94話
「どうしたんだよシェリー。なんでガチ泣きしてんだ?」
「ゔぁぁぁ……ぁぁぁ……ひっく……ぅぁぁぁ……」
凛子ん家のだだっ広いリビングで、シェリーを囲むように覗き込む俺達。
尋常じゃない様子で、肩を震わせながら泣き続けている。いや、これはもう泣くというよりパニックに近い。
まるでドズられたばかりの一般人が、最前線に立たされた時のような泣き方。平凡な日常を送っていた一般人が、強制的に戦地へ送り込まれた時のような錯乱状態に近い。
シェリーから巴ちゃんに視線を移す。
「あのさ、急に現れた外国人と席を外すまでは元気だったんだよね?」
「う、うん……いつも通り滅茶苦茶元気だったよ」
「ってことは十中八九、その外国人が何かやったってワケか……」
泣き続けるシェリーの背中を摩りながら、少し考え込む。
何をどうやったら、ここまで精神的に追い込むことが出来るんだろう? 残念で泣き虫だけど、シェリーはかなり図太い性格なのに。
FXで全財産をスッた時ですら、ここまで泣いていなかった。全財産をスる以上のことを、シェリーの元に現れた外国人によって行われたってことになる。
全く見当がつかねぇなぁ……三年間の従軍中ですら、こんな姿は見たことが無い。
「どしたんシェリー? 話聞こか?」
「ひっく……タ゛……ぅぁぁぁ……タ゛カ゛チ゛君゛……」
「そうだよ。君のアイドルタカシ君だよ。お話聞かせて?」
「ぅ゛ぁ゛ぁ゛……ぐすっ……う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」
「あかんか……」
とにかく落ち着かせようと、シェリーの背中を撫で続ける。
彼女はこの世の終わりみたいな表情で、ポロポロと涙を零し続けた。
「シェリーちゃん大丈夫? まずはゆっくり深呼吸しよ?」
「お茶を持ってきたわ。シェリーさん、ここに置くわね」
姉さんと凛子も、なんとか宥めようと声をかけている。
一向に落ち着きを取り戻さないシェリー。
その様子を見たナタリーが、業を煮やしたのかグイッと割り込んできた。
「やいやいシェリー! いつまで泣いてるんだよぉ! ちゃちゃっと事情を説明しろやぁ!」
「ひっく……ぐすっ……ナ、ナタ……」
「何があったのかは知らねぇけどさぁ! 今はタカスィが傍に居るんだぞぉ!? タカスィなら絶対になんとかしてくれるって分かるじゃぁん!!」
「ぅぅぅ……ぐすっ……ナ、ナタリーさん……」
「今までだってなんとかしてくれたじゃん!! だからシェリー!! ちゃっちゃと事情を説明しろってぇ!! 泣いたところで何も解決しねぇんだからさぁ!!」
ナタリーの一喝で、シェリーの表情が僅かに変わる。
対等であるからこそ響く戦友の言葉に、シェリーの震えが治まり始める。
まるで覚悟を決めるように、彼女は小声で呟いた。
「タ……タカシ君は……ワ……ワタクシのことをどう思っておりますの……?」
「どう思ってるって……何が?」
「ワ、ワタクシは……ひっく……タカシ君のことが大切ですわ……ぐすっ……タカシ君は……ワタクシのことをどう思っておりますの……? 大切じゃありませんの……?」
「大切だよ。つーか、今更そんなん言わせんな恥ずかしい。分かってるだろ」
「う、嘘ですわ……ぐすっ……嘘を仰ってますわ……」
「嘘ってなんやねん……どういうことやねん……」
話が見えず、思わず眉をひそめる。
シェリーは鼻水を啜りながら、感情を爆発させた。
「だ、だってタカシ君はぁぁぁ……ひっぐ……日本へ帰国する際ぃぃぃ……ゔぁぁ……ワタクシを誘ってくれなかったじゃありませんかぁぁぁ……」
「それは総監に騙されたからな。アレがなかったら、シェリーも一緒に行こうって誘ってたよ」
「騙されたにしてもぉぉぉ……ワタクシのことが大切なら、一言くらい声をかけるのが普通じゃありませんのぉぉぉ……? うぁぁぁぁん……」
「あのさぁ…………俺は総監に『シェリーはもう、母国で幸せに暮らしているから干渉をするな』って言われたんだぞ? 既に帰国したって思ってるのに、どうやって声をかけるんだよ」
「…………………………ん?」
シェリーが何かを思い出したのか、キョトンとした表情になる。
構わず俺は言葉を続けた。
「そもそも、あの当時は俺の方が寂しかったんだからな。散々修羅場を乗り越えてきたのに、お前に黙って帰られたと思って」
「あ、あれ……? れ、冷静に思い返してみれば……確かにそういうお話でしたわね……」
「つーかさぁ……お前の為に、いくら貢いできたと思ってんだよ。どうでもいいと思っているヤツに、金なんか出さねぇって」
シェリーが日本に来て間もない頃、手持ちがすっからかんって言うもんだから、日用品やら着替やら買ってやったの忘れたのかよ。
あの時、十万以上使ったんだぞ? 高校生の十万は大金なの分からねぇのか? いや、分からないか。シェリーって金銭感感バグってるし。
自分の勘違いだと分かったのだろう。
号泣していたシェリーが、鼻水を垂れ流しながら抱きついてきた。
「タ゛カ゛チ゛く゛〜゛ん゛!! よ゛か゛っ゛た゛て゛す゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! ワ゛タ゛ク゛シ゛の゛勘゛違゛い゛て゛し゛た゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「おまっ!? きったねぇなぁ!! 俺の服で鼻水拭くんじゃねぇよ!!」
「ワ゛タ゛ク゛シ゛ま゛た゛捨゛て゛ら゛れ゛た゛と゛思゛い゛ま゛し゛た゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! 本゛当゛に゛良゛か゛っ゛た゛て゛す゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「シェリー汁でシャツがびっちゃびちゃに…………捨てる? 俺が? お前を?」
意味不明な発言に、思わず首を傾げる。
なぜその思考に行き着いたのか、さっぱり分からん。それにさっきの勘違いだって、普段のシェリーだったら絶対にしない筈なのに。
同じのようなことを疑問に思ったのか、巴ちゃんとナタリーが会話に混ざってきた。
「そもそも、シェリーさんと席を外した銀髪の女の子は誰なんだい? あの人が現れてから急におかしくなったじゃないか」
「そこまでパニックになるってぇ、その女に何をされたんだよぉ〜。説明しろやぁ〜」
「え゛……え゛っ゛と゛……く゛す゛っ゛……と゛こ゛か゛ら゛話゛せ゛は゛……」
鼻水を啜りながら、ダミ声で語り始めるシェリー。
イマイチ要領を得ないので、手っ取り早い方法を提案する。
「シェリーの記憶を共有させてくれない? T種ティナでラインを繋げるから、一連の記憶を送ってくれよ」
「き゛、記゛憶゛の゛共゛有゛? テ゛ィ゛ナ゛っ゛て゛交゛信゛た゛け゛し゛ゃ゛……」
「両者の同意があれば、会話だけじゃなくて記憶も共有することが出来るんだよ。あれ? 説明してなかったっけ?」
「は゛、初゛耳゛て゛す゛わ゛よ゛……い゛い゛加゛減゛て゛す゛わ゛ね゛……」
ダミ声で文句をいいながらも、シェリーがラインを繋げる。
どうやら記憶の共有に了承したみたい。すぐさま一連の記憶が俺の脳内に流れ込んでくる。
さらに動揺しているのか、過去の記憶まで流れ込んできた。それこそ、シェリーが徴兵される前の記憶とか。
………………………………ひっでぇな……これ。
「タッ君……? ど、どうしたの……? そんなに怖い顔をして……」
「タ、タカシ……何があったの……?」
姉さんと凛子が、心配そうな様子で覗き込む。
俺の表情の変化に気付いたのだろう。不安げな様子を浮かべている。
ただ俺は応えられなかった。
それより先にすべきことがあった。
壮絶な生い立ちのダミ声少女を、強く抱き締めることしか出来なかった。
本日より後編を再開します。
再開にあたりご報告がございます。
なんと2025年9月5日に三巻が発売されます!
諸々の情報につきましては目次ページ下部、各エピソードページ下部に情報がございますのでご確認いただけますと幸いです。
超絶希少(自称)なサイン本もありますよ! ありますよっ!(切実)
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
無事に三巻の発売を迎えられたのは、応援してくださった皆様のおかげでございます。
本当にありがとうございました。
これからも宜しくお願い致します。ノシ








