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89話


 シェリーちゃんねるが、近年稀に見る大炎上(?)を起こした翌日。


 T種ティナの信号(キャッチ)をもらった俺は、固まっていた。


『え、えっと…………も、もう一回聞いてもいい?』


『ん? いいよ。何度でも聞いてくれ』


『お前………………花村ん()に居るの?』


『居るよ。飛龍(フェイロン)とカーソン姉妹(シスターズ)も居るし、なんなら僕らの隊員も居るよ』


 脳内に響き渡る、ポートマンの爽やかボイス。


 そのあっけらかんとした交信を受けて、頭を抱えた。


 ポートマンもカーソン姉妹も、クールっぽい見た目の癖に、すぐブチ切れる。


 特に俺が絡むと、それが一気に加速する。それこそ一般人だろうがお偉いさんだろうが、アクセル全開で実力行使に移る。


 そんな暴走機関車ポートマンが、『花村家に居る』と言ったのだ。


 ぜ、絶対ヤッちまってるだろコレ……ぐっちゃんぐっちゃんって……。


 動揺で震えていると、勘のいいポートマンが訂正してきた。


『いや、ヤッてないよ? 普通に生きてるから』


『ほ、本当ぉ……? お前とカーソン姉妹が動いて、無事とか信じられないんだけど……』


飛龍(フェイロン)に止められたからヤッてはないよ。まぁ、最初はヤる気まんまんだったけど』


『ほんっと飛龍(フェイロン)って偉大だわ……TS経験者は伊達じゃねぇ……』


 流石、数少ない常識人。バカ共の手綱をギュッと握り締めてくれる。


 ホッと胸を撫で下ろしていると、別の疑問が湧いてきた。


『それじゃあ、なんで花村ん()に居んの?』


『君達の炎上を止める為に協力してもらっているんだよ。見過ごせなかったからね』


『ん?』


 炎上って……シェリーちゃんねるの炎上を言っているのか? テストの件かと思った。


 俺がちょっと困ってたら、モンペばりに干渉してくる……過保護っつーか、なんつーか……。


『炎上を止めるって、具体的に何をやってんの?』


『アップした写真はフェイクで、シェリーちゃんねるを潰すために投稿したって、SNSで暴露してもらってるよ。彼の個人情報を晒した状態でやってるから、炎上の矛先が全部ソッチへ向くんじゃないかな?』


『えっぐ……自業自得だとは思うけど……ちょっとやりすぎじゃね? 少しは手心加えてやれよ』


『タカシ君の幼馴染の…………桔梗ヶ原さんだっけ? 彼女とタカシ君の写真もアップされていたけど、それでも手心を加えた方が良かったのかい? 桔梗ヶ原さんのSNSも炎上しているんだよ?』


『おう、もっとやれ。人の足を引っ張るようなカスは、じゃんじゃん地獄見せたれ。ふざけんじゃねぇぞクソが』


『相変わらず君は、身内に何かあると沸点が低くなるよね……自分のことじゃ絶対に怒らないのに……』


 ポートマンの呆れ声が聞こえてきた。


 知るかボケ。


 仏の顔もなんちゃらってヤツだわ。シェリーだけじゃなく、凛子まで巻き込むとか許されんぞ。


 俺もSNSで暴れてやろっかな……どうやって暴れたらいいかよく分からんけど……。


 そんなことを考えていると、制止するような声が響いた。


『まぁ、今回の件はコッチで対処するから、タカシ君は夏を満喫してくれよ。せっかく平和になったんだから、こんな下らないことに時間を取られてちゃダメだ』


『ん? 全部お前らに任せるのは悪いよ。俺も手伝うって』


『いいって。君はただ、普通の高校生活を楽しんでくれよ。それが僕らに出来る、唯一の恩返しなんだからさ』


『ポートマン…………』


 優しく諭すような言葉に、モヤモヤとした気持ちが晴れていく。


 普段バカやってる癖に、時たまこういう優しさを見せつけてくるから困る。こういうところがあるから、尻を狙われても『まぁいっか』って感じになっちゃう。


 ホント、俺が絡まなきゃ完璧な男なんだけどなぁ……俺が絡まなきゃ……。


『分かった。ポートマンの言う通り、花村のことはお前らに任せるよ』


『任された。万事上手くやっておくね』


『ある程度、目処が立ったら切り上げろよ。お前らにも日常を楽しんでほしいんだから』


 そう告げると、ポートマンが思い出したかのように話題を変えてきた。


『そうそう、それで思い出した。タカシ君の夏休みの予定を教えてくれないかな? 僕らの隊員が、一緒に遊びたいって言って騒いでて』


『俺の予定? ほぼ埋まってるんだよなぁ……海に行ったり、友達の家に泊まったり、シェリーの動画撮影をやったりで』


『………………え゛? い、一日も空いてないの?』


『んー……』


 スマホを取り出して、スケジュール帳をチェックする。


 辛うじて数日空いていた。


『盆前の九日、午後からなら……』


『午前中は? 午前中はダメなのかい?』


『温泉旅行から帰ってくるのが、その時間になるんだよ。午後からにしてくれない?』


『温泉?』


 温泉と聞いて、ポートマンから爽やかさが消えていく。


 息遣いも変わる。


 まるで更衣室や、シャワー室で鉢合わせた時のネチョネチョ感。どこか変態的な空気が漂ってくる。


 少しの間黙っていたポートマンは、やたら淡々した口調で呟いた。


『温泉旅行って何処へ行くんだ? 場所は? 旅館名は?』


『え?』


『温泉旅行に行くんだろ? 旅館名と住所を教えてくれよ』


『…………なんで?』


『理由なんてどうでもいいじゃないか。ほら、早く言えって』 


『…………なんで?』


『なんでじゃなくて、さっさと教えてくれよ。何を勿体つけてるんだ。焦らしプレイか?』


『だからぁ…………なんで教えなきゃならないんだよ。理由を言えや』


『性的なことを考えている!! ほら、理由を言ったんだからさっさと旅館名を教えろって!!』


『お疲れさん。じゃあの』


 強制的にT種ティナを閉じて、ポートマンとの会話を終わらせる。


 声が響かなくなったことを確認してから、小さく溜息を吐いた。


「取り敢えず、SNSの問題は解決したってことかな? 俺の話題も風化すりゃいいけど……」




──────────




 同時刻。


 喫茶店の片隅。向かい合って座る、愛に生きる肉食乙女達(文香と凛子)


 見た目だけはゆるふわ系の美少女が、苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。


「分かったよ……凛子ちゃんの提案に乗っかるよ……」


 そう言って文香が、真っ直ぐ凛子を見据えた。


「私は凛子ちゃんの邪魔をしない。だから凛子ちゃんも、私の邪魔はしないでね」


「勿論。幼馴染同士で争ってる場合じゃないからね」


「あとで話が違うって言われてもイヤだから、もう一度内容を共有するね」


 スマホを取り出して、メッセージアプリを立ち上げる文香。


 凛子宛に、記録用のメッセージを打ち始めた。


「“私は、タカちゃんと凛子ちゃんのお泊まり会を邪魔しない。だから凛子ちゃんも、私とタカちゃんの温泉旅行を邪魔しない” これでいい?」

 

「いいわよ。ここは一旦、休戦ってところね」


「約束は絶対守ってよ? これを反故にしたら、仮に凛子ちゃんとタカちゃんが結ばれても、一生粘着するからね」


「それはコッチのセリフよ。約束を破った時点で、死ぬまで略奪愛に生きてやるわ」


 バチバチと熱い火花を散らす幼馴染達。


 彼女達は、足の引っ張り合いを止めたのだ。


 タカシを狙う女は後を絶たない。それこそ、国際的な歌姫が参戦するくらい後を絶たない。


 そんな状況で争っている場合ではないのだ。まずはタカシの意識を、幼馴染に向けることが先決なのだ。


 覚悟を決めた肉食系女子が、わっるい笑顔で囁き合う。


「恨みっこなしだよ凛子ちゃん……私とタカちゃんの結婚式には、友人代表として出席するんだよ……」


「それはコッチのセリフよ文香さん……私とタカシの子供が生まれたら、真っ先に抱っこしに来なさいよね……」


「見せてあげるよ……本気になった私の……えっぐい色仕掛けってヤツをっ!!」


「ふふ……三日後また来なさぁい……貞操を失った私を見せつけてあげるんだから!!」


 ドス黒い二つの感情が喫茶店に渦巻く。


 乙女達の負けられない戦いが始まった。


 

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― 新着の感想 ―
ポートマン……何だかんだで実際イイヤツだと思ってたんに、結局お前もそのクチの人間なんかよぉ…orz
「結婚式には友人代表として出席してほしい」 「子どもが生まれたら真っ先にだっこしにきてほしい」 恋敵だけど、大事な幼馴染。 いいですね〜
…えっとすみません。エイリアンどもが地球を滅茶苦茶にして大陸が消し飛んだりしてたと思うんですが、そうなると人口の減少も懸念されるわけで。 しかも、タッ君は世界的な英雄で慕う人も世界規模でいるわけだから…
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