第109話 わたしだよ
私が氷下心結ちゃんのことを名前で初めて呼ぶことが出来た記念日以降、心結ちゃんは私に近付いてこなくなった。
突然のことで、私は訳が分からなかった。
『あの日何か嫌な思いをさせちゃったんじゃないか』とか『気を遣い過ぎて私と一緒に居るのが嫌になっちゃった?』とか。
色々とずっと考えてるけど、なかなかそれらしい答えは見つからないまま。
「____い、____せ?」
どうしちゃったんだろう、心結ちゃん。
私が何か悪いことをしちゃったのなら謝りたいし謝らないといけない。
そういう理由じゃないとしたら、理由を知りたい。
心結ちゃん、私が名前で呼んだ時はすごく喜んでくれたのに。
も、もしかして、私がすぐに名前で呼べなかったからそれで機嫌を損ねちゃった!?
で、でも『本当の友達だね』って言ってくれたし、そんなことはないと思うんだよね。
あれも嘘だった……?
「村瀬?」
「あっ! は、はい!」
私が顔を上げると、風馬くんが心配そうな表情をしたまま私を見つめていた。
何か悪いことしちゃったかな……?
「ご、ごめんなさい。どうしたの?」
「どうしたの? って聞きたいのは俺の方だよ。村瀬、昼飯中に急に黙り込むから、何かあったのかと思って」
えっ? あ! そうだ、忘れてた!
今、昼休み中だった……! ハッ! ここ、食堂だ!
私ってばいつの間に……。
「今日一日中ずっと何か考えてるし、挨拶しても上の空だし、本当にどうした? 村瀬」
私、そんな失礼なことしてたの? 挨拶を無視するなんて最低だ……!
「ご、ごめんなさい!」
急いで頭を下げると、
「い、いや、別に良いんだけどさ。何かあったのかなって心配になって」
「あ、あぁ、ちょ、ちょっと考え事してて。別に何もないから大丈夫だよ。ありがとう、風馬くん」
私がお礼を言うと、
「そ、そうなのか。俺が協力できるようなことだったらいつでも相談してくれよ」
「うん、ありがとう。でも本当に大丈夫だから」
そう言った後にもう一度頷いて、私はいつの間にか蓋を開けていた弁当を食べ始めた。
風馬くんも、安心したように頬を緩めて昼食は再開。
私ってば、ずっと心結ちゃんのこと考えてたせいで風馬くんの食事時間まで潰しちゃってたんだ。
もっと周りをしっかり見なきゃ。
いつまでも心配してもらってちゃ駄目だ。
それにしても本当に優しいな、風馬くんは。
私のこと気にかけてくれるなんて。
まぁ、確かに挨拶も無視してずっとボーッとしてたみたいだし、そんな人が目の前に居たら気になっちゃうのも当たり前か。
私が風馬くんの立場でも同じくらい心配したと思うし。
例えばもし風馬くんとか心結ちゃんが一日中上の空とかだったら、何かあったんじゃないかって必要以上に質問攻めにしちゃいそうな気がする。
ハッ! 心結ちゃん……。
そうだよ、それよりも今は心結ちゃんのことだよ。
何で急に話しかけてきてくれなくなったんだろう。
席にも来てくれなくなっちゃったし。
放課後思い切って聞いてみる? んー、でも勇気が出ない。
こんな時にちゃんと行動できないから、いつまで経っても成長できないんだよ。
それは分かってる。
うん、分かってるからこそ、ちゃんと行動に移さなきゃ。
※※※※※※※※※※※※※
そしてチャイムの音とともに放課後が訪れた。
心結ちゃんの方をチラリと見ると、掃除も終わって席から立ち上がり、制カバンを肩に背負って教室を出ようとしていた。
「あ、待って! 心結ちゃん!」
私が呼び止めると、心結ちゃんは無言のまま私の方を振り返った。
怒っているでもない、普通……というか、無表情。
でもちょっと悲しそう?
「あ、あの……」
「どうしたの? 雪ちゃん」
私が話を切り出そうとすると、心結ちゃんの方から尋ねてくれた。
その顔は、少し切ない。何かあったのかな。
「きょ、今日は一緒に帰れる? ここの所、心結ちゃん、後藤さん達と帰ってたから」
「あぁ……ごめんね。亜子に言われてたの」
「えっ? 何て……も、もしかして私と関わったら駄目って?」
心結ちゃんは目線を下げてコクリと頷いて、
「でも、雪ちゃんのことが嫌いになったとかじゃないよ。心結が雪ちゃんと関わり過ぎたら、心結じゃなくて雪ちゃんが亜子に何か言われちゃう気がして、それが怖かったんだ~」
やっぱり予感的中だ。
後藤さんなら言いそうな事だもん。
でも良かった、後半はいつもの心結ちゃんの喋り方だ。
私、心結ちゃんののんびりした喋り方好きなんだよね。
「そうだったんだ。でも私は大丈夫だよ。後藤さんに何か言われるのは慣れてるし」
あ、言っちゃった! つい口が滑って……。
これでも心結ちゃんは後藤さんと友達なのに!
友達の悪口言われるのは誰でも嫌だよね。
「ご、ごめんね! そんな悪い意味じゃなくて……」
「大丈夫だよ~亜子が雪ちゃんに何か言うのは心結も嫌だから」
「あ、ありがとう……」
「ねぇ、雪ちゃん」
「は、はい!」
心結ちゃんに呼ばれて、私は思わず敬語で返事をしてしまう。
心結ちゃんは私を見たままニコリと笑って、
「話がしたいんだけど、ついてきてくれない?」
「う、うん! 私も話があって……」
私が言うと、心結ちゃんは頷いてくれた。
※※※※※※※※※※※※※※
それから数分後。
私と心結ちゃんはショッピング街から逸れた路地裏に居た。
心結ちゃんが誰にも聞かれたくないからということで選んだ場所だ。
「話って?」
私に背を向けたまま立っている心結ちゃんに、私は話を切り出した。
心結ちゃんは半分振り返って、
「うん」
と言ってから私を見つめた。
「……覚えてない? 心結……ううん、わたしのこと」
不安そうな顔。
「覚えてないってどういうこと? 私達、どこかで会ったことあったっけ」
少なくとも私にはそんな記憶はない。
心結ちゃんにはあるんだろうけど。
「友達……だったんだけど」
「う、うん……」
『それなら今も』とは言えなかった。
心結ちゃんの表情が必死だったからだ。
まるで何か重いものを背負っているような苦しそうな顔。
と言っても物理的ではなく、そういう表現だけど。
「わたし! わたしだよ!? ルミ!」
胸に拳を当てて泣きそうな顔で、心結ちゃんは私に向かって訴えてきた。




