88話
木造二階建ての、それなりに大きな住宅。そこそこ裕福で、そこそこ広めなリビング。
その小綺麗なリビングの中央で、
花村君とそのご両親が、たくさんの外国人に囲まれながら正座していた。
凄まじい殺気を向けられているのか、花村家の顔色は悪い。怯えた表情で、チラチラと周囲の様子を伺っている。
そんなガタガタと震える花村ファミリーに、向かい合って座る、赤髪ツインテールの少女が声をかけた。
「明け方に大勢で押しかけてスマンな。今日はお前らの息子のことで、話があって来たんや」
「は、話……ですか……?」
「混乱しとるようやから、簡単に顛末を説明したるわ」
そう言って、ポケットからスマホを取り出す少女。
数秒操作したかと思うと、画面を花村君のご両親に向けた。
「お前らの息子が、ネットにこの少年の写真をアップしたんや。無断でな」
「ウ、ウチの息子が……無断で……」
「さらにお前らの息子は、あること無いことSNSに書き込んで、この少年を炎上させようと仕向けたんや。おかげでネットはお祭り騒ぎや」
呆れるように、大きな瞳を細める。
愛くるしい容姿なのに、少女にはやたら年季の入った貫禄があった。
ワケの分からないプレッシャーに戸惑いつつも、花村君のお父さんはなんとか言葉を絞り出した。
「あ、あの……そ、それは本当にウチの息子がやったんですか……? し、証拠はあるんですか……?」
「あるで。これが掲示板に書かれた内容と、そのIPアドレス」
「……………………」
「ほんでこれが、そのIPアドレスから割り出したプロバイダと、開示してもらった発信者情報やな。ほれ、契約者の住所がここになっとるやろ。これが証拠や」
「……………………」
次々と置かれる、A4サイズの報告書。
確かにそこには、書き込み内容とIPアドレス、プロバイダ、発信者情報が載っていた。
報告書の日付を見る限り、通常ではありえないほど短期間で調べ上げている。従来なら数ヶ月かかる調査を数日で終えている。
ワケの分からない手際だ。これではもう言い逃れなんて出来ない。
固まるお父さんに代わって、花村君のお母さんが口を挟む。
「あ、あの……息子がやったのは分かりましたが……えっと……私達を訴訟するってことでしょうか?」
「訴訟? そんなんするワケないやん。メンドいし」
「そ、それじゃあいったい何を……」
「ベーリング海って知っとる? カニ漁で有名なベーリング海」
「……………………え?」
「行かへん? カニ食いたない?」
「い、いや…………あの……………」
「連れてったる♡ カニ獲ろ♡」
「…………………………」
「はっはっは! なに固まっとんねーん! 冗談やーん! はっはっはー!」
ガタガタと震えるご両親に、赤髪の少女が声を出して笑う。
その笑えない冗談を聞いて、花村君は頭を抱えてしまった。
この状況に陥って、ようやく彼は理解したのだ。自分のやったことが、どれだけ不味い行為なのか自覚したのだ。
この集団は、恐らくタカシの関係者なのだろう。
そして今回の件で報復に訪れたのだろう。
どういう付き合いなのかは分からないが、彼らは間違いなくタカシを慕っている。彼らの行動や口ぶりから、それが容易に伝わってくる。
そんなマフィア達が慕うタカシを、花村君は全力で陥れようとしたのだ。これはもう、絶対にタダでは済まされないヤツだ。
小動物のように震える花村君。
そんな絶望する花村ファミリーを見て、笑っていた少女が小さくため息を吐いた。
「冗談はほどほどにして本題に入るわ。遊んどる場合ちゃうし」
軽快だった口調が低いモノへと変わる。
その声色の変化に、お父さんは慌て始めた。
この異様な集団が何を求めてくるか分からない。次の瞬間、死んで償えと言い出してもおかしくない。
そうなってからでは遅いのだ。死を求められる前に、少しでも容赦して頂く必要がある。
土下座するように、お父さんは全力で頭を下げた。
「せ、責任は取ります! 息子の書き込みは弁護士に相談して、全て削除してもらいます!」
「ん? そんなんやったところで炎上は鎮火せんやん。それよりやってほしいことがあんねん」
「お、お金も支払います! だ、だから命だけはっ!」
「あー……そんなんええから、俺の言うことを聞いてくれへん? 俺の指示に従ってくれたら、金も命も取らんし」
肩を竦める少女。
柔らかいその表情を見て、花村君のお父さんは少しだけ平静を取り戻した。
「ほ、本当ですか……? 本当に指示に従えば、許してくれるんですか……?」
「それは約束するで。コッチも穏便に済ませたいし」
「わ、分かりました。し、指示に従います……」
お父さんの言葉に、赤髪の美少女がニッコリと笑う。
そして淡々と指示を飛ばし始めた。
「取り敢えず、メッセージ投稿アプリのプロフィールを編集して、住所、連絡先、実名を表記してくれへん? 勿論、アイコンはお前らの息子の写真にして。ほんで、一連の書き込みを否定するポストを、さっき見せた開示請求の書類と一緒に投稿してくれや。色んなところに転載するさかい、とにかくポストしまくってくれ」
「……………………え?」
「ポストの内容は、『アップした写真はAIを使ったディープフェイクです。炎上目的で作ったフェイク画像です』って感じにするんやで? 反応するヤツがおったら、『ここまで大きな騒ぎになると思わなかったんだよ。子供のやることにマジになんなカス』って煽り散らかしてくれや」
「え、え? こ、個人情報を晒した状態でそんなことをやったら────」
間違いなく非難が殺到する。
桔梗ヶ原凛子の信者も敵に回すことになる。それこそ、尋常じゃない数の誹謗中傷が殺到する筈だ。
その上で、住所まで晒したとなれば……想像するだけで恐ろしかった。
「俺も色々考えたんやけど、これが一番ええ方法やって思うんや。お前らも死ぬワケやないし、タカシの炎上も鎮火するやろうし、みんながハッピーハッピーになれるやんけ! 最高やな!」
「い、いや…………あの…………その…………」
「いやぁ~。俺はホンマに常識人やわぁ~。こんな平和的な解決、普通思いつかんやろぉ〜!」
花村ファミリーから、視線を外す少女。
ドヤ顔を向けられた瓜二つの美女が、口を尖らせた。
「いや、ぬるくねぇっすか? アレだけのことをやったのに、その程度で終わらすんすか?」
「コイツを消したところで炎上は鎮火せんやろ? この方法が一番ベストなんや」
「エミリー的には、ベーリング海の荒波に揉まれてほしいんすけどねぇ……」
「まずは炎上を鎮火させることが先決やろ。タカシの為にも、ここは大人の対応を取るんや!」
「うーん…………ポートマンはどう思うっすかぁ?」
黒髪の黒いロングドレスの女が、長身で細身の男に話を振った。
「僕は概ね納得したけど……でもいいのかな? カニ漁よりキツイことになると思うんだけど」
「ん? 別にキツくはないやろ。命の危険があるワケやないし」
「住所と本名と連絡先を晒して状態で、タカシ君の信者を敵に回すんだよ? 僕達と同じような連中が現れないかな?」
「そんなん知らんわ。なんでそこまで俺が気にせんとあかんねん」
花村ファミリーを放置して、勝手に話を進める外国人達。
まるでこの話が終わったと言わんばかりに、談笑を始めている。
今更出来ませんとは言えない雰囲気。仮に出来ないとでも言おうものなら、カニ漁を強制されそうな空気感。
「取り敢えずポートマンは、タカシを安心させたってや。珍しく動揺しとるみたいやし」
「起きてるかな……ティナで交信してみるよ」
「他の連中は、ポストの転載をするんやで。この人数でやれば、速攻で話題になるやろ」
「うぃ〜っす」
「頑張るっす〜」
息子を甘やかし、道徳を教えてこなかったご両親。
その親の元で育ち、ワガママを押し通してきた花村君。
これから来るであろう未来を想像して、彼らはガタガタと震えてしまった。それはもう漫画みたいに、ガタガタと。
そんな花村家の気持ちに気付かない赤髪の少女は、開始を告げるかのようにパンッと両手をあわせた。
「ほな、さっそく始めるで! まずはアカウントの編集からや!」








