75話
容赦なく大地を照らすお日様が、一日の気温を最も厳しいものに変えていくお昼時。
私立水蓮寺高校にテストの終わりを告げる鐘が鳴り響くと、クラスメイトの菫ちゃんが元気よく駆け寄ってきた。
「かーりんっ! 期末テストも終わったし、今日も花梨ん家に遊び行っていーい!? ねぇねぇ!!」
そして私にまとわりつき、嬉しそうにウザ絡みを始める。
下心満載な親友の発言に、思わず眉をひそめた。
「なんで今日も私の家なの? たまには菫ちゃんの家で遊ぼうよ」
「あーしん家なんかツマんねぇって! ど田舎だし! コンビニもないし! タヌキしか出てこないし!」
「私の家も似たようなものなんだけど……この前はクマが出たって聞いたし……」
「だからさ、今日も花梨ん家で遊ぼ! お菓子買って、ドリンク買って、たくさん語り合お! ね!」
あざとい上目遣いで、なんか言ってる。
強引に話を進めようとする菫ちゃんに、ツンツンと人差し指で攻撃した。
「そんなこと言って、本当はタッ君に会うことが目的なんじゃないの?」
私の指摘に、ギクリと体を揺らす菫ちゃん。視線を泳がせながら、抱きついていた手を離す。
「べ、別に……そ、そんな思惑ないっすよ……ただ普通に、花梨ちゃんと遊びたいだけっすよ……」
「はい出たー、うそー。こないだウチに来た時も、タッ君が帰ってくるまで粘ってたじゃーん。白々しいなぁーもぉー」
「い、いや……あれは……たまたまだよ……た、たまたま遅くなっちゃっただけだよ……」
モジモジと俯きにながら、顔を真っ赤にさせる菫ちゃん。
スカウトされるレベルのギャルなのに、根は純情だから困る。
こういうギャップ萌えを見せてくるの、本当に止めてほしい。私なんて清純派ヒロインだから、こういう手使えないし。
「話変わるんだけどさ……き、今日はタカシ君、家にいる……? べ、別に他意はないんだけどね! 他意は!」
「話変わってないじゃん。探り入れるのへたっぴか」
「も、もしいるなら、タカシ君のお菓子も買っていこうと思って! お、男の子だし、お肉とかどうかなっ!?」
「なんでお肉やねん。ぶきっちょか。ぶきっちょチョロ子ちゃんか」
もう一度、恋愛初心者にツンツン攻撃をかます。
そんな感じで中身のない会話を交わしていると、一人の女子生徒が近づいてきた。
小動物を連想させるような、低身長でおっとりとした顔立ち。癖のある黒髪をサイドテールにまとめ、赤いエクステをアクセントで取り付けている。
お化粧やオシャレもバッチリだ。キラキラとしたネイルや、ピンクのカラコンなんかを装着している。
菫ちゃんと似たようなタイプの女の子。
私達の親友、茉莉ちゃんが現れた。
どこか神妙な面持ちで、私と菫ちゃんの間に割って入る。
「花梨…………ちょっと聞いていい?」
「ん? どうしたの?」
「入学した時、あーし達に打ち明けてくれたことがあったぢゃん。弟さんが徴兵されたって」
「えっと……う、うん……」
「かなり深刻な話だから、安易に聞いていいものか悩んでたんだけど…………ごめん、聞くわ」
そう言って茉莉ちゃんが、私を見据えた。
「一年生に、四分咲タカシって男の子がいるみたいなんだけど…………もしかして花梨の弟さん?」
探りを入れるような、彼女の真剣な眼差し。
有無を言わせない真っ直ぐな瞳に、私は思わずたじろいた。
「え、えっと……な、なんでそう思うの……?」
「名字が同じだし、帰国子女って聞いたし」
「……………………」
「あと花梨、めちゃんこ明るくなったし」
「あ、あう………………」
俯いて、彼女の視線から逃げる。
さ、さすがにもう……答えるしかないか……。
覚悟を決めるように、大きく深呼吸をして口を開いた。
「あの……言ってなかったんだけど……じ、実は……そうなの……」
「やっぱりっ! なんで教えてくれなかったん!? あーし、ずっと花梨のこと心配してたんだよ!?」
「ご、ごめんね……これには深い理由があって……言うに言えなかったというか……」
項垂れながら、ポツポツと事情を語り始めた。
私は今の今まで、菫ちゃん以外の友人に、タッ君が帰ってきたことを伝えていなかった。
弟のことを聞かれるまで、自分から語ろうとしなかった。
心配させていた手前、戦場から帰ってきた時点で報告するのが筋ってものだろう。でも私には、それが出来なかった。
その理由を、茉莉ちゃんに掻い摘んで説明した。
「話を整理すると……弟さんが、選抜兵の生き残りってバレないようにしてたん?」
「編入してきた生徒が、選抜兵の生き残りなんて知れ渡ったら、ただでさえ悪目立ちしている弟がさらに目立っちゃうでしょ……? どこから噂が流れるか分からないし、安易に教えることは出来なかったの……」
「別に目立っても良くね? 少なくとも、今の悪目立ちは解消されるワケだし」
「良くも悪くも、普通の高校生活にならなくなっちゃわない……? 選抜兵の生き残りなんて、それこそ好奇の目で見られるワケだし……」
「あー……そういやそうか……」
どこか戸惑った様子で、ポリポリと頬を掻く茉莉ちゃん。
それでも納得していないのか、不貞腐れた表情を作った。
「事情は分かったけど……あーし、口固いよ? ちゃんと説明してくれたら、絶対に言いふらさなかったのに」
「茉莉ちゃんのことを信用してなかったワケじゃないんだけど、可能性がゼロじゃない以上、話すことは出来なかったんだよ……私が弟のことを大切にしているの知ってるでしょ? 慎重にもなるって……」
「いや、そんならさ、なんで菫は事情を知ってるん? あーしはダメで、菫に教えた理由ってなんなん?」
「不登校から復帰したその日に聞かれたんだよ。『花梨、めっちゃいい笑顔になってるけど、もしかして弟さん帰ってきた?』って……」
「まぢかよ菫……よく聞けたな……」
「あーし、花梨のこと大好きだからねぇ。表情の明るさですぐに分かったわぁ」
「ナイーブな話なんだから、もうちょい慎重になれし……ったく……」
唇を尖らせながら、眉間にシワを寄せる茉莉ちゃん。
少しの間、「うーん……」と唸っていた彼女は、険しい表情を緩めた。
「事情は分かったよ。それなら隠すのもしゃーないね」
「ご、ごめんね茉莉ちゃん……余計な心配かけちゃって……」
「事情が事情だけにしゃーないよ。確かに選抜兵の生き残りなんて知れ渡ったら、大騒ぎになるもん」
そう言って、苦笑いを作る。
かなり心配をかけたのに、笑って許してくれる優しさに救われる。
ここまで汲み取ってくれるなら、茉莉ちゃんには話した方が良かったかも……あとの祭りだけど……。
しょんぼり反省していると、茉莉ちゃんが菫ちゃんに話を振った。
「菫さぁー、今日も花梨ん家に行くつもりなーん?」
「そだよー。今日も入り浸るつもりー」
「ここ最近、ずっと花梨ん家に行ってんね? そんな面白いもんがあんの?」
茉莉ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
そういえば、茉莉ちゃんは一連の経緯を知らないんだっけ。菫ちゃんが、乙女になってることを。
「べ、別に何もないよ……か、花梨ん家が落ち着くから行ってるだけだよ……」
「そんなら喫茶店でよくね? ほら、ウチらの街にも、遂に大手チェーンが出店してきたぢゃん。映えるし行ってみようよ」
「いや……映えとかどうでもいいっつーか……」
「ん?」
菫ちゃんの煮えきらない受け答えに、怪訝そうな表情を浮かべる茉莉ちゃん。
彼女は私に視線を戻した。
「花梨……どうなってん? あの菫が、ウブな中学生みたいになってんだけど」
「恋だよ茉莉ちゃん。菫ちゃんは恋をしているんだよ。認めたくないけど」
「恋? あの菫が?」
そう呟いた茉莉ちゃんが、わっるい笑顔を浮かべる。
好奇心全開で、菫ちゃんに詰め寄った。
「なになに? もしかして、花梨ん家にその相手がいたりすんの?」
「どぅぇ!? ま、茉莉! 何言ってるし!? ち、違うし!」
「やっべぇー! カマかけただけなのに、ガチな反応ぢゃん! やっべぇー!!」
「違うし!! 全然違うし!! あーしを信じろ茉莉ぃぃぃ!」
「ねぇねぇ花梨ー。あーしも花梨ん家に行っていーいっ? 菫が惚れた相手と、おしゃべりしたぁーい!」
「だ、だめぇぇぇぇぇ! あーしだって、まだそんなにお話ししてないんだからぁぁぁぁぁ!」
勝手に話を進める、菫ちゃんと茉莉ちゃん。
何一つ了承してないのに、今日も私の家で遊ぶことが決まった。








