8話
翌日。
俺と姉さんとナタリーは、昨日とは違う本屋へと向かっていた。
昨日の一件で、姉さんは外に出るのは危ないと言っていたが、編入試験が迫っている今、家にこもっているワケにもいかない。
夢のスクールライフを送れなくなってしまうのは勘弁、と姉さんを強引に説得し、三人で外出をする事にした。
始めはナタリーと姉さんに留守番してもらおうと考えたが、万が一、留守中に大神が訪れたら最悪な事になると思いヤメた。
ナタリーの事だから、そんな状況になったら絶対容赦しないだろう。
帰ってきたらパトカーが止まってるとかイヤだからな。大神の為にも、三人で行動しよう…………って思ってたのによぉーーー。
「タカスィ〜。尾けられてるよぉ〜」
「知ってる」
まさか昨日の今日で行動に移してくるとは思わなかった。思い立ったら即実行出来る、フットワークの軽さに感心する。
徒歩で移動する俺らの後方を、三人の男が尾行していた。
歩き方や重心の移動から見て、全員ツールナイフのような物を携帯しているっぽい。
尾行には慣れてないのようで、かなり粗さが目立つ。ナタリーはともかく、俺にここまで気付かれるのはダメだろ。
「うっとおしい連中だなぁ〜。タカスィ〜。ヤっちゃっていい〜?」
「お前がヤったらヤリすぎるだろ。穏便に済ませたいからちょっと待って」
ナタリーを宥めつつ、人気の無い道へと進路を変えた。
「え? タッ君どこへ行くの? 本屋さんこっちじゃないけど」
「先に姉さんの心配事を片付けようと思って」
「え? え? ど、どういうこと?」
「いーからいーから」
そう言って、戸惑う姉さんの背中を押す。
それに釣られるように、尾行する男達もついてきた。
────────────
人気の無い道に入って数分、ハイエースに横付けされる。
「な、なに!? え? え? な、なんなのぉ??」
可愛い声で震え上がる姉さん。
その横で半笑いを浮かべるナタリー。
この差よ。
慣れって怖い。ナタリーとシェリーで鍛えられたから、姉さんの反応が凄く新鮮。
乙女の可愛い反応に感心していると、車から大男が降りてきた。
大神くんの登場だ。
「四分咲ぃぃぃ!!!! オラァァァァ!!!! ウラァァァァ!!!!」
目だしの覆面を被っているが、ピチピチのシャツと語彙力の無い恫喝から、大神で間違いないだろう。
体格も同じだしな。顔隠す意味ないと思う。
彼の登場に絶句する姉さんと、静かに臨戦態勢に入るナタリーの前に歩み出た。
ナタリーの動向だけは注意しないと。次の瞬間、死体の山が出来ちゃうし。
「あ゛ぁ゛!? んだテメェェ!! 殺されてぇのか!?」
「女の前だからってイキってんじゃねぇぞコラァァァ!!!」
「殺してやっから車乗れやぁぁぁ!!!」
俺が前に出たことで、何を勘違いしたのか大神の仲間が吠える。
この人達バカなのかな?
「落ち着けって……そんな大声出したら通報されるだろ……」
「タ、タッ君!! 通報されていいんだよ!! 何言ってるのぉぉ!!」
もっともなツッコミをする姉さん。
姉さんの気持ちも分かるけど、今の状況で警察を呼んでも根本的な解決はしないと思うんだよね。
ちょっと煽ったメールを送っただけでこれだよ?
仮にコイツらが逮捕されても、釈放された時点でまた襲って来るに違いない。
それならここで、キッチリ話をつけた方がいいってもんよ。
「お前、なんで姉さんを付け狙うの?」
「テメェコラァァァ!! 大神さんになんて口きいてんだぁぁぁぁ!! チョーシこいてんじゃねぇぞゴラァァァァ!!」
「そんなに騒いでたら大神くんが喋れないでしょうがぁぁぁ!! 謝りなさい!! 今すぐ大神くんに謝りなさい!!!」
「………………ぁ? え? い、いや、その、お、お、大神さん!! ス、スンマセンした!!!!」
俺の冗談を真に受ける子分A。
やっぱこいつらバカだ。
「テメェ……俺のことを舐めてるのか?」
口を引き攣らせる大神。目が赤く充血している。
「舐めたくねぇよ。お前汚そうじゃん」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛!!??」
「えぇ……何その反応……ペロペロしてほしいの?」
「そんなこと言ってねぇだろうが!!!」
「じゃあなんでキレたんだよ……」
かまってちゃんか?
覆面越しでも分かるくらいに顔を紅潮させた大神が、震え声で呟いた。
「ここまでおちょくられたのは初めてだ……テメェは絶対許さねぇ……絶対に許さねぇ……」
フーッフーッと鼻息を荒くして、聞いてもない事を言い始める。
「お前を壊しながら、四分咲を犯してやる…………泣いても、喚いても、許さねえ……お前を拷問しながら、四分咲をとことん犯してやる……俺を舐めやがって……この世の地獄を見せてやる……」
「キミ気持ち悪いなぁ」
なにこの変態。いきなり性癖暴露してどうした?
世界で一番気持ち悪い告白を聞いた気がする。
「タカシ」
ナタリーの心底不快そうな声が響く。
「なに?」
「タカシは言ったよね? 高校生活を楽しくして、卒業の時にアタシを泣かせるって」
「言った」
「このクソが同じ学校に通ってるのに、アタシを楽しませる事が出来るの? 卒業の時、アタシを泣かせられる?」
「……………………」
「タカシ。アタシはコイツが居る学校には通いたくないよ」
「だよなぁ…………」
同感だ。
実際目にして分かったが、コイツは俺が思っていた以上に歪んでいる。
姉さんへの嫌がらせも、口で言っただけじゃ絶対に止めないだろう。
どうすっかなぁ……。
「おいカス」
俺が悩んでいると、ナタリーが大神を指差しながら近づいていった。
「あ゛ぁ゛ぁ゛!!?? なんだテメェ!!!」
「恥ずかしいと思わないワケ? 自分の欲望を満たすために、仲間を集めて女を襲って。アタシがアンタなら情けなくて自殺するけど」
「ぁ゛あ゛っっ!!??」
「うっせぇなぁ……いちいち癇癪たれるんじゃねぇよ……お姉ちゃんはアンタのママじゃないんだ」
そして目の前に立った彼女は、吐き捨てるように言い切った。
「ワガママはママに言いなよ。このマザコン野郎」
覆面越しだが、大神の顔付きが変わったのが分かる。
ギリッと歯軋りを鳴らし、握りしめた拳を振り上げた。
なるべく穏便に済ませたかったけど、もう無理だな。
ため息を吐いて、地面を踏み抜いた。








