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86話


 久しぶりに昔の夢を見た。


 私がまだ陰気で、奥手で、内向的だった昔の記憶。


 決して幸せな生活じゃなかったけど、それでも裕福だった、幼少期の夢。


 夢の中の私は、大きく瞳を開いていた。


 突きつけられた現実を受け止められないのか、ぬいぐるみを抱え震えていた。


 まるで生まれたばかりの子鹿みたい。今でこそ、そんな風に軽口を叩けるが、当時は全く笑えなかった。


 そんな私に向かって、竪琴たてごとのような声が響く。




「良かったね。私の代わりになれて」




 蠱惑(こわく)的な笑みを浮かべる、長い銀髪の少女。


 彼女の嬉しそうな表情を見て、本気なんだと焦り始めた。本気で私を、身代わりにするつもりなんだと思い始めた。


「そ、そうよ! 私の娘が選ばれるなんて何かの間違いだわ! コイツが代わりになればいいのよ!」


「身分証を偽造して……役人に金を掴ませるか……すぐに動く必要があるな……」


「今日ほどコイツの存在に感謝した日は無いわ! 良かったわね!! お前がついに、役に立つ日が来たんだから!!」


 継母(ままはは)が、私の頭を小突く。


 何度も何度も、ゴツンゴツンと小突く。


 愛されていないとは思っていた。


 でも、ここまでだとは思っていなかった。


 父に……情が全く残っていないなんて……。


 置かれた状況に震えながら立ち(すく)んでいると、他人事の少女がクスッと笑った。




「仕方ないよ。貴方と私じゃ、存在価値が違うんだから」




───────────




 夢特有の、唐突な場面の切り替わり。


 自宅から、殺風景な戦地の光景に移り変わった。


 生体兵が収容される、宿舎の大広間。


 その広間に、多くの兵士達が溢れかえっていた。


 戦闘も終わり、つかの間の休息が与えられているというのに、みんな表情が険しい。


 バトルスーツもそのままだ。余裕のない顔色は、今にも殺し合いを始めそう。


 殺気立つ雰囲気の中、呑気な声が聞こえてくる。


「もうさ、白黒ハッキリつけようぜ」


 首を回しながら、ストレッチを始める少年。


 年齢は十代前半。アジア系の素朴な男の子。


「お前らの主張は分かった。俺達が空気を読まなくて、ヘラヘラやってんのがムカつくってのは、なんとなく分かった」


 少年が伸脚、屈伸を繰り返す。


 今にもスポーツを始めるかのように、彼は身体をほぐし続けた。


「まぁ、本音を言うと気持ちは分かるんだよ。俺だって当事者じゃなかったら、もっと空気読めって思うし」


 垂直跳びを行い、身体を温めた少年は殺気立つ兵士達を見渡した。


「でもさ」


 一呼吸置いて、彼は言葉を続けた。


「泣いたところでなんになんの? 癇癪を起こして、喚き叫んで、死にたくない死にたくないーってアホみたいに暴れて、この状況が変わるの? いい加減にしろよボケナス共」


 吐き捨てるように、少年が毒を吐く。


 頭をぽりぽりと掻きながら、冷たい瞳を作った。


「お前らと一緒にいると、ほんと気が滅入るわ。ほとんどの連中が俺達より大人な癖に、えーんえーんって泣き続けやがって……俺達みたいなクソガキが覚悟決めてんのに、いつまで泣いてるワケ? 泣けばなんとかなるって思ってるの? ここは保育園か?」


 平時だったら、子供の戯言(ざれごと)だと思って聞き流せただろう。ここが戦地じゃなかったら、みんな大人になれただろう。


 でも今は、そんな生易しい状況じゃない。


 いつ死ぬか分からない、崖っぷちに追い詰められていた私達は、


 彼の発言をスルー出来なかった。




 うるさい。


 ドス黒い感情が溢れてくる。


 うるさい。


 私だって、泣きたいワケじゃない。


 私はここに来る必要なかった。元々、選ばれたのは妹だった筈だ。私がここにいる理由はないのに、なぜ涙を流すことすら許されないのだ。


 うるさい……うるさいっ……!!


 苛立ちが加速する。


 何も知らない癖に、好き勝手言うな。


 何も残っていない人間に……帰る場所すら残されていない人間に……そこまで言ったらどうなるか、分かっているのでしょうか?


 全てを失っている私に────


 感情が爆発する。


「うるさいっ……うるさいですっ!!」


 湧き上がる怒りが、私を衝動的に立ち上がらせる。


 肩口に切り揃えた銀髪を振り乱しながら、煽る少年へと詰め寄った。


「バカにしているのですかっ!?」


「ん?」


「勝手に連れてきてっ!! 問答無用で改造されてっ!! そして最前線に立たされてっ!! 泣き言を言うなって言うのですか!! バカにするのも大概にして下さい!!」


「気持ちは分かるって言ったよな? その上で泣いてても仕方ねぇって言ってんの。士気が下がってんの分かる?」


「そんな簡単に割り切れないんですっ!! 貴方だって当事者なのに、なぜそんなことが言えるのですかっ!!」


「生き残りたいから。そんなことも分からねぇのかよ」


 呆れながら溜息を吐く姿に、怒りが止まらない。


 マジで何も分かってない。私がどんな気持ちなのか、まるで分かってない。


 そもそもコイツは頭がおかしいのだ。


 毎日毎日ヘラヘラ笑いやがって……こんなクレイジーなヤツと、繊細な私を一緒にするな……っ!!


「ねぇ………………四分咲はどう収拾をつけるつもりなの?」


 仲裁に入るかのように、一人の少女が近づいてくる。


 金髪を二つ結びにした彼女は、光りのない、死んだ魚のような瞳をしていた。


「これ以上言ったら、みんな止まらなくなるよ? ただでさえ自暴自棄になってるんだから、煽るのはやめてよ」


「ピンクスターがそうやって甘やかすから、みんな現実から目を背けるんだろーが。お前、このままでいいと本気で思ってるのか?」


「………………え?」


「こんなモチベーションで最強種を討伐出来るのか? このままじゃダメだって、お前だって分かってるだろ」


「………………」


 彼の一言で、無表情だった少女の顔が歪む。


 痛いところを突かれたのか、少年から目を背けた。


「俺は必ず生き残る」


 いつも変わらない、どこまでも平常運転な口調。


 誰もが殺気立つ中、彼は吐き捨てるように語り続けた。


「葉っぱや薬に頼って、現実逃避するような連中とは違って、俺達は絶対に生き残るって決めてんだよ。お前らみたいな、すぐに諦める腰抜けとは違うんだ…………死にたがりの弱虫共は、俺の視界に入ってくんじゃねぇよ!!」


 さらに煽る少年。


 あまりの暴言に、周囲から怒声が飛び交う。それこそ「殺すぞコラァ!!」や「ナメた口きくなよクソガキ!」といった攻撃的な言葉が投げかけられる。


 それを聞いた少年は嬉しそうに笑った。


「おーおーっ!! さっきまで泣いてた癖に、えらい強い言葉を使ってくんじゃねぇかぁ〜!! クソガキにバカにされて、怒っちゃったんでちゅかぁ〜!?」


「いい加減にしろよコラァ!! 潰すぞ!!」


「黙って聞いてれば図に乗りやがって!! グッチャグチャにしてやろうかぁ!?」


「あははは!! やってみろよヴァ〜カ!! お前らみたいなヘタレに、俺が負けるワケねぇだろ!! バーカバーカ!! あははは!!」


 ゲラゲラと笑いながら、距離を取るように跳躍する少年。


 同時に戦闘準備に入る、怒りに狂った、私を含む兵士達。


 金髪を二つ結びにした少女が寂しそうな表情を向ける中、


 私達の思い出深い()()()()は、この日を境に始まった。




──────────




 深夜の寝室。静寂に包まれる闇の中。


 久しぶりに懐かしい夢を見たせいか、かなり中途半端な時間に目が覚めてしまった。


 最近は、良く眠れるようになったと思っておりましたのに……それだけ今日の出来事はストレスだったのでしょうか? こんなに不安定な気持ちになったのは久しぶりです。


 布団から抜け出し、軽く目を擦る。


 胸が苦しい。


 昔を思い出し、モヤモヤとした不安に襲われる。


 彼のぬくもりさえあれば、この不安は払拭されると思うのですが……彼はいったい何処へ行ったのでしょうか……?


 ぼんやりとした思考で、周囲をキョロキョロと見渡す。


 すぐに意中の人を発見出来た。




 体育座りで、暗闇の中、どんよりとした表情でスマホをスクロールしていた。




「あ、あの……いったい何をやっておりますの……?」


 顔が完全に死んでおりますわ。ちょっとビビりましたわ。


 私が声をかけると、タカシ君は沈んだ口調で呟いた。


「お前の……シェリーちゃんねるのコメント欄を見てるんだよ……どうしても気になって……仕方なくて……」


「こんな時間まで起きておりましたの? もう三時を回っておりますが……」


「眠れねぇんだよぉ……なんでみんな、俺のことを書き込んでんのぉ……? ここにコメントしてる人なんて、ほとんど面識ないよぉ……? ってか、サクラってあだ名な〜に〜……?」


 絶望した様子で、スマホをスクロールしている。


 戦地では底抜けに明るくて、私達を引っ張ってくれたタカシ君。


 生存率が絶望的に低い戦場でも、スヤスヤと眠っていたタカシ君。


 そんなタカシ君が感情を全開にして動揺している。


 本当に変なところで小市民っぷりを発揮するといいますか、なんといいますか……。


 スマホを取り上げて、彼を抱き寄せた。


「ほらほら。もう眠りますわよ。ワタクシのダイナマイトバストで慰めてあげますから、スヤスヤ眠って下さいまし」


「いや……今、対策打っとかないと収拾つかなくなるだろ……一つずつコメント消さないと……」


「焼け石に水ですわよ。さっさと寝ますわよ」


「ドキドキして眠れないんすよぉ……こんなザワザワした気持ち初めてなんすよぉ……」


「どんだけ動揺しているんですか……相変わらず、面白い方ですわね……」


 さらに強く抱き寄せ、私のダイナマイトバストを押し付ける。


 隣で眠るナタリーさんがタカシ君のパジャマを掴んでいたようだけど、おかまいなしに引き剥がして抱き寄せる。


 彼のぬくもりが服越しに伝わってきた。さっきまでの不安が払拭されていく。


 安心感が凄い……やっぱりタカシ君は最高です……。


 タカシ君も諦めたのか、スヤスヤと寝息が聞こえ始めた。


 彼の寝息を聞いた私も、睡魔に襲われる。




 最愛の彼と過ごす、待ちに待った夏休みが始まった。

 八章前編、毎日投稿したいと思います。21時頃を目安に投稿しますので、宜しくお願い致します。


 再開にあたり、ご報告がございます。

 なんと、2025年7月4日にコミカライズ一巻が発売されます!




挿絵(By みてみん)




 高い画力の紗和先生に、私の癖の強い作品を綺麗にまとめて頂きました。漫画になって暴れるタカシ君を、是非ご覧下さい。


 また、2025年9月5日に原作三巻が発売されます。こちらについては追ってご連絡をさせて頂きます。


 最後になりますが、コミカライズや三巻が出版されますのは、応援して下さった皆様と、一、二巻をご購入して下さった方々のおかげであります。


 本当にありがとうございました。


 そして、評価、ブックマーク、感想を頂き、大変ありがとうございました。皆様の応援があってのタカシ君でございます。


 今後も面白い作品作りに努めますので、宜しくお願い致します。

 (^o^)ノシ



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― 新着の感想 ―
 シェリーの姉妹って……あの人なのか……
シェリーの元家族のザマァは、 書籍版で読めますか?
更新キターーー!!!!
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