76話
親友二人を引き連れて、四分咲家へと向かう帰り道。
猛暑から逃げるように、パタパタと団扇を扇いでいた茉莉ちゃんの手が止まった。
「え? 菫が惚れた相手って、花梨の弟さんなん?」
「う、うん……ちょっと色々あって……好きになっちゃった……」
もじもじする菫ちゃんに、茉莉ちゃんが怪訝そうな顔で覗き込む。
「まぢ? 年上でお金持ちしか勝たんって、ずっとイキってたぢゃん。それなのに年下を好きになったって……どういう心境の変化なん?」
「い、いや……年齢とかお金とか、恋愛には関係ないかなって思い直して……やっぱり中身が大事っていうか……」
「はぁ? 中身ぃ〜? 『男のステータスは顔と金よぉ〜!!』って、いつも吠えてたぢゃん。あの尖った菫はどこ行った〜ん?」
「う、うっさいうっさい!! いいぢゃん!! 好きになっちゃったんだからぁぁぁ!!」
地団駄を踏みながら、拳をブンブンと振る菫ちゃん。
初々しい生娘の反応に、茉莉ちゃんが手を叩いて笑った。
「うははははは! どしたん菫ぇ!? ガチか!? ガチ恋してるんか!? うははははは!!」
「わ、笑うなぁぁぁ!! 別にいいでしょぉぉぉがぁぁぁ!! ガチ恋してもぉぉぉ!!」
「か〜りんっ! 良かったぢゃ〜ん! 可愛い義妹が出来たぢゃ〜ん! うはっ!! うははははは!!」
「嬉しくない。あと義妹言うな」
「うははははは!! わははははは!! ゲホッ! ゲッホゲッホッ!! ゲフンゲフン!!」
笑いすぎて、むせかえる茉莉ちゃん。
他人事だと思って、完全に楽しくなっているね……この子……。
ガチ恋勢にとって、今の状況は笑えないっていうのに……。
私と菫ちゃんが「ぐぬぬ……」と呻いていると、過呼吸気味の茉莉ちゃんが戻ってきた。
「ひぃ〜……ひぃ〜……す、菫が惚れるくらいだから、あーしもタカシ君を好きになっちゃうんぢゃねぇ……? ひぃ〜……」
「ふ、ふざけたこと抜かすなよ茉莉ぃっ! あーしが先に好きになったんだからな! あーしのタカシ君に手を出すんぢゃねぇよ!」
「おいコラ泥棒ネコ。なに恋人ヅラしてんだ。私のタッ君だぞコラ」
「うははははは!! 修羅場!? このメンツで修羅場が始まっちゃうんか!? うははははは!! わははははは!! ゲッホ!! ゲフンゲフン!!」
お腹を抱え、再びむせかえる茉莉ちゃん。
殺伐とした雰囲気の中、それはそれは楽しそうに私達を煽り続けた。
────────
自宅に到着し、玄関のドアを開けると見慣れない靴が置いてあった。
男性用のローファーや、小さめの運動靴、そして黒いハイヒールが二足。
タッ君のお友達かな?
タッ君の靴も並んでいるから、帰ってるっぽいし。
ってことは、菫ちゃんと茉莉ちゃんが、タッ君と顔を合わせることになるのかぁ……二人の望む展開になっちゃったなぁ……。
小さく溜息を吐いていると、菫ちゃんに肩を揺すられた。
「か、花梨! ど、どう!? タカシ君いる!? 帰ってる!?」
「いますん」
「いるの!? いないの!? どっちなの!?」
「いますんっ!!」
「ハッキリしろぉぉぉ!!」
「うははははは!! 必死やん!! うははははは!!」
チョロギャルをからかいつつ、ローファーを脱いで、リビングへと向かう。
大きめのガラス扉を開けると、やたら爽やかなイケメンボイスと、タッ君の声が聞こえてきた。
「タカシ君さぁ……そろそろ現実を受け止めなよ。カーソン姉妹が、夏休み明けから水蓮寺高校で働くんだよ? 絶対、問題を起こすに決まってるじゃないか」
「いや、まだ問題を起こすと決まったワケじゃ────」
「くそポートマンは黙ってろっす!! リオはただ、人気のない教室で乳繰り合うことしか企んでねぇっすから!!」
「くそポートマンは口を閉じろっす!! エミリーは保健室エッチを目論んでるだけっすから!! 教師と生徒の純愛を、否定すんなバーカ!!」
「タカシ君、聞いたかい? このカス姉妹、神聖な学び舎で猥褻行為を企んでるよ。いいのかい?」
「そうだった……コイツらはコイツらで頭おかしかったんだ……」
茶の間にはタッ君と向かい合うように、四人の外国人が座っていた。
一人はポートマンさん。
相変わらず、すっごい整った顔立ち。ただ座っているだけなのに、我が家のリビングが北欧の皇室に見間違えるくらい気品が漂っている。
そんなポートマンさんの隣りに座るのは、髪型以外、瓜二つの女性。
姉妹って呼ばれたところから、恐らく双子なんだと思う。
黒髪で、黒いアイシャドウに、黒い口紅。さらに黒いロングドレスを着込む、黒を基調とした女性。
そんな怪しい出で立ちなのに、顔が整いすぎているから印象のギャップが半端ない。
怖いくらい綺麗というか、綺麗すぎて怖いというか……。
さらにその隣りには、ケラケラと笑う赤髪ツインテールの少女。
幼く可愛らしい容姿をしているのに、誰よりも大人びた雰囲気を纏っている。
そんな濃いメンツが、タッ君と向かい合って談笑していた。
ポートマンさんが、大げさなジェスチャーで肩を竦める。
「カーソン姉妹が、問題を起こしてクビになる分はどうでもいいんだけど、タカシ君が巻き込まれるのは見過ごせないんだよ。だから揉み消せるだけの金を用意して、退学にならないよう校長を買収してるのさ」
「もっとまともな方法は無かったのかよ。なんだよ賄賂って。常識ねぇのかよ」
「そんなモノ、あるワケないだろ。僕達にそんなモノが残ってたら、今ごろ土に還ってるよ」
「そ、そうだな……そう思うわ……」
タッ君が机に突っ伏すと、赤髪ツインテールの女の子が割って入った。
「まぁまぁタカシ。非常識なバカ共は放っといて、俺とイチャコラしようや。もうすぐ夏休みなんやろ? 海行かへん?」
「おいおい飛龍……お前はお前で、なにやってんだよ……お前が一番、ワケ分かんねぇんだからな」
「ヘッヘッヘ……どや? 可愛くなったやろ? 好きなところ揉んでええよ」
「もう十分、気を揉んでんだよ……」
呆れ声で呟きながら、俯いていた頭を上げるタッ君。
そんな弟に、赤髪の美少女は屈託のない笑顔を見せた。
「遠慮すんなやぁ〜。こ〜んな可愛い美少女が誘惑しとるんやから、がっつりセクハラしてこいやぁ〜」
「お前、中身は男やろがい……混乱するから止めーや…」
「日中は男友達のノリが出来て、夜は男女の関係になれる…………ヤバない? 俺が一番ええ女やろ」
「あのさ、人の性癖ぶっ壊そうとするの止めてくれない? そんな簡単に壊していいもんじゃねぇぞ」
会話を終わらせるように、タッ君が立ち上がる。
そこでようやく、私達の存在に気付いた。
「あ…………帰ってたんだ。おかえり」
「ただいまタッ君……なんていうか……また、濃いメンツに囲まれてるね……」
「分かる? おい、お前ら言われてんぞ。少しは薄くなれ。水飲んで希釈しろ」








