80話
「タカスィ……なんか大事になってきてない?」
「なってきてるな……この展開はちょっと、予想してなかったわ……」
「凛子さんって、ワタクシが思っていた以上に凄い方だったんですのね……みんな熱量がヤッベーですわ……」
夏休み前の最後の週末。
二十畳ほどあるレンタルルームの片隅で、俺達はスタッフさんを眺めていた。
まるで映画撮影のように、カメラマンやら音響さんがせっせと動いている。
さらにその脇では、スタイリストさんの姿。大きなバックから沢山の化粧品を取り出して、メイクの準備を始めている。
これは全て、『シェリーの動画投稿』が目的。
シェリーの生活費を稼ぐ為に、沢山の大人達が集まっていた。
………………どうしてこうなった?
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凛子に配信の相談をしてから、二日が経った頃。
彼女の所属するモデル事務所から着信が入った。
内容は『凛子ちゃんが君達のチャンネルに出るって聞いたの! ひ、一口噛ませてくれないかな!?』といったもので、撮影や動画編集、撮影場所の提供、その他もろもろを手伝うから、共同で配信させてほしいといった提案だった。
どうやら凛子の活動休止は、事務所にとってかなりの痛手だったみたい。
営業利益のほとんどを彼女に頼っていた事務所は、どうにかして凛子コンテンツに乗っかりたかったようだ。
カリスマモデルって認識はあったけど、ここまでとは思ってなかったなぁ……凛子ってすっげぇ成功してたんだな……。
改めて幼馴染の影響力にビビっていると、シェリーに服の裾を引っ張られた。
「あの……こんなに人を動かして大丈夫なんですの? 後で高額請求とかされません?」
「撮影にかかった経費は、事務所側が全額負担するってよ。ただ、収益の十パーセントは欲しいって言われたけど」
「十パーセントも上前をはねられますの? 個人でやった方が良かったのではありませんか?」
「動画編集までやってくれるから、十パーセントはかなり良心的だと思うぞ。こういうのって大体、二十から五十パーセントが一般的っぽいし」
そもそも、俺達に動画編集のスキルなんてない。
そこをプロに丸投げ出来るのだ。収益化も決まってないシェリーのチャンネルに、ここまで擦り寄ってくる企業なんて他にないだろう。
十パーセントで済むなら、喜んで手を組むべきだ。
「そんなことよりさぁ〜。どんな内容の動画を撮るつもりなんだぁ〜? ジャンルはぁ〜?」
ナタリーの質問に、シェリーが良くぞ聞いてくれましたって顔になっていく。
「実はワタクシ、既に何本か試し撮りを済ませてありますの! 絶対バズる内容を! 何本かっ!」
そう言って、ポケットからスマホを取り出した彼女は、自分が撮ったであろう動画を流し始めた。
「どうです!? ワタクシ的には、中々いい映像が撮れたと思うのですが!」
「な、なんだよぉ……この動画ぁ……」
「まずはインパクトが大事だとを思いまして、ワタクシの最も得意とする分野を撮影しましたの! どうでしょうか!? めちゃんこ映えません!?」
「……………………」
ナタリーが珍しくドン引きしながら、俺に視線を送ってくる。
スマホには、ニコニコ顔のシェリーが、大きな鉈に形状変化させた右腕を、まな板に置いた左腕に振り下ろす姿が映っていた。
ざっくんざっくんと、大根を切るかのように切断されていく左腕。
切断面から、血飛沫が飛び散る。
スプラッター映画を彷彿とさせる中、シェリーの左腕から、新たな腕がニョキニョキと生えた。
休戦中、散々見てきたシェリーの一発芸。
ゾンビとあだ名される少女の、十八番が映っていた。
「どうです!? めちゃんこ笑えません!? マトリョーシカって題名にしようと思ってますの!」
「却下」
「却下に決まってんだろぉ〜。ボケナスぅ〜」
「な、なんでですのぉ!?」
絶望した表情で、俺達に噛み付いてくるシェリー。
このバカ、これでふざけているワケじゃないからタチが悪い。
こんな凄惨な内容、流せるワケねぇだろ。特性も使ってるし、アカBANされて終わるわ。
「じ、じゃあ! 紐なしバンジージャンプの実況動画なんてどうです!? 大地に叩きつけられる瞬間は、ドッキドキ間違いねぇですわ!!」
「ナタリー。なんかいい案ない?」
「んー……アタシ達って結構ガッツリ食べるから、大喰い動画なんてどうかなぁ〜? シェリーって見てくれだけは良いから、可愛い子が沢山食べる動画なら再生されんじゃねぇのぉ〜?」
「し、主役のワタクシを放置して、勝手に話を進めないで下さいまし! ほ、ほらっ! 他にも動画を撮りましたのよ! コチラは、ジャパニーズえんこ詰めという内容で────」
「あー……大喰い動画かぁ……料理系のコンテンツって、結構人気あるからイケるかもな。俺もよく、バーベキューの動画見てるし」
「豪快な料理は見てて面白いよなぁ〜。カマンベールチーズを隙間なくベーコンで巻いて、カツにして揚げる動画とか何回見ても面白かったしぃ〜」
「なにそれ? くっそ美味そうじゃん。海に行ったら絶対作ろうぜ」
「やっぱさぁ〜、タカスィとアタシは趣味が合うんだよなぁ〜。もうさぁ〜、とっとと籍入れようぜぇ〜」
「ワ、ワタクシを無視するなですわぁぁぁぁぁ!! ワタクシを見て下さいましぃぃぃぃぃ!!」
グロ動画を片手に、俺とナタリーに割り込むシェリー。
顔を真っ赤にするバカを放置しつつ、俺達はチャンネルの方向性を考えた。
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そうやって雑談をすること数十分、そろそろ凛子(と野次馬目的で来ることになった文香と錬児と巴ちゃん)が到着する時間が近付いてきた。
会場の準備も整ってきたようで、シェリーは一足先に、スタイリストさんにメイクをしてもらっている。
どこか緊張した様子で、鏡の前に座るシェリー。
そんな彼女を遠巻きに眺めながら、抱きついてくるバカに視線を移した。
「ナタリーはいいのか?」
「んぁ〜? なんがぁ〜?」
「プロのスタイリストさんに、メイクしてもらわなくていいのか? こういう機会なかなかないぞ?」
俺の言葉に、キョトンとするナタリー。
少し悩む様子を見せ、やがて口を開いた。
「メイクしたら、アタシも動画に出ろって言われな〜い?」
「言われるかもね。ナタリーも外面は可愛いから」
「内面も可愛いだろぉ〜。むしろ内面の方が可愛いだろぉ〜」
嬉しそうな微笑みを向けられる。
抱きつく力を強め、もたれ掛かってきた。
「でもまぁ、アタシはいいや〜。せっかくだけど今回は遠慮しとく〜」
「え? 珍しいな……お前が遠慮するなんて……」
「動画に出ろって言われるのは困るからさぁ〜。興味はあるけど止めとくよぉ〜」
俺の腕に顔を擦りつけながら、彼女は言葉を続けた。
「もう二度と表舞台には立ちたくないしぃ〜」








