87話
「なんだこれ……? 何が起こってんだ……?」
タカシがちょうど眠りにつく頃。
花村君は自宅で、ワケが分からないといった様子で呟いていた。
タカシの隠し撮りをアップし、翌朝には燃えまくっていたシェリーのチャンネル。
嫉妬で怒り狂ったリスナーに荒らされていた、そのコメント欄。
それが丸一日を過ぎたあたりで、外国人のコメントで埋め尽くされていたのだ。
それも色々な言語で。
どれもこれも結構な長文で。
「海外の人まで炎上に参加しているのか? それにしては……ハートマークが目立つんだよな……」
日本語しか読めない花村君でも、コメント欄の違和感くらい読める。
炎上にしては、やたら平和的な絵文字が並んでいるのだ。和やかな雰囲気がなんとなく伝わってくる。
本来なら、もっと殺伐とした空気になるのに……花村君は、それが不思議で不思議で仕方なかった。
「取り敢えず翻訳してみっか」
マウスを操作して、ブラウザの拡張機能を使う花村君。パソコンのディスプレイに映し出される大量の外国語が、日本語へと変換されていく。
その一つ一つを確認していくと、
彼の眉間の皺がさらに寄った。
「サクラ様と聞いて飛んできました……チャンネル登録、メンバーシップになったので配信を楽しみに待ってます……サクラ様?」
どのコメントにも必ず書いてある『サクラ』。
それが何を意味するのか分からない花村君は、見当違いな方向へ勘違いした。
「シェリーちゃんって、海外だとサクラって呼ばれてんのかな? Cherryとシェリーって似てるし」
それ以外、思い当たる節がない。四分咲の暗喩だとは夢にも思わない。
彼はあまり深く考えず、コメント欄を閉じた。
「やっぱり、シェリーちゃんって誰が見ても可愛いって思うんだな。チャンネル登録者数、一億を超えてっし……」
思い通りにならない現実に、花村君がボリボリと頭を掻き毟る。
まさか登録者が増えるなんて思ってもみなかった。タカシの炎上が有耶無耶になりつつある。
これはもう、次なる一手を打つ必要があった。このままでは終われない。
「もっと炎上になりそうなネタをアップするかぁ。凛子ちゃんに絡んでる画像とか」
こうなってしまっては仕方ない。
前回は日和ったが、今回は凛子と絡んでいる隠し撮りをアップしよう。
連日連夜、凛子の動向について熱く語る狂信者だ。
崇拝する推しに絡んでいると知れば、潰しにかかるに違いない。
熱くなってきたところで、タカシの個人情報をリークするのも面白い。住所が晒されれば、日常は滅茶苦茶になるだろう。
悪意が集まれば、いくら能天気なタカシだって耐えられない筈だ。学校にも通えなくなるだろう。
歪んだ笑みを浮かべながら、炎上の火種をアップする花村君。
彼は今日もアクセル全開だった。
─────────
空が白み始める、閑静な住宅街。
花村君は、エナジードリンクを買いにコンビニへと向かっていた。
これから起こるであろう炎上は、歴史に残るような大炎上。
クレイジーな凛子のファンが、四分咲タカシを叩くのだ。想像するだけで笑いが止まらない。
これはもう、リアルタイムで炎上を観察する必要がある。眠っている場合ではない。
ウッキウキでコンビニへと向かう花村君。
大通りを曲がり、意気揚々と裏道に入ったところで、
彼の足が止まった。
道を塞ぐように、ガラの悪い外国人が屯しているのだ。
先頭に立つ細身で柔和な男以外、筋骨隆々な体付き。全身にタトゥーが入ってたり、スキンヘッドやドレッドヘアーだったりと、マフィアを彷彿とさせる。
片田舎では、まずお目にかからない集団。
そんなイカツイ外国人達が、我が物顔で道を塞いでいるのだ。
動揺して、思わず一歩後退りをする花村君。
水蓮寺高校ではヤンチャで慣らしてきた。
陽キャとしてオラオラを通してきた。
そんなイケイケな彼でも、あの外国人の中を割って行くことなんて出来なかった。そんな度胸、欠片も持ち合わせていない。
慌てて視線を外し、道を変えようと踵を返す。
静かに立ち去ろう。あのマフィア達に気付かれないよう、音もなく立ち去ろう。
そう思いつつ来た道を振り返ると、
彼はさらに絶句してしまった。
退路を断つように、黒髪の、黒いロングドレス姿の女が立っているのだ。
それも一人や二人じゃない。パッと見る限り二十人以上の女が立っている。先頭に立つ瓜二つな女以外、大きなサングラスをかけている。
統一された服装とスレンダーな体型は、マネキンと見間違えるくらい。そんな異様な集団が、一瞬にして退路を塞いでいるのだ。
息を呑む花村君。
恐怖で腰が抜けそうになっていると、無機質な声が響いた。
「お前が花村玲王っすか?」
「水蓮寺高校一年D組、出席番号30番、花村玲王っすか?」
フルネームで呼ばれ、ビクッと身体を揺らす。
その瞬間、彼は悟った。
この異様な集団は、俺に用事があるんだ──何か理由があって俺を囲んでいるだ──と。
固まる花村君に代わって、マフィア側に立つ、細身の男が応えた。
「間違いない。彼が例の花村だ」
「裏取らなくて大丈夫っすか? 人違いだったら洒落にならねぇっすけど」
「マールを使ったから大丈夫だよ。間違いなく彼は花村だ」
「そっすか。ポートマンがそこまで言うなら、間違いないっすね」
「じゃあ、さっさと終わらせるっす」
黒いロングドレスの集団から、瓜二つの女が一歩前に出る。
そしておもむろに、右腕を振りあげる。
工場を彷彿とさせる、ガコンッガコンッという鈍い音が鳴り響いた。同時に、彼女達の右腕が、黒く巨大な砲身へと姿を変えていく。
まるでロボットアニメのSF兵器。
そう形容するしかない砲身が、花村君に向かって振り下ろされた。瓜二つの女が照準を合わせるように、砲口を向ける。
中腰で構えるその姿は、見惚れるほど洗練された無駄の無い動きだった。
花村君は唐突に理解する。
アレを自分に、ぶっ放すつもりなんだと。
「ひっ……ひぃぃぃぃ……」
腰を抜かし、情けない悲鳴を漏らす。
強烈な殺意を向けられ、ポロポロと涙が零れ落ちる。
現実とは思えないワケの分からない展開に、恐怖で股間が濡れてきた。なぜこんな目に遭うのか、花村君はさっぱり分からなかった。
そんな中、幼い少女の声が響く。
「ポートマンもカーソン姉妹もやめーや。お前ら、タカシが絡むとすぐ暴走するからイヤやわ」
気が付くと、花村君の隣に、赤髪ツインテールの少女が立っていた。
射線上に割り込むように佇んでいる。
少女の登場に、カーソンと呼ばれた姉妹がムッとした表情を作った。
「飛龍はコイツが何をやらかしたか分かってるんすか? 許されないことをやったんすよ?」
「だからって、躊躇なく一般人を消そうとすんなや。タカシはそんなん望んどらんって」
「こんなクソは、とっとと殺処分した方がいいんすよ。この場に生の終着点と死への分岐点がいたら、もっと滅茶苦茶やってたっす」
「丸くなったアイツらがそんなんするワケないやろ。ちょっとは落ち着きーや」
「じゃあシュルツっす。回帰不能点は、もっと酷いことやってたっす」
「回帰不能点を挙げんなや。アイツを持ち出したら、なんでもアリになるやんけ」
飛龍と呼ばれた小柄の少女が、呆れ顔になる。
そんな彼女達の会話に、細身の男が混ざった。
「それじゃあ飛龍は、このガキを放置するのか? それがタカシ君の為になるって言うのか?」
「お前も極端なやっちゃなぁ……なんでゼロか百かでしか考えんねん。もっと間取れやバカタレ」
「間っていわれても……匙加減が分からないんだよ……マジで……」
「ホンマこの頭空っぽ太郎は……まぁ見とけや」
そう言って赤髪の少女は、花村君へと視線を移した。
少女の瞳は、
完全にゴミを見るような目つきだった。
「生体兵団常識人部門・第一位の飛龍ちゃんが、極めて常識的な追い込みってのをお前らに教えたるわ」








