84話
ファミレスに移動し、適当に注文しながら調べること、数十分。
なぜ登録者が減ったのか、あっさり分かった。
どうやらシェリーの学校生活を撮った画像がネットに流出したみたいで、それを見た一部のファンが暴走してるっぽい。
その結果、動画のコメント欄が荒らされ、視聴者がウンザリし、チャンネル登録を解除するという流れが生まれてしまっているようだ。
まとめサイトにも取り上げられてたからね。流出した画像も確認できたから、間違いないと思う。
……………………うん。
まぁ、嫉妬する気持ちは分からんでもないよ?
黙っていれば可愛いツラしてるもんな、ウチの残念娘。
だから許せなかったんだろうね。
シェリーが見ず知らずの男に抱きついていたら、嫉妬で許せなくなるよね。
しかもその相手が、どっからどう見ても陰キャだったら、なおさら許せないよな。分かるよ。分かりたくないけど。
……………………はぁ。
大きな溜息を吐きながら、もう一度流出した画像を眺める。
そこには、
俺に抱きつくシェリーの姿が写っていた。
まさかの飛び火に、目頭を押さえる。
「なぁ……この画像って、シェリーが有り金を全部溶かした時の画像だよな?」
「そうだと思うよぉ〜。シェリーの持ってるスマホに、FXの画面が映ってるしぃ〜」
「ってことは、この画像を流出させたのはクラスメイトになるワケね。やってくれんじゃねぇか……ボケェ……クラァ……」
「でもさぁ〜、アイツらってヒメナ喰らってるワケでしょぉ〜? こういう嫌がらせって出来んのぉ〜?」
スマホに落としていた視線を、こちらへ向けるナタリー。
不思議そうな表情で、大きな猫目を細めている。
そういやVからZまでの特性って、ナタリー達も詳しく知らないんだっけ。
あまりにも人道に反する特性だから、説明するのが億劫になって。
仕方なく、X種ヒメナの詳細を説明する。
「『話しかけるな』と『絡んでくるな』っていう約束しか交わしてないから、こういう間接的な嫌がらせは出来るんだよ。完全に盲点だったわ」
「あれ? ヒメナってそんなに融通のきく特性だっけ? 大雑把な約束しか交わせないんじゃなかったぁ〜?」
「フェイクを混ぜてたんだよ。細目まで約束を交わせられるって知れ渡ったら、下手すりゃ拘束対象になっちまうし」
「細目……あぁ〜……確かにそうだよねぇ……ルッカと違って、効果は永続するしぃ……ノーマル軍には、絶対にバレちゃ不味い特性だねぇ……」
察しのいいナタリーが、はぇ〜と唸る。
相変わらず、頭いいな……コイツ……。
たったこれだけのやりとりで、ヒメナのヤバさを理解したワケだし。
ナタリーに感心していると、能面のようなシェリーが呟いた。
「この写真、花村氏が撮った写真ですわね」
「え? そうなの?」
「間違いありません。この当時、ワタクシにスマホを向けていたのは花村氏だけですから」
「なんだよ。分かってたなら、その時点で言ってくれよ。そうすりゃこんな結果にはならなかっただろうし」
「タカシ君を関わらせたくなかったんですの。それくらい、ムカついておりましたから」
シェリーの三白眼に浮かぶ、瞳孔がキュッと小さくなる。
無表情の深呼吸が、増え始める。
イヤな癖が見え始めたシェリーは、戦地にいた頃のような冷たい口調で囁いた。
「ヤっちゃっていいですか?」
「ヤるって……何を?」
「花村氏をですわ。ヤっちまっていいですか?」
「いや、落ち着けよ……なにガチな空気出してんだ……流石にヤるのは不味いって……」
「いい加減、我慢の限界なんですの。これ以上、舐め腐った真似をされては、六花さんは勿論、英雄さん達に顔向け出来ませんし」
「あ、それならアタシもついてくよぉ〜。アタシの中の破壊衝動が叫びたがってるしぃ〜」
「ナタリーもノるなって……」
ナタリーはともかく、シェリーがここまで強い口調で喋るのは珍しいな。
それくらい、配信を邪魔されたのがムカついたのか。まぁ、俺もムカついてるけど。
怒りを鎮めるように、二人の頭を撫でる。
「花村の処遇は俺に任せてくれよ。飛龍と一緒に、懲らしめてくるから」
「なんで飛龍さんを連れていきますの? ワタクシを連れてって下さいまし」
「お前が行ったら、滅茶苦茶にするじゃん。ここは数少ない、常識人枠の俺達に任せろって」
「飛龍はもう、常識人じゃねぇけどなぁ〜」
ナタリーが楽しそうに、ケラケラと笑う。
そういやアイツ、性転換してたっけ……戦場のイメージが強かったから、バカやらかしたの忘れてた……。
俺の提案に、渋い表情を浮かべるシェリー。
しばらく考え込んでいた彼女は、大きく溜息を吐いた。
「はぁ〜……本当に甘いお方ですわね……怒っているのが、アホらしくなりますわ……」
「だろぉ? 花村は俺に任せて、今後のことを考えた方が建設的だって」
「ですわね。ワタクシ、切り替えますわ」
険しい顔を緩め、朗らかな笑みを浮かべるシェリー。
優しい口調に戻った彼女は、聞き捨てられないことを呟いた。
「一番の被害者であるタカシ君が、そこまで言うのですから」
不穏な言葉に、眉をひそめる。
唐突なセリフに、表情が強張る。
俺の動揺に気付いたのか、シェリーも眉をひそめた。
「タカシ君、どうしましたの? そんなに険しい顔をして」
「いや……俺が一番の被害者って、どういう……」
「え? 言葉通りですけど?」
「え?」
「え?」
シェリーの顔が、どんどん険しくなっていく。
まるで、『冗談ですわよね? ジョークですわよね?』って顔に染まっていく。
見つめ合う俺達に、ナタリーが入ってくる。
「タカスィって、自分の評価を気にしない人だから、この反応はガチだと思うよぉ〜」
「…………マ、マジですの? 流石に自己評価が低すぎかと……」
「たぶん、シェリーが怒ってた理由も分かってねぇんだろうなぁ〜」
「無断着すぎますわよ……やっぱりタカシ君ってバカですわ……」
憐憫の視線を向ける、ナタリーとシェリー。
なんなん……? この反応……何が起こってるんや……?
慌てて彼女達に質問した。
「ど、どういうこと? シェリーの画像が流出して、シェリーのチャンネル登録者が減って、なんで俺が一番の被害者になんの? 被害者はシェリーじゃ────」
「登録者減少の件は、もう解決しましたわ。その内、爆発的に増えるでしょうし」
「は、はい? 爆発って……ど、どういう……」
「あ、爆発が始まりましたわ」
スマホを眺めていたシェリーが、画面をこちらへ向ける。
ディスプレイには、動画投稿サイトのマイページが映っていた。
先ほどまで、八万人くらいだった登録者数。
その登録者が、
いつの間にか百倍に膨れあがっていた。
異常な増え方に、絶句する。
「水蓮寺高校ってぇ〜、制服が特徴的だからすぐに特定されるんだろうなぁ〜」
「これでついにオリヴィアさんに見つかりますわね。あの方、金に物を言わせて日本中の探偵を雇うでしょうし」
「タカスィのファンも集まるんじゃねぇのぉ〜? いやぁ〜、この片田舎が、世界有数の観光地になってしまいますなぁ〜!」
「ワタクシのチャンネル登録者、完全にタカシ君目当てで登録してますわね……コメント欄、タカシ君を出せで埋め尽くされてますわ……もうタカシ君チャンネルですわ……」
意味深な会話をする、ナタリーとシェリー。
イマイチ状況が掴めず、困惑するしかない俺。
ど、どういうこと……?
何かとてつもないことが起こっているのだけは分かる。それだけはなんとなく分かる。
不穏な会話を続ける二人を、俺はただ、戸惑いながら見つめることしか出来なかった。








