95話
シェリーは初めて出会った頃から、金銭感覚がバグっていた。
節制という概念は無く、纏まった金が入れば入った分だけ散財する、良く言えば太っ腹、悪く言えば浪費癖のあるヤツだった。
ここ最近でもFXで全財産をスッたり、豪邸を購入したりと、その浪費っぷりを存分に発揮していた。
金にルーズで残念な姿が特徴的。それがシェリーという女の子だと思っていた。
シェリーの記憶に触れた今、まさかその散財に理由があるだなんて思わなかった。
元々は病弱で身体の弱かった母親の為に、自分の小遣いから旅費などを捻出していたことが、彼女の浪費癖の発端だった。
世界最大の、検索エンジンを提供するアイスランド社の長女として、それなりに小遣いが渡されていたのだろう。
病を患っていた母親を少しでも元気づけようと、無理のない範囲で連れ回していたことが浪費癖の発端だったのだ。
シェリーの散財は、誰かの為に行われる。
FXだってそうだ。
シェリーは海に行って『バナナボートやダイビング』を『俺達みんな』でやりたいと思い、FXに手を出したのだ。
勝ち取った平和な日常を満喫する為に、沢山の思い出を作ろうと考えた結果、FXに手を出したのだ。
今回の記憶の共有で、もう一つ分かったことがある。
シェリーの家族は、シェリーを義妹の身代わりにして戦場へ送り出した。
さらにシェリーの家族は、シェリーに『アン・アイスランド』と名乗るよう強制していやがった。
彼女が『シエル・アイスランド』と名乗ったら、義妹に再度招集がかかると懸念したのだろう。シェリーの家族は、かなり念入りに彼女を脅し上げていた。
それでもシェリーは、義妹の名を名乗りたくなかった。
かと言って、長年虐げられたトラウマからか、本名を名乗ることも出来なかった。
その結果、亡くなった母親が親しみを込めて使っていた『シェリー』という愛称を使い始めたのだ。
だからシェリーは、最終決戦が終わるまで本名を教えてくれなかったんだ……。
ずっとシェリーで呼べって言ってたのは、そういうバックボーンがあったんだな……。
無茶苦茶だよ……ギャグキャラの権化みたいなヤツが、なんでこんな悲しい人生を歩んでいるんだよ……。
「え゛……え゛っ゛と゛……く゛す゛っ゛……タ゛カ゛シ゛君゛……と゛、と゛う゛し゛ま゛し゛た゛の゛……?」
ダミ声で鼻をすするシェリーを、とにかく抱き締める。
失い続けた少女に、少しでも温もりを与え続ける。
これ以上、コイツから何も奪わせない。
シェリーの家族は、俺達だけで十分だ。
───────────
シェリー了承のもと、受け取った記憶を姉さん達に転送する。
始めはT種ティナの特性に戸惑っていたが、流れ込んできたシェリーの記憶を見て、それどころでは無くなっていった。
「な、何この子……なんで当たり前のように土下座を強要しているの……家族なんじゃないの……?」
「恐らく……日常的にシェリーさんを虐げていたのね……口振りで分かるわ……」
「こんなの酷いよ……ひ、酷すぎる……これじゃあシェリーちゃんが可哀想だよ!!」
「何がシェリーさんの上位互換よ!! 性根が腐ってる時点で下位互換じゃない!! バカ!!」
険しい表情を浮かべる姉さんと凛子。
相当ショッキングだったんだろうな。二人とも珍しく怒っている。
「この人、十四種類も混合しているんだね……ボクの知る限りではタカシさん以外、十一種が最高って聞いていたんだけど……戦闘能力がかなり高いってことなのかな?」
「混合数だけ見ればそうなるよねぇ〜。アタシの倍以上接種しているから、それなりに戦えるんじゃないかなぁ〜」
「じ、じゃあこの人は、ナタリーさんやシェリーさんより強いってこと……?」
「ん〜? コイツがアタシ達より強いぃ〜?」
巴ちゃんの言葉で、ナタリーの顔がわっるい笑顔に染まる。
久しぶりに見る、ブレーキをぶっ壊したかのような表情。全力で遊んでも壊れないおもちゃを見つけた、ゴリラの高揚感を彷彿とさせる。
そんな森の賢者が、満面の笑みで俺に擦り寄ってきた。
「なぁなぁタカスィ〜。コイツ、アタシにちょうだぁ〜い。アタシがぜぇ〜んぶ解決してやっからさぁ〜」
表情で考えていることが分かる。
こやつ、命を冒涜する気だ。
久しぶりに残酷なナタリーちゃんがコンニチワしている。生の終着点と恐れられた、こっわいナタリーちゃんが。
「お前に任せると、雑に解決しそうだからダメだって。相手は俺を希望しているんだから、俺が対応する」
「えぇ〜!? ずっるぅ〜い! アタシにくれよコイツぅ〜!」
「ドズっている以上、色々と聞き出さなきゃならないじゃん。ナタリーにそれが出来んの?」
「聞き出すことぉ〜? なんだそれぇ〜? 総資産かぁ〜?」
「ほれみろ。何も分かってねぇじゃんか」
呆れながら、ナタリーの頭にピシピシとチョップをかます。
そのやり取りを見たシェリーが、慌てた様子で割って入った。
「あ、あの……も、もしかしてアンに会うつもりですの……?」
「そりゃあ会うよ。色々言いたいし、聞きたいこともあるし」
「ダ、ダメですわ! アンはガチのガチで魔性の女なのです! タカシ君も、アンの魔性の魅力でやられてしまいますわ!」
「やられるワケねぇだろ……こんな頭の悪い女の何処に惹かれるんだよ……」
「じ、実際に会うと惹かれてしまうのですわ! 事実、アンを前にした男性はそうなりましたから!」
「例外見せてやっから安心しろよ。毅然とした態度で物申しちゃるから」
「だ、ダメですわぁぁぁ……タカシ君もアンに誑かされてしまいますわぁぁぁ……」
「お前なぁ…………」
あまりにも見くびった発言に、思わずイラッとする。
シェリーの頭にアイアンクローをぶちかまして、極めて真面目な声で呟いた。
「俺が何度、お前に助けられたか分かってんのか? 今俺がこうやって、呑気に凛子ん家でくつろいでいるのは、誰のおかげなんだ?」
「……え? え……えっと……ワタクシ……ですか……?」
「そうだよ。そんな命の恩人を虐げる女に、俺は惹かれるのか? 俺はそんなしょうもない男だったのか?」
「え……っと……ち……違うと思いますわ……」
「その女の望み通り、今すぐ会ってやるよ。お前、連絡先聞いてんだろ? すぐに呼び出して」
苛立ちを抑え込むように、頭をボリボリと掻き毟る。
いい加減、腹が立ってきた。
シェリーをここまで怖がらせる、アンとかいう女のことを。








