77話
「この子が噂のお姉ちゃんなん? あの生の終着点と死への分岐点が懐いとるっていう……」
「なんすかこの子! めっちゃ可愛いじゃないっすかぁ! アイドルさんみたいっすぅ!」
「え……? この子がタッチャンのお姉ちゃん……? 全然似てない……」
興味深そうに私に近寄ってくる、赤髪の少女と、黒を基調とした姉妹。
品定めするように、まじまじと覗き込んでくる。
グイグイくる彼女達に戸惑っていると、ポートマンさんも近寄ってきた。
「可愛らしい女の子だよね。僕も少し驚いたよ」
「俺はもっと、クレイジーな感じを予想しとったんやけどなぁ……想像と全然違っとったわ」
「リオも飛龍と同じ意見っす。もっとやべえお姉ちゃんを想像してたっす」
「タッチャンのお姉ちゃんが、こんなに可愛いらしいだなんて……本当に血ぃ繋がってるんすか?」
矢継ぎ早に喋り続ける外国人達。
私を中心に、やたら流暢な日本語で喋り続ける。
どう対応していいか分からず困惑していると、タッ君が割り込んできた。
「お前らさぁ……自己紹介もしてないのに、馴れ馴れしく絡んでんじゃねぇよ。姉さんが戸惑ってるじゃん」
「戸惑う……? この程度のイレギュラーで戸惑うんすか? そんなんまるで、普通の人じゃないっすか」
「姉さんは普通の人なんだよ。俺とは違うんだから、いつものノリで喋っちゃダメ」
「そ、そうなんすか……」
「タッチャンのお姉ちゃんなのに、普通の人なんすか……」
どこか驚いた様子で、私を見つめる姉妹。
赤髪の少女も、キョトンと首を傾げている。
「普通そうに見えるだけで、実際は頭おかしいんやろ? タカシの肉親なんやから、それくらいやないと────」
「飛龍さぁ……思い込みで喋るなって……見てみろよ。姉さん、普通に戸惑ってんじゃん」
「そう見えるだけやろ? 俺は分かっとるんやで。タカシのお姉ちゃんは、ガチでやべぇ奴やって」
「鏡見てから言えボケナス。ノリで性転換するバカに、やべぇとか言われたくねぇんだよ」
ピシピシと、赤髪ツインテールの少女に、チョップをかますタッ君。
な、なんだろこのやり取り……なんで私、頭おかしいヤツって思われてるんだろ……。
固まっていると、タッ君がポリポリと頬を掻きながら、私の方へと向き直った。
「えっと……紹介するね。手前からカーソン姉妹、飛龍、ポートマンって言うんだけど……コイツらバカだから関わっちゃダメだよ」
────────────
その後、タッ君に色々と説明してもらった。
どうやらこの人達は、タッ君と同じ戦友のようで、今日はタッ君に呼び出されて説教を喰らっていたらしい。
なんでも彼女達のせいで、ポートマンさんが校長を買収するハメになった────って、買収ってなんやねん。
それと飛龍ちゃんについても説明してもらったけど、こっちも意味が分からない。
いきなり「コイツの中身はスキンヘッドのおっさんだから、見た目で騙されちゃダメだよ」って言われても、なんのこっちゃ分からないんだよ! お姉ちゃんは!
珍しくナタリーちゃんとシェリーちゃんが居ないから、分かりやすく説明してくれる人もいないし……困っちゃうんだよ……。
そんなこんなで、四分咲家はやたら騒がしくなっていた。
私の親友、菫ちゃんと茉莉ちゃんも、いつの間にかこの輪に混ざってるし。
「タカシ君! 久しぶりに会えたね! 私のこと覚えてる!?」
「えっと……芦原先輩っすよね? 凛子と同じモデル事務所の……」
「お、覚えてくれてたんだ……嬉しいっ!! タカシ君が覚えくれてただなんて……お姉さん……嬉しいなぁ……」
「ま、まぁ……芦原先輩はインパクトありましたから……」
「こ、これ! お土産にお肉を買ってきたんだ! 信州牛だよ!」
「信州…………え? これ、貰ってもいいんですか?」
「いいよ! いいんだよ! ただちょっとお願いがあって……私とツーショット写真を撮ってほしいっていうか……」
ポカンとするタッ君に、グイグイと絡んでいく我が親友。
姉が隣りにいるってのに、お構い無しで絡んでいってる。
タッ君が了承してないのに、嬉しそうに写真を撮ってるんじゃないよ……ったく……。
茉莉ちゃんも茉莉ちゃんで、菫ちゃんのことをそっちのけで、飛龍ちゃんとカーソンさんに絡んでってるし。
「カーソンさんってぇ〜、すっごい身長高くてスタイルが良いですよねぇ〜。何か気をつけてることはあるんですかぁ〜?」
「リオは特に何もしてねぇっすけど……エミリーはなんかしてるっすか?」
「敢えて言うなら、適度な運動と長めのお風呂っすかね。動画見ながら長湯を楽しんでるっす」
「そうなんですかぁ〜!! あ、飛龍ちゃんは、何か気をつけているところあるぅ〜?」
「俺は何もしとらんけど……ってか俺、こんな女子トークに混ざってええの? あかんくない?」
「あかんくないよ飛龍ちゃ〜ん。ぢゃんぢゃん絡んでええんだよぉ〜。むしろもっと絡もぉ〜」
茉莉ちゃんの表情が、ネットリとしたものに変わっている。
心なしか舌舐めずりしてるようにも見える。
ガチ百合な茉莉ちゃんにとって、美女と美少女は三度の飯より大好物。
彼女は完全に飛龍ちゃんとカーソンさんをロックオンしていた。
わちゃわちゃするこの状況に、置いてけぼりを喰らってると、ポートマンさんに肩を叩かれた。
「ごめんね。飛龍とカーソン姉妹が、失礼な発言をしちゃって」
そして険しい表情で、頭を下げられる。
やたら常識的な発言に、ちょっと焦った。
「飛龍もカーソン姉妹も悪気はないんだ。ただちょっと、オブラートに包んで話すってことを知らなくて……」
「あ…………だ、大丈夫ですよ。私、あんまり気にするタイプじゃないですから」
「いやいや……初対面なのに『頭おかしい』は失礼だろ……いくらタカシ君のお姉さんだとしても……本当にすまない……」
「そ、そんなに頭を下げないで下さい……急に真面目な空気を出されると、寒暖差で風邪を引いてしまいますよ……」
あたふたと慌てながら、場を和ませようと適当なことを言う。
そんな私を見て、ポートマンさんが薄く笑った。
「やっぱり君は、タカシ君のお姉さんだね。そういう脳天気なところ、彼にそっくりだよ」
意味深に微笑むポートマンさん。
飛龍ちゃんやカーソンさんの発言といい、彼らの言葉の端々に引っかかりを感じる。
それがどうしても気になって、思わず聞いてしまった。
「あ、あの……ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん? なんだい?」
「えっと……皆さん、私のことを頭がおかしいヤツって想像してたんですよね? タッ君がおかしいから、姉の私もそうなんだろうって……」
「言葉が悪すぎるけど……まぁ、そうだね」
「そ、そんなにおかしいんですか? そ、そんなに言われるほど……タッ君はおかしくなってるんですか……?」
戦争に行ったことで────
胸がズキッと痛くなる。
タッ君があまりにも普通だから、考えないようにしていた。
徴兵前と全く変わっていないから、蒸し返さないようにしていた。
それでも私は、ずっと不安だった。
弟が壊れているんじゃないかって、不安で不安で仕方なかった。
また愛する人を失ってしまうんじゃないか────そんな焦燥感をずっと抱えていた。
涙目の私を見て、ポートマンさんが逡巡する。
やがて何かを悟ったのか、少し困った表情を作った。
「えっと……逆に聞きたいんだけど、タカシ君って昔からあんな感じだったのかな?」
「え? ど、どういう意味ですか……?」
「いや、タカシ君って、戦争に向かう前から飄々とした性格だったのかな?」
「そ、そうですね……昔からあんな感じでした……そこは変わってないです……」
「なるほどね……最早、傑物としか言いようがないよ……」
顎に手を当て、わざとらしく考え込む仕草を見せる。
ど、どうしたんだろう……何か気になることでもあったのかな……?
少しの間、うんうんと頷いていた彼は、まるで独り言のように語り始めた。
「僕達はタカシ君の性格に救われていたんだ」
「え?」
「タカシ君は良い意味で頭がおかしかったんだよ。ある意味、狂ってると言っても過言じゃない。そんな彼に、みんな救われていたんだ」
「え、え? それってどういう────」
「一つ、タカシ君の逸話を教えてあげよっか」
そう言って彼は、どこか憂いのある笑みを浮かべた。
「彼は戦場で、毎日笑っていたんだ。身体を改造され、将来の希望も消え、生存率が絶望的に低い戦場で、タカシ君は毎日、明るく笑っていたんだ。いい大人が、子供みたいに泣き叫んでいる状況でだよ? そんなタカシ君に、僕達は救われていたんだ」








