。危険だけどここに居ても良いって、ううん、い、居てほしいって、ちゃんと伝えます!」
イアンは、レオの決意のこもった眼差しを見て思わず息を呑んだ。
鬼衛隊に入ってきた当初から、自分の意思を曲げることのなかったレオが、ここで初めて自分の主張を曲げてイアンの言葉に従ったのだ。
レオは、いつも鬼衛隊の隊長であるイアンのことを気にかけてくれており、イアンに絶対の信頼と忠誠心を抱いている。
だからと言って、村瀬雪が今後吸血鬼界に来るか否かは雪の命に関わる問題なのだから、レオは決して自分の主張を曲げないだろう、とイアンは思っていた。
かくして、イアンの予想は見事に覆されたのだ。
「そ、それに……」
レオは不意にそっぽを向いて顔を赤らめる。
「み、皆の前だと、恥ずかしくて謝れないかもしれないですから」
「うん、分かった。レオも気をつけるんだよ。絶対に無茶はするな。何かあったらすぐ連絡しなさい」
イアンは携帯のような黒い器械をレオに差し出すと、隊長らしい口調で言った。
レオはその言葉に力強く頷き、外に駆け出していった。
ドアが閉まってからイアンが窓から外を見ると、既に陽が落ちかけていて空が紺青に染まっていた。
雪がここを出て行ってから大分時間が経過していた。
今のイアン達では、雪がどこにいるのかさっぱり分からない。
でも、レオのあの力強い目を見てしまったら、一人で行かせるしかなかった。
それがレオのためにもなるのなら____。
イアンが振り向くと、キルとミリアも笑って頷いた。
「本当にもう、世話が焼けるなぁ」
腕組みをして呆れ笑いをしながら、キルが窓の外を見る。
「そうですね」
ミリアも、レオが雪を助けに行ったことを心の底から嬉しく思っているかのように、安堵の笑みを浮かべている。
イアンはニ人に微笑み返すと、また振り返って窓の方を見た。
____頼んだよ、レオ。
心の中でレオにそう念じるイアン。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
雪がイアン達の家を飛び出して行ったことで、さらなる秘密が明らかになることを。
そして、雪を取り戻すことが決して容易ではないということを。




