第98話 必要な別れ
前半……三人称
後半……雪視点 です!
「幼児化……?」
レオはテインから告げられた言葉を自身の口で繰り返した。
「はい。わたくしがスピリア様を治療した時に感じた違和感はきっと幼児化が原因だと思われます」
「じ、じゃあ、スピリアが元に戻るにはどうしたら良いんですか?」
「リハビリテーション。それしか方法がございません」
つまり、スピリアを元の状態に戻すための訓練を行うという事である。
「それを行えば、スピリアは元に戻るんですね」
レオの言葉に、テインは顎を引く。
「確信は持てません。全てスピリア様次第でございますが、元に戻る確率は格段に上がります」
「隊長達にその話は……」
「もう済みました」
レオは顔を伏せた。
せっかく一緒に暮らせる新しい仲間が増えたと、内心で喜んでいたのだ。
にもかかわらず、その彼女がリハビリを行わなければならないと言うのである。
「これもスピリアのため……。よろしくお願いします」
レオはテインとブリス陛下に向かって深々と頭を下げた。
すると、誠とスピリアの治療を行っていた部屋から、イアン、誠、スピリア、ミリアが出てきた。
皆その表情は重く、スピリアの身に起こった事態を受け止めきれない状態であるように見える。
「スピリア」
イアンがスピリアの水色の髪に優しく手を置いた。
「リ?」
スピリアがキョトンとした顔でイアンを見上げる。
そんなスピリアを見て、イアンは微笑みながら、
「これからここで頑張るんだよ。大丈夫、君ならきっと乗り越えられるさ」
「リ! わたし頑張るリ!」
スピリアは両手の拳を強く握った。
「ユキにありがとうって伝えてリ。ユキ、わたしにとっても優しくしてくれたリ」
「分かったよ、スピリア。元気でね」
イアンはそう言って手を振った。
「ばいばいリ!」
スピリアも元気良く手を振り返した。
彼女の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
(あの子もちゃんと分かってるんだな。自分が今どういう状態なのか)
イアンはそんなスピリアを見つめながら、心の中でそう思った。
※※※※※※※※※※※※
「誠さんとスピリアちゃん、大丈夫かな」
皆が王宮に向かってから結構な時間が経っていた。
私は窓を見ながらそう口にした。
窓の外は日が沈んできていて、橙色の綺麗な空になっていた。
「治療に時間かかってるんじゃない? マコトもあの子も結構ひどかったし」
キルちゃんがベッドに横たわったまま、私の呟きに答えてくれた。
「そうだよね。すごく痛そうだった……」
と言ってから、私は慌てて口を押さえた。
キルちゃんは自分が早く王都に向かわなかったせいで、誠さんとスピリアちゃんに酷い毛賀を負わせてしまったと後悔していた。
そんな彼女の傷口に塩を塗ってしまったことに気付いたのだ。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて、その……」
どうしよう、思ったままを口にしてしまったから、キルちゃんを傷付けないような理由が思い付かない。
「大丈夫よ、ユキ。そんなに慌てなくても」
「えっ? でも……」
言ってはいけないことを言ってしまったのだ、私は。
キルちゃんだって、誠さんとスピリアちゃんの怪我の具合を見ている。
どれだけ酷い状態だったかも知っている。
わざわざ口に出して言うことじゃなかったのに。
「ただいま」
ガチャリとドアが開いて、皆が帰ってきた。
「おかえりなさい!」
私は急いでドアの近くまで走り寄っていった。
内心皆がこのタイミングで帰ってきてくれてすごく安心した。
あのままの重くて気まずい空気の中で、どうしておけば良いのか分からなかったから。
「待たせてごめんね、二人とも」
誠さんを支えながらイアンさんがそう言った。
「いえいえ! 大丈夫です!」
私は首をブンブンと横に振った。
「本当よ。どれだけ待ったと思ってんの?」
でもキルちゃんの反応は私とは真逆のものだった。
慌ててベッドの方を振り返ると、キルちゃんが少し笑いながらため息をついていた。
「ユキだって明日からがっこう? だったっけ……? それに、マコトもVEOの仕事あるでしょ。このまま日が暮れるかと思ったわよ」
そうだった! 私明日から普通に学校あるんだった!
朝から色々とありすぎて頭からすっかり抜けてたよ、危ない危ない……。
って、あれ? よく見たら一人足りない。
「あの、スピリアちゃんは一緒じゃなかったんですか?」
私が尋ねると、イアンさんが顔を伏せた。
「えっ……?」
気付けばレオくんもミリアさんも、普段あまり感情を表に出さない誠さんまで暗い顔をしていた。
何かあったのか。私の胸がざわついた。
やがてイアンさんが言いにくそうに口を開いた。
「実は、スピリアは王宮に残ることになったんだ」
「えっ!? どうしてですか? あっ、もしかして治療が難航しちゃったんですか?」
イアンさん達の反応はない。
ということは、治療は無事に終わったってことか。
でも、だとしたら他にどんな理由があるの?
「ユキ」
「は、はい」
イアンさんが私の両肩に手を置いて真剣な顔で私を呼んだ。
顔が近いから思わず照れてしまいそうになるけど、それだけ何か重大なことが起こったってことだよね。
「落ち着いて聞いてくれ」
私は唾を飲み込み、コクリと頷いた。
「スピリアはどうやら幼児化してしまったようなんだ」
「幼児化……?」
『幼児化』、イアンさんから発せられた一つの単語が頭の中をグルグルと駆け巡る。
幼児化って……そんな……。
私は頭が真っ白になるのを感じた。
「で、でもどうして……」
私の疑問に答えるように、イアンさんはその後の経緯について説明してくれた。
曰く、テインさんがスピリアちゃんの治療をしている時に違和感を感じて調べたところ、『幼児化』が判明したらしい。
平たく言うと、過去に受けた精神的なショック____スピリアちゃんの場合はホーリー・ヴァンパイアを壊滅させられたこと____によって、能が何らかの麻痺を起こしてしまったということ。
スピリアちゃんがたどたどしい言葉を使っていたのもそれが原因だと言う。
本来のスピリアちゃんに戻すには、テインさんによる定期的な治療とリハビリが必要らしく、イアンさん達は王宮にスピリアちゃんを預けることに決めたそうだ。
「____そうだったんですか」
今の説明で事情は理解できた。
でもせっかく友達になれたのに、また離ればなれにならないといけないなんて。
「僕達も辛いけど、彼女のためなんだよ、ユキ」
私の肩に置いているイアンさんの手が震えている。
そうだ、スピリアちゃんと離れてしまって寂しいのは私だけじゃない。
特に別れを体験したイアンさん達はどれだけ悲しかったことか。
そしてそんな辛い事実を突き付けられたスピリアちゃん自身は……。
「泣かないで、ユキ」
イアンさんが私の頭に手を添えて、そっと引き寄せてくれた。
でもそう言われると、ますます悲しくなってきて涙が出てきてしまう。
イアンさんに抱かれながら、私は泣いてばかりだった。




