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79話


 肉食女子が、節操なく騒ぎ立てている頃。


 天乃君はストレス性の胃腸炎で寝込んでいた。


 症状は日に日に悪化していき、未だ治る目処が立たない。


 こういう時は、ストレスの原因を遠ざけて安静にするのがいいのだが……天乃君にはそれが出来なかった。


 よせばいいのに、今日もネット検索を繰り返している。


 彼は布団に包まりながら、どんよりとした表情でメッセージ投稿アプリをスクロールした。


【サクラ様の生写真をついにゲット出来ました! これから毎日チュッチュ出来るかと思うと、下腹部のあたりがキュンキュンします! 千ドルかけた甲斐がありましたよ!】


【サクラ様と結婚したいなんて夢見ないから、せめてサクラ様の子供を産みたい。出来ることなら四人産みたい。欲を言うなら、全員男の子がいい】


【出生率をあげる為に、サクラ様に採精をお願いするのは如何だろうか? サクラ様の遺伝子は世界中の宝。是非とも国連の議題に挙げ、検討してほしいものだ】


 ズラッと並ぶ、翻訳を終えた呟き。


 熱狂的で変態的な海外勢の投稿に、天乃君は頭が痛くなった。


 これが他人事なら、どれだけ良かったことだろう。


 この『サクラ』が、BANを避けるために生み出された四分咲タカシの暗喩でなければ、どれだけ救われたことだろう。


 キリキリと胃痛に襲われながらも、更にスマホをスクロールする。


【自己中心的な投稿が多いけど、僕はサクラ様が穏やかに暮らしてくれれば、それだけで幸せだって思ってるよ】


【サクラ様が居なかったら、俺達は間違いなく死んでたからな。今日もサクラ様が笑ってくれることを神に祈ってるぜ】


【もしサクラ様の笑顔を曇らせるヤツが現れたら、俺にDMしてくれ。ケ〇の穴にウージー突っ込んで、鉛玉をプレゼントしてやるから】


【おいおい〜。物騒だなぁ〜。サクラ様に危害を加えるヤツなんて居るワケねぇだろ……居るワケねぇよな?】


 アイコンが全身タトゥーまみれの男の投稿に、顔が青褪めていく天乃君。


 マフィアを彷彿とさせる連中の投稿に、ガタガタと奥歯を鳴らす。


『サクラ』と呼ばれる少年は、全世界の人達から熱狂的な支持を受けていた。


 その愛は、もはや心酔と言っても過言じゃなかった。


 そんな男を、全力でハブに追い込んだ天乃君は、情けない悲鳴をあげた。


「なんであんなヘラヘラしたヤツが選抜兵なんだよぉ……選抜兵の生き残りなんて気付くワケねぇだろぉぉぉ……」




────────────




 今でこそネットの規制は厳しくなり、サイバーポリスやAIによって即座に削除されるようになったが、規制前はかなりの数の戦争動画がアップされていた。


 それこそイタチごっこのように、毎日捨てアカから投稿があり、ちょっと検索をすれば、すぐにでもタカシの情報を手に入れることが出来た。


 勿論そんな状況は長く続かず、一週間程度のお祭り騒ぎで終息したのだが……その僅かな隙間時間で、タカシの存在を知り始める日本人が現れ出した。


 天乃君が、その中の一人。


 彼は見てしまったのだ。


 ハブにした男が、宇宙人と思われる異形の生物に立ち向かっていく動画を。


 ハブにした男が、黒いバトルスーツに身を包み、身の丈以上ある黒い刀を振り回している動画を。


 四分咲タカシが、まるでバトル漫画のように、戦地を駆け回る姿を見てしまったのだ。


 強烈な目眩と吐き気に襲われる天乃君。


 彼は、選抜兵の生き残りをハブにしてしまった。


 後悔と自責の念に襲われ、胃痛症状が悪化していく。


 今になってみれば、いくらでも気付く機会はあった。


 タカシと一緒に編入してきたナタリーが、あれだけタカシに懐いているのは、そういったバックボーンがあったからなのだ。


 巴ちゃんにしてもそう。雲雀(ひばり)家の御令嬢が、タカシにあそこまで執着しているのは、世界的な英雄だったからだ。


 もっと言えば、出国制限が解禁される“前”に帰国子女として編入してきたのだ。ナタリーという美少女に夢中で、そのことに思考が回らなかった。


 現実的では無い現実に、現実逃避をしたくなる天乃君。


 四分咲タカシは、生ける伝説だった。


 そんな世界の英雄を、彼は陥れたのだ。姑息な手を使い、擁護出来ない方法で。


 もしもこの情報がネットに流れたら、ただでは済まなくなるだろう。


 あれだけ熱狂的な連中だ。狂気を孕んだ信徒達は、間違いなく大炎上を起こし、その首謀者を炙り出すだろう。


 そうなってしまったら、天乃君は一体どうなってしまうのだろうか……それを想像するだけで、胃酸がどんどん逆流してきてしまう。


「うぅぅ……ど、どうしようぅ……どうしよぉぉぉ……」


 頭から布団を被り、うめき声をあげる。


 天乃君の懸念はそれだけではなかった。


 仮に大炎上を免れたとしても、今度はクラスメイト達から糾弾があがると思っていた。


 いくら知らなかったとは言え、切っ掛けを作ったのは他の誰でもない天乃君。


 タカシと会話をするなと、徹底的に無視を促した。


 これではもう、今からタカシにすり寄っても友好的な関係は築けない。現にもう、ナタリーやシェリー、巴ちゃんとは絶望的な関係になってしまっているのだから。


 詰み状態に近い天乃君は、胃痛に耐えながら解決策を探る。


「ど、土下座か……? 土下座して謝れば……許してもらえるか……?」


 痛みを伴わず、解決するのは不可能だろう。


 今後の学校生活は厳しいものになるが、ここで舵を切らなければ、状況はさらに悪化するに違いない。


 もはや命には代えられなかった。


 まずはタカシに土下座で謝り、これまでの経緯をしっかりと説明しよう。


 そうすれば天乃君はともかく、巻き込まれたクラスメイトの立場は守られる。


 首謀者の天乃君が責任を全て被れば、少なくともクラスメイトは許される筈だ。これが天乃君に残された、最後の希望だった。


 僅かな希望に(すが)るように、布団に包まって目を(つむ)る。


 タカシに謝る為にも、まずは体調を整えなければならない。


 夏休みの間しっかりと療養し、なんとか二学期が始まるまでには歩けるようになろう。


 彼はそう心に誓った。


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― 新着の感想 ―
何故か段々天乃くんのこと好きになっていくんよな...自責の念もちゃんとあるし、クラスメイト助けようともしてるし、友達になる展開期待
相手関係なくいじめ自体が駄目なんだけどそこは理解してなさそうw まあ因果応報ということでね……(応報がでかすぎる)
意外と男だね天野君 でももう、やらかした後なんだよな クラスメイト、ウージー突っ込まれんのかな
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