97話
「り、凛子ちゃん……い、今の衝撃って……何……?」
尻もちをついた花梨お姉さんが、震える声で言葉をこぼす。
私も耳から手を離して、なんとか口を開いた。
「た、たぶん……ナタリーさんが思いっきり手を合わせた音じゃないかな……拍手するみたいにバチーンッてやってたから……」
「び、びっくりしたぁ……近くにカミナリでも落ちたのかと思ったぁ……ちょっと漏らしちゃったかも……」
「ち、ちょっと……ボソッと変なこと言わないでよ……聞いてないからっ……」
軽くツッコミを入れつつ、視線をタカシ達に戻す。
今の凄まじい破裂音なんて気にも留めず、平然と会話を続けていた。
「お前に改造を施したのは何処のどいつだ? 所属と名前を教えろよ」
「……………………ん? 何を言っているの? 意味分かんない」
「だからぁ……お前に改造を施したのは、国連軍の何処の部署に所属する、なんて名前のヤツだよ。買収したの? どういう手を使ったんだ?」
「私を前にしているのに、そんなことが気になるの? え? 私だよ? もっと他に聞くべきことがあるんじゃないの?」
「ん? 何言ってんだ? はぐらかそうとするなよ」
「も、もしかして……私に興味が無いの……? え? い、いや……まさかね……ありえないって……」
体をわなわなと震わせながら、挙動不審になっていくアン。
タカシの淡泊な対応に、明らかに困惑を見せている。
たぶん、想像していた展開と違っていたんでしょうね……。
アンはシェリーさんの上位互換と豪語するだけあって、容姿やプロポーションは中々のモノだった。
豊かな胸元から流れるように細くなるウエスト。優美に伸びた脚線と、手のひらに収まりそうなほど整った小顔。さらに三白眼の涼しげた眼差しが、その整いすぎた顔立ちに、人を惹き付ける危うさを宿している。
もはや国宝レベルの美少女と言っても過言では無い。シェリーさんが、あれだけ魔性魔性と騒いでいた理由も分かる。
そんな美少女が微笑みながら擦り寄ってきても、タカシは無表情のままなのだ。今まで関わったことが無いであろう未知の存在に、アンはあからさまに動揺していた。
「ね、ねぇ四分咲タカシ。私がこんなに好意を寄せているのに、なんで貴方は無表情なの? 私が笑っているんだから、貴方も笑ってよ」
「それより、どうやって改造したのか教えろって。それだけは私物化されると困るんだよ」
「普通の男は、私を手に入れようと資産を全て投げ売ったり、家族を捨てたり、犯罪行為に走ったり、なんでも言うことを聞いてくれたんだよ? なんで? なんで四分咲タカシはそうならないの?」
「ははーん。さては人の話を聞かないタイプだな? お前みたいなヤツ、軍で散々相手してきたから得意やぞ」
主張の激しいアンに、タカシがいつものノリで応える。
流石、私や文香さんや花梨お姉さんの愛を、飄々と躱し続けた男。
アンの可愛らしい上目遣いに、全く気付いていない。
あのレベルの美少女相手に、あの態度が出来るのは本当に凄いわね……異性として見ていないのが分かる……。
いつもと変わらない様子に安心していると、アンが少し苛立ち始めた。
「このアン・アイスランドが、貴方の為に日本に来たんだよ? ねぇ? 嬉しいでしょ? 嬉しいって言ってよ」
「取り敢えず、好き勝手聞くことにするから、プライバシー侵害って言うなよ。俺の質問に答えない、お前が悪いんだからな」
「貴方の為に改造までやったんだよ? ねぇ? この私が、ここまでやったんだよ? ねぇ? なんで発狂して喜ばないの?」
「お前に改造を施したヤツの名前は? Answer me.Now」
「興味無いから覚えてない。なんで私がそんな男の為に、脳のリソースを割かなきゃいけないの……って……え?」
「………………え? 覚えてない?」
どこか困惑した様子で、タカシとアンが見つめ合う。
な、なんだろう……。
二人の噛み合ってない会話が、さらに噛み合わなくなっていく。
「もしかして……私にルッカを使った? 無意識だったから……そうとしか……」
「国連軍ノーマルタイプに所属しているかどうかは分かる? それと、どういう経緯で改造に至ったの? Explain」
「国連軍技術班ってところに所属する、冴えない男を捕まえて改造してもらった。私がちょっと優しくしたら、すぐに好きになったみたいで、なんでも言うことを聞いてくれたの。私に振り向いてほかったのかな? デブリセルズを大量に………………って、またルッカを使ったよね? 止めてよ」
「Carry on」
「デブリセルズを大量に集めてくれたから、スムーズにDODをやってもらえた。その上で私の適合率も念入りに調べてくれたから、十四種類も混合出来て……………………い、いい加減にしなさいよっ!!」
「ってことは……軍がっていうより、一個人が悪用しているってこと? Is this right?」
「知らないけどそうじゃないの? 少なくとも私が関わったのはその一人だけ………………いい加減にしろって言ってるの!! 私にこんなことをしてもいいと思ってるの!?」
「総監に言って調べてもらうかぁ……平和になったらなったで、こういう悪事を働くヤツが出て来るから困るわ……」
ブチ切れるアンをスルーしつつ、タカシがウンザリとした様子で目頭を押さえた。
一体、何が起こっているのだろう……?
何か異常なやり取りが交わされていることは分かる。あの自己中心的な女が、感情を露わにして怒っているのだから。
そんな中、空気を読まないナタリーさんが口を挟んだ。
「聞きたかったことは聞けたのかぁ?」
「あらかた聞けたけど……特定出来なかったのは残念だわ」
「それじゃあ、ティナで記憶の共有ってのをすればいいじゃ〜ん。そうすりゃ顔くらい分かるだろぉ?」
「それも考えたけど……それをやるには、この女の同意を取る必要があるんだよね。無理じゃね?」
キレ散らかしたアンを放置して、呑気に喋るタカシとナタリーさん。
その様子を見たアンが、更に感情を爆発させた。
「私を放置して、違う女と話しをするなんてありえない!! ありえないありえないありえない!! 本当にありえないんだけど!!」
「しっかし……シェリーの言う通り、本当に魔性の女なんだな……ここまで人を狂わせるって、すげぇ才能だわ……」
「なんで私はお前呼ばわりなのに、シエルは愛称なの!? 私よりシエルが良いっていうの!? 見る目が無いにも程がある!! シエルなんて、あらゆる面で私より劣っているのに!!」
「笑わせんな」
タカシの表情が、懐かしいモノへと変わっていく。
小学校の頃、私をバカにした同級生に見せた時と、同じ顔に変わっていく。
私には分かる。長い付き合いだから、何を考えているか分かる。
タカシは今、
結構怒っているのだ。
「シェリーの何処が劣っているんだよ。お前に負けてるところなんて一つも無いから」








