83話
「タカシ君、ナタリーさん。ワタクシを見て、何か気付きませんか?」
一学期、最終日。終業式が始まるまでの、僅かな待機時間。
ナタリーと教室で雑談してたら、シェリーがドヤ顔で近寄ってきた。
俺達の目の前に立つと、フフンと両手を腰にあてる。
「昨日までのワタクシとは、大きく違うところがありますの。ワタクシの変化、分かりますか?」
「変化?」
唐突な質問に首を傾げていると、ナタリーが「はいは~い」と手を挙げた。
「分かったぁ〜。便通が良くなったんだろぉ〜」
「ちゃうわい。そんな下品な報告するワケねぇでしょ」
「じゃあ、性癖が変わったのかぁ〜?」
「人の話を聞いております? なんですか性癖って。もっと真剣に考えろですわ」
「あ! もしかしてバカが治ったのかぁ〜? おめっとぉ〜!」
「違いますわ。バカは全く治ってねぇですわ────って、おちょくっておりますの!? 当てる気ねぇでしょ!?」
腰にあてていた両手を突き上げて、ムキーッと吠える。
ついにバカを認めやがったなコイツ……まぁ、別にいいけど。
俺も、二人の会話に混ざる。
「髪でも切ったん? その割には、あんまり変わってないように見えるけど」
「あれま!? タカシ君もワタクシの変化に気付きませんの!? もっとよく観察して下さいまし!!」
「んー……? 化粧品を変えたとか?」
「ぶっぶー。ワタクシすっぴんですぅ〜。化粧水しか使っておりませ〜ん」
「香水を変えた……?」
「はぁ……タカシ君も気付かないのですね……はぁ……」
大げさに溜息を吐きながら、わざとらしく首を振るシェリー。
『これだからタカシ君は鈍感で困りますわ』と言わんばかりの仕草。
思わず悔しくなって、こっそり特性を使う。
「変化……変化……変わったところなんてあるか? 違いが全く分からんのだけど……」
「もぉ〜……なんで気付きませんのぉ〜……? グレィス使っていいですから、もっとよく見て下さいまし」
「使ってコレなんだよ……ごめん、答え教えてくんない?」
「もぉ〜……タカシ君もナタリーさんも、本当にダメダメですわねぇ〜……もぉ〜……」
軽く俺達をディスりつつ、ポケットからスマホを取り出すシェリー。
数秒操作した彼女は、おもむろにディスプレイをこちらへ向けた。
「十万」
「え?」
「チャンネル登録者数、十万の女になりましたの」
「………………」
「一夜にして十万。ネットを震撼させ、バズり散らかした美少女が爆誕ですわ」
「………………」
「全くぅ……人気者となったシェリーちゃんに気付かないなんてぇ……二人とも鈍感さんで困りますわぁ……全くぅ……」
「なーにニヤニヤ笑ってんだよ。遠回しに自慢してきやがって」
表情が緩みまくっているバカに、アイアンクローをぶちかます。
必殺技を食らっても、シェリーはニコニコと笑うだけだった。
上機嫌な様子に、釣られて笑う。
「十万ってすげぇな。ここまで人気が出るなんて思わなかったわ」
「ワタクシも、ここまでのびるとは思っておりませんでしたわ。完全に、凛子さんのおかげですわね」
「これからもコラボしてくれるっていうから、もっと登録者が増えていくと思うよ。良かったな」
「凛子さんには一度、お礼をしなきゃなりませんわね……今度、取っておきの一発芸を彼女に────」
「卒倒するからやめーや。お前の取っておきって、グロ耐性ある俺だってキツイんだから」
不穏なことを呟くシェリーにツッコミを入れる。
そうやって穏やかに会話を重ねていると、シェリーのスマホを眺めていたナタリーが、コクンッと首を傾げた。
「チャンネル登録者、十万いってなくねぇ〜? なんか、どんどん減ってるっぽいんだけどぉ〜」
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「な、なんでですの!? なんで登録者が減っておりますの!?」
ドヤ顔が一転して、涙目になったシェリーがスマホを操作する。
酷く慌てた様子で、動画投稿サイトのマイページを確認している。
「今朝確認した時は、間違いなく十万を超えておりましたの! たくさん小躍りしましたのっ!!」
震える指先で、スマホをなぞる。
減少が止まらないと悟ったのか、結構ガチめに泣き始めた。
「ひっく……や、やっと誇れるモノを見つけたと思いましたのにぃぃ……ア、アンに負けないぃぃ……取り柄が出来たと思いましたのにぃぃぃ……うぁぁぁぁん……」
そして彼女のスマホに、ポタポタと涙が溢れ落ちる。
数分前までドヤ顔で笑ってたのに……なんか可哀想になってきたな……。
むせび泣くシェリーの背中を擦りつつ、ナタリーに話を振る。
「何が起こってんの?」
「ん〜……シェリーちゃんねるの登録者が、どんどん減ってるっぽいんだよぉ〜。こんな減り方、珍しいなぁ〜」
「原因は? 登録者が減っていく原因ってなに?」
「ん〜……調べてないから、そこまではちょっと分かんないかもぉ〜……」
ナタリーも不思議そうに、首を傾げている。
普通じゃない減り方をしてるってことは、何かしら問題が起こってる可能性あるのか。
シェリーに視線を戻す。
哀愁を漂わせながら、えぐえぐと涙を零していた。
うーん………………。
なんとかしてやりたいって思っちゃうんだよなぁ……。
シェリーはバカで残念で泣き虫で、失敗ばかりするようなヤツだけど、こういう姿をみると、なんとかしたいって思っちゃうんだよなぁ……。
惚れた弱みってヤツだな。知らんけど。
ポリポリと頭を掻きながら、立ち上がった。
「ごめん。俺、帰るわ」
「ん〜? 終業式はぁ〜? サボるのぉ〜?」
「そうだよ。原因調べなきゃならんからね。そんじゃ、お先」
手早く帰り支度をして、教室を出る。
数秒後。
ナタリーとシェリーが慌てながら、カバンを抱えて追いかけてきた。
「ち、ちょぉ〜! 置いていくなよぉ! ビックリしたじゃんかぁ!!」
「待って下さいましぃ〜……うぁぁぁん……置いてかないで下さいまし〜……」
「ん? お前らもサボんの? 別に付き合わなくていいのに」
「タカスィはぁっ! アタシの傍を離れるなっていつも言ってるだろぉ!! アタシがいなきゃダメな人なんだからぁ!!」
「よしよしして下さいましぃ〜……うぁぁぁん……よ゛し゛よ゛し゛ぃ゛〜゛……」
「騒がしい奴らだなぁ……」
バカ共の会話を聞き流しつつ、昇降口に向かう。
そのまま俺達は、近所のファミレスへと移動した。
──────────
お手洗いを済ませた巴ちゃんは、愕然としていた。
なにやら急に、タカシ達が早退をかましたようだ。
なにかトラブルがあったみたい。近衛隊が言うには、緊急を要する内容だったそう。
タイミングを逃した巴ちゃんは、ギリッと歯を食いしばる。
タイミングの悪い自分の膀胱を、これでもかと恨む。
また一つ、彼女は見逃してしまったのだ。
面白そうな瞬間を。








