71話
「それで放課後、タカシと花村がバスケで勝負することになったと……」
「なんか話の流れで勝負することになった。ぶっ潰してくるわ」
「しかもタカシが負けたら退学になると……」
「なんか話の流れで退学を賭けることになった。ぶっ潰してくるわ」
「どういうやり取りをしたら退学って話になるんだよ!! だから俺が話つけるって言ったじゃねぇか!! 何やってんだよ!!」
テストが始まるまでの、僅かな休み時間。
廊下で待機してもらっていた友人達に、さっきの出来事を説明すると、温厚な錬児が怒りだしてしまった。
コイツがここまでキレるって相当だぞ……花村め、優しい錬児を怒らせやがって。
「落ち着けって錬児。バスケで勝ったら、もう二度と花村と関わらなくて済むんだぞ? こんな分かり易い話、そうそうないだろ」
「あ、あのさ……なんでお前、そんなに落ち着いているんだ? タカシ、別にバスケは得意じゃなかったろ……」
「俺、実は、スラダンかなり読み込んでいるんだよ。野球だけじゃないってところ、錬児に教えてやる」
「な、何を言ってんだよタカシぃぃぃ……ふざけてる場合じゃないだろぉぉぉ……」
錬児が心底焦った様子で、頭を抱えている。
くそ……俺の錬児を、こんなに風にするなんて……花村め……俺が、けちょんけちょんにやっつけてやるからな。
フンスフンスと気合を入れていると、凛子に肩を叩かれた。
「ねぇタカシ。バスケ勝負って、どうやって勝敗を決めるの? ルールは?」
「なんか、3x3ってヤツをやるって言ってたよ」
「ん? なによ3x3って。3on3と何が違うの?」
首を傾げる凛子へ、ナタリーが代わりに答える。
「えっとねぇ〜、ローカルルールの多い3on3を、正式な競技にしたのが3x3になるんだよぉ〜。まぁ〜、ベースのルールは殆ど同じかなぁ〜」
「ふ〜ん……流石ナタリーさん。博識ね」
「へぇ〜……」
「へぇ〜って、なんでタカスィも感心してるんだよぉ〜。他人事かぁ〜? ちゃんと勉強しとけやぁ〜」
ニコニコと笑いながら、俺の頬をツンツンするナタリー。
これから勉強しようと思ってんだよ……馬鹿にすんなし……。
スマホを使って3x3のルールを検索していると、文香とシェリーも混ざってきた。
「ってことは、タカちゃんの他に、あと二人必要になるんだよね? 誰が出よっか?」
「まぁ、ワタクシとナタリーさんでいいんじゃありませんの? ちょうど三人になりますし」
「あ、あはは……勝負になってなくて笑える……花なんとかって人、終わってるじゃん……」
「ふっふっふ……見ていて下さいましね文香さん……ボッコボコにしてやりますわ……ふっふっふ……」
「あ、あんまり無茶苦茶はしないでね……これからも学校生活は続くんだから……」
特徴的な三白眼を細め、わっるい笑顔を浮かべるシェリー。
後で打ち合わせをした方が良さそうだな。コイツがこういう顔してる時って、本当に無茶苦茶やるし。
「お、おい……ちょっと待てよ……な、なんでお前らも普通に話してるんだ? タカシの退学がかかってるんだぞ? それにナタリーさんとシェリーさんが参加って……俺が入った方がいいんじゃ……」
焦った様子で、俺達を見渡す錬児。
そういや、錬児だけドズったことを知らないのか……事情を知らなきゃ、この反応は無理ないかも。
安心させるように、錬児の肩に力強く腕を回した。
「運動神経抜群の錬児が入ったら、花村達からクレームが入るだろ。ここは猫被ってる俺達に任せろって」
「ね、猫被ってるって……だからお前のその自信はどこから来るんだ? 平常運転すぎるだろ……」
「そりゃあ、黒バスも相当読み込んでいるからな。自信もつくって」
「………まぁいっか。仮にタカシが負けても、退学なんてアホみたいな賭け、俺が反故にすりゃいいんだし、なんとかなるか……」
俺との会話を諦めた錬児が、軽く肩を落とす。
くそ……俺の錬児を、しょんぼりさせやがって……花村め……絶対に許さないんだからね……!
強く気合を入れていると、巴ちゃんの蕩けた声が聞こえてきた。
「や、やった……! やっとこの目で見れるんだ……! ビデオカメラ用意しなきゃっ!!」
──────────
二日目の期末テストが終わった放課後。
第二体育館へ向かうと、かなり人が集まっていることに気付いた。
今朝のやり取りが、噂にでもなったのだろう。一年生の殆どが、ギャラリーとして集まっていた。
軽く見渡したけど、みんな、俺が負けるのをすっげぇ期待している。
惨めに負けろだの、とっとと退学しろだの……好き勝手言い過ぎだろ。マジで。
そんなアウェイに包まれる中、花村の怒声が響いた。
「よく逃げずに来たなぁ! テメェは今日でおしまいだぁぁぁ!!」
吠える花村の左右に、背の高い男が二人。
アレが花村のチームメイトか。筋肉の付き方からして、バスケ部っぽい。
3x3を提案してきたは、バスケ部で固めたかったからなのね……まぁ別に、卑怯とは言わないけど……。
呆れながらバスケコートへ入ると、花村がニタニタと笑みを浮かべた。
「お前、もしかして今回の勝負に、ナタリーさんとシェリーさんを巻き込んだのかぁ〜?」
俺の隣に立つ、ジャージ姿のナタリーとシェリーを見て、花村が鼻で笑う。
俺が友達少ないの分かってて言ってるだろ。相変わらず、いい性格してるわ。
「そうだよ。ナタリーとシェリーに協力してもらった」
「女子を巻き込んで恥ずかしくねぇのかぁ? ぷっ! 情けねぇなぁ〜」
わざと周囲に聞こえるように、大声で罵る。
観客席にいる生徒達から、「サイテー」とか「キショーイ」という声が上がった。
すぐにでも始めた方が良さそうだな……また皆を嫌な思いにさせてしまう。
「あのさ、そんなんいいから、とっとと始めようぜ。お前と会話すんの、かったるいんよ」
「ぷっ! なんだお前? 反論すら出来ねぇとか終わってんだけどぉ〜〜〜!!」
「この期に及んで、お前は口喧嘩がやりたいのか? 女々しくね?」
「…………………あ゛?」
「ゴチャゴチャ言ってないで、お得意のバスケでかかってこいって。ほれ。はよ」
片手を挙げて、かかってこいと合図。同時に、花村の額にビキビキと青筋が浮かび始めた。
相変わらず、煽り耐性ゼロなヤツだな。
「後悔しろよ四分咲……テメェだけは絶対に泣かしてやるからな……」
「ちょっと待ってぇ〜。始める前に、一つ確認してもいいかなぁ〜?」
「ぇ、え?」
急に割り込んできたナタリーに、動揺する花村。
ナタリーとの会話が嬉しいのか、少し恥ずかしそうに花村は微笑んだ。
「な、なにかなナタリーちゃん……」
「言質取っておきたいんだけどさぁ〜、コッチが負けたら、タカスィは退学になるんだよねぇ〜?」
「え? あー……うん。男と男の勝負だからね。そうなるよ」
「じゃあさ、タカシが勝ったら分かってんだろうな? 男と男の勝負なんだから、キッチリ約束は守りなよ」
「………………え?」
緩さを消したナタリーに、困惑する花村。
花村の返答を待たずに、シェリーが口を開く。
「タカシ君が勝ちましたら、タカシ君だけではなく、ワタクシ達にも関わらないで下さいまし。もう二度と話しかけてくんなですわ」
「え……? そ、それは……ちょっと……」
「勿論、貴方だけではありません。この場にいる野次馬共も、全員話しかけてくんなですわ」
シェリーのハッキリとした拒絶に、今度は同級生達がざわつき始める。
恐らく、自分達は関係ないって思っていたのだろう。巻き添えを喰らった同級生達は慌て始めた。
「まぁ、俺は退学を賭けているんだ。それくらいは別にいいよな?」
「い、いや……それは……」
「責任重大になってきたね。お前が負けたら、観客席にいる、同級生が巻き添えを喰らうんだから」
「………………………」
「もしそうなったら、みんな花村にブチ切れるだろうなぁ……そしたらお前、俺と同じ状況になっちまうんじゃねぇの?」
「………………………」
「なぁ? 本当に始めちゃっていいのか? ここが最後の引き際だぞ?」
「舐めんなクソがぁ!! 俺が敗けるワケねぇだろぉ!!」
「……………………そっか」
最終的な交渉も決裂。
同級生達からも、花村を応援する声が湧き上がる。
取り敢えず最後通告はしたんだ。それを一蹴した以上、俺はもう知らん。
この場にいる全員に、今までのツケを払って貰おう。俺の友人を、不快にさせたツケを。
言質も取ったことだしな。これでもう俺との約束は反故に出来ない。
首を回し、軽くストレッチをする。
花村を応援する大歓声の中、
俺達特殊生体兵の、自重しない3x3が始まった。








