第100話 今は耐える時
翌日、私は学校で風馬くんにスピリアちゃんのことを報告した。
スピリアちゃんには吸血鬼界に誰も身元引受け人……ならぬ身元引受け鬼が居なかったために、イアンさん達と一緒に暮らすことになったこと。
キルちゃんとの因縁のせいで、お互いの命を懸けた激しい戦闘になってしまったこと。
誠さんとスピリアちゃんが二人で王都に居た時に、天使の奇襲に遭って大怪我をし、王宮に行って治療してもらったこと。
その治療の過程で、スピリアちゃんが幼児化していたという事実が判明したこと。
スピリアちゃんが元に戻るために欠かせない、定期的な治癒とリハビリを行うため、しばらく王宮で過ごすことになったこと。
勿論、風馬くんにはイアンさんとキルちゃんの名前や、キルちゃんとスピリアちゃんの間の因縁については伏せて話したけれど。
「そうなのか……幼児化か……」
私の長い報告を最後まで聞いてくれた風馬くんは、暗い表情でそう言った。
「うん……。だから暫くは私も会えないの」
風馬くんは考え込むように顎に手をやったが、すぐにその唇を横に引いて、
「今は会えなくてもスピリアが元に戻ってくれるんなら、俺は嬉しいな。村瀬だってそうだろ?」
「う、うん」
風馬くんに聞かれて私はぎこちなく頷く。
「だったら、スピリアが元に戻るまで気長に待つしかないな」
風馬くんはそう言って歯を見せた。
「そうだね」
私も目を細め、口角を上げて頷いた。
風馬くんの言う通りだ。
スピリアちゃんはもう王宮に残ってしまったんだから仕方ないし、それは覆せない。
だから私達はスピリアちゃんが元の性格に戻るまで待つことしか出来ない。
でも彼女が帰ってきた時に笑顔で迎えてあげたい。
今は耐える時間だと、私は改めて自分に言い聞かせた。
※※※※※※※※※※
「呼んだか? ボス」
一方、天界の宮殿にある天兵長室では、フォレスがボス____天兵長ルーン・エンジェラに声をかけていた。
問われた彼女は室内の一番奥の壁に埋められている細長い窓を向いて、フォレスと彼の弟である天使ウォルに背を向けて立っていた。
そしてルーンの側には、いつも通り第一部下のフェルミナが付いていた。
「フォレス。呼んだか? なんて聞いたら失礼だよ」
無言のまま立ち尽くすルーンを見て、ウォルが慌てて兄をたしなめる。
フォレスは『何だよー』とうんざりしたような顔で頭の後ろで手を組んだ。
「ごめんなさい、天兵長」
ウォルがフォレスに代わって頭を下げる。
「いや、問題ない。それよりも聞きたいことがある」
ルーンは今まで見つめていた窓に背を向けて、緑と青の双子天使に鋭い視線を送った。
「なぜ我に無断で吸血鬼界に奇襲をしかけた」
ルーンの言葉に、ウォルが顔を歪めてビクッと体を震わせる。
「だって、このまま吸血鬼界をぶっ潰せばボスが喜んでくれるかなーって思ってよ」
頭の後ろで手を組んだまま、フォレスが答える。
するとルーンはふぅっと息をついて、
「確かに我らの目的は吸血鬼達の討伐だ。だがそれは我の命令があって初めて成り立つもの」
「は、はい!」
怯えたウォルが冷や汗をかきながら頭をペコペコと下げて返事をする。
ルーンはそんなウォルを尻目に、椅子に座って足を組み肘掛けに頬杖をついた。
「今後、我の命令無しに無断で吸血鬼界に降りることは禁止だ。もしそれを破れば、そなたらは天兵軍から外されると思っておけ」
「はい、畏まりました! 二度と勝手なことはしないのでどうかお許しください!」
ウォルはペコペコと頭を下げながら必死に訴えた。
「はいよー」
だが、フォレスの態度は依然として変わらず、唇を尖らせながらも返事をした。
「話は以上だ。下がって良いぞ」
「はい! 失礼します」
扉が完全に閉まるまで、ウォルはずっと頭を下げ続けていた。
「……ふぅ」
フォレスとウォルが天兵長室を去ってから、ルーンは今までの緊迫した表情を緩めて、先程とはまた違う息をついた。
「我も反省しなければな。我の注意が行き届かなかったばかりに」
「いいえ、天兵長は悪くありません。天兵長はしっかりと注意をしていました。それを聞かなかったのはあの二人ですもの」
フェルミナがルーンの椅子の近くまでやって来て微笑んだ。
「そうか? そうだと良いのだが」
部下であり幼馴染みでもある彼女を仰ぎ見て、ルーンは安心したように頬を緩めた。
「ええ。大丈夫ですよ。フォレスは仕方ないとしても、ウォルの方はしっかり反省していましたわ。もう二度と勝手なことはしないと思いますよ」
「ありがとう、フェルミナ」
「いえ、とんでもございません」
フェルミナはそう言って頭を下げた。
「____それから」
「はい」
フェルミナが顔を上げてルーンの言葉を待っていると、ルーンは目を細めた。
幼馴染みにしか見せない笑顔で、彼女は優しく言った。
「二人だけの時は敬語でなくて良いと言ったではないか」
ルーンの言葉に、フェルミナは驚いたように体をピクッと震わせて、顔を赤らめながら俯いて人差し指同士をコツンと当てる動作をしながら、
「だ、だって……。一日の大半を敬語で話しているのに仕方ないじゃない。癖で敬語になっちゃうのよ」
途端に恥ずかしがるフェルミナを見て、ルーンは言った。
「そなたが敬語でも言いにくくないなら敬語で構わないが、出来れば普通の喋り方が良いな」
フェルミナは笑顔で顎を引いた。
「分かったわ。ずっと敬語で喋ってると距離が遠くなったみたいだし、二人だけの時はなるべく普通に喋るようにするわね」
「ああ。そうしてくれると嬉しい」
二人は微笑みあって意志を交換した。
※※※※※※※※※※
「ったく、何なんだよボスは。オレが良かれと思ってやったことなのによ」
その頃、天兵長室を出て廊下を歩いていたフォレスがウォルの隣でルーンに対して文句を言っていた。
「でも、今回は間違いなくボク達が悪いよ。天兵長に確認も取らないで勝手に降りちゃったんだから。今度からは天兵長に無断で降りなきゃ良いじゃないか」
ウォルがそう言ってフォレスを宥めるが、フォレスはそんなウォルなど眼中になく、
「くそっ……! あそこであの人間も吸血鬼やろーも倒した時点でさっさと先に進むんだったぜ……!」
と、つま先で壁を勢いよく蹴った。
「しかも前はオレ達が勝ったのに、何で今回は負けたんだよ……! 絶対許さねー。次は絶対勝ってやる……!」
怒りの炎を燃やしながら拳を握りしめた後に、フォレスは大声を出してその拳を突き上げた。
「おーっし! もっと強くなるぞ! 特訓だーあ!」
宮殿にフォレスの大声が響き渡った。
「そうだね、頑張ろう」
彼の横でウォルは、ただ純粋に微笑んでいた。
そうして双子天使は、再び訓練への情熱を燃やし始めたのだった。
これにて第四章 宿命の吸血鬼編完結です!
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
次話から第五章 氷結鬼編をお楽しみください!




