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81話


 芸能活動を休止し、メディアは勿論、SNSからも姿を消した凛子から、「友人の動画配信に出たいんだけど…………不味いかしら?」と連絡が入ったのは、つい先日のこと。


 プロデューサー兼、マネージャーの伊藤麗子は、粉骨砕身の思いで奔走していた。


 このチャンスをモノにすれば、連日ストップ安の株価はいくらか持ち直すだろう。ファンからの爆破予告も、少しは落ち着くに違いない。


 そうすれば、不毛な開示請求に追われる必要はなくなるのだ。誰も幸せにならない争いが落ち着くのだ。


 だからこそ、この案件に失敗は許されない。


 変にケチって、見所の無いボンヤリとした動画は、絶対に作れない。


 予算度外視で、彼女はスタッフを手配した。




「麗子さん……本気出しすぎじゃないの? まだ収益化が決まってないチャンネルに、こんなに経費使って大丈夫?」


 装飾も終わり、無名配信者の撮影現場にしては豪華すぎるレンタルルームの一室で、


 到着するや否や、凛子が苦言を呈してきた。


 あなたが活動休止するとか言わなきゃねぇ……ここまで必死にならなくて済んだのよ……という文句をグッと飲み込み、いつもの人当たりのいいスマイルを浮かべる。


「もっちろん大丈夫! この程度の経費なら、余裕で返せるよ!」


「そうなの? キー局ばりの撮影クルーがいるけど……」


「全然大したことじゃないって! 凛子ちゃんが出てくれるなら、余裕でペイ出来るから!」


「本当……?」


 どこか怪訝そうな様子で、スタッフを眺める凛子。


 疑いの眼差しを向けているが、麗子の言っていることは的外れではなかった。


 桔梗ヶ原凛子の影響力は、もはや社会現象。


 凛子が出演するだけで視聴率は跳ね上がり、凛子が掲載されるだけで雑誌は重版を繰り返す。

 

 彼女が使用しているという“噂”が流れただけで、その化粧品は市場から姿を消したこともあった。転売屋が買い占め、定価の二十倍で取り引きされていたこともあった。


 地元から全く上京しない凛子の為に、わざわざテレビ局の方から訪問して、番組を撮影するくらいなのだ。そんな令和を代表するインフルエンサーが、コラボをするのだ。


 どう考えても余裕でペイできる。


 コラボ先の相手も、銀髪外国人美少女だったから、人気が出ない筈はないと確信していた。


 さらに──────────


「それじゃあ、大喰い系の動画を撮るんだね」


「凛子には普通に食べてもらって、その隣でシェリーがドカ食いすんの。見た目のインパクトもあるし、結構面白いんじゃないかな」


「料理は私が作ってあげよっか? このレンタルルーム、キッチンが備わってるみたいだから手伝わせて!」


「いいの? 文香の料理って、そこいらの飲食店より美味いから助かるよ」


 凛子と一緒についてきた、文香という女の子がかなり可愛かった。


 それこそ、凛子と遜色がないくらいに可愛かった。


 あの女の子も動画に出てくれれば、さらにチャンネル登録者は増えるだろう。料理中の動画を撮れば、登録者は加速するに違いない。


 さらにさらに────────


「大喰い動画もいいけど、スーパープレイも撮らないかい? この前やったバスケみたいな、超絶プレイとか!」


「ダメに決まってんだろ巴さん……何しれっと言ってるんだ……」


「なぜ錬児君がダメとか言うんだよ……余計なこと言うなよ……」


「言うに決まってるだろ……あんな姿がネットに流れたら、別の意味で大騒ぎになるじゃん……」


 呆れ顔を浮かべる錬児と、子供のように不貞腐れる巴ちゃん。


 この業界に長い麗子ですら、見たことがないレベルのイケメンと、妖艶で中性的な女の子がこの場にいるのだ。


 出来ることなら、彼らにも出演してもらいたい。金髪外国人には出演を断られたので、彼らにその穴を補ってもらいたい。


 さらにさらにさらに────


「ごめんな、巴ちゃん。これはシェリーのチャンネルだから、俺は出演出来ないんだよ。ごめんな」


「…………じゃあ、タカシさんのチャンネルも開設しようよ。ボクが手伝ってあげるから」


「ごめんな、巴ちゃん。そもそも俺、ネットに顔を出したくないんだよ。ごめんな」


「じゃあじゃあ、ネットにはあげないから、あとで個別に撮ろうよ。そうしようよ」


「それ、巴ちゃんが見たいだけじゃん……投稿関係ないじゃん……」


「ああそうだよっ! 見たいんだよっ! 別に見せてくれてもいいじゃんかぁ!!」


「開き直んなや……」


 わなわなと震える巴ちゃんに、呆れ顔を向ける少年。


 麗子はあの少年のことが、気になって気になって仕方なかった。


 彼は恐らく、選抜兵の生き残りだ。


 事務所を襲ってきた暴漢から救ってくれた、命の恩人なのだ。


 少年が、四分咲タカシと名乗ったことから間違いないだろう。


 事件当日、事務所に現れた国連軍に、『今回の襲撃の件と、シブサキタカシについて絶対に他言禁止』という誓約書を書かされたくらいだ。


 十中八九、彼がその『シブサキタカシ』なのだろう。


 心の中で、ほくそ笑む麗子。


 シェリーのチャンネルは、恐らく爆発的な人気を博すだろう。


 令和のインフルエンサーを始め、それに匹敵する美男美女がチャンネルに協力するのだから。


 そして、業界でまことしやかに噂になっている“シブサキタカシ”が裏を支えるのだ。


 もし彼が、シェリーのチャンネルに出演したらどうなるのだろう?


 表舞台に立とうとはしてないが、万が一、彼が表舞台に立ったらどうなるのだろう。


 スポットライトをあてられた時、麗子が彼をプロデュースするのだ。


 ビッグマネーの動く臭いが、ぷんぷんする。


 十パーセントという破格のマージンは、そんな思いが込められた金額だった。




───────────




 色々な思惑が渦巻く中、タカシ達は動画撮影を始めた。


 気の利いたことが言えない凛子と、発言をする度に残念な印象しか与えないシェリーを喋らせるワケにもいかず、終始無言で料理を食べ続けるという、なんともシュールな動画を作り上げた。


 そしてその日のうちに動画を編集し、翌日には動画をネットにあげた。


 芸能事務所に勤める大人達が、本気を出して編集した動画。


 令和のインフルエンサーと、銀髪外国人美少女の食事風景を撮影した、シュールな映像。


 その動画は、






 投稿から半日が経った辺りで、日本のトレンドを全て()(さら)った。


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