70話
期末テスト二日目。
花村君とその仲間達は、苛立ちながら登校していた。
昨日は教頭や美波ちゃんに、かなりキツく叱られてしまった。プライドの高い陽キャ達にとって、教師に怒られるとかあってならないことだった。
さらにさらに、クラスメイトの前で恥を掻いたことも許せなかった。せっかくカンニングを告発するという荒業を思いついたのに、これでは花村君達が馬鹿みたいだった。
これも全部、タカシが悪い。
タカシが無駄に、帰国子女とかいう設定を持っていることが悪いのだ。
だからもう、彼らは手加減をするつもりはなかった。
どんな手を使っても、四分咲タカシを社会的に抹殺する。
イケメン達は、今日もブレーキを踏むつもりは無かった。
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教室に入った花村君は、真っ先にタカシの元へ向かった。
幸いなことに、ナタリーやシェリー、巴ちゃんの姿は見えない。これから見苦しいやり取りをするイケメン達にとって、美少女がいない状況はありがたかった。
意気揚々とタカシの席へ近付くと、挨拶と言わんばかりに机を蹴り上げる。
「おいカス。テメェのせいで、昨日は散々な目にあったじゃねぇか。どうしてくれんだよクソが」
「あ? 知らねぇよ。朝っぱらから喧嘩売ってくんなボケ」
「……………………え?」
イケメン達は、思わず耳を疑ってしまった。
今まで何を言っても、どれだけ罵ってもヘラヘラと笑っていたタカシが、やたら辛辣になっているのだ。あまりの態度の変化に、花村君は面を食らってしまった。
そんな固まる陽キャ達を、タカシが睨みつける。
「お前らの第一声が、謝罪の言葉だったらどうすっかなって思ってたけど……ホント期待を裏切らないよな。男タカシ、プンプンっすわ」
「は、はぁ? お前、何を言って…………」
「もう俺に絡んでくんじゃねぇよ。これ以上、皆に嫌な思いをさせてたまるか」
「あ゛ぁ゛!?」
ハッキリと告げられる、タカシの拒絶。
見下してきた男からそんなことを言われては、花村君だって黙ってられない。屈服させようと、タカシに詰め寄る。
「何イキってんだよクソが! そもそもテメェが悪ぃんだろうが!」
「はぁ? なんで俺が悪いんだよ。俺がお前になんかやったか?」
「そ、それは……お前がナタリーちゃんやシェリーちゃんと、イチャイチャしてっから……」
「なにその頭の悪い発言…………自分で言ってて恥ずかしいって思わないの? 終わってんな、お前ら」
タカシが花村君から、遠巻きに様子を窺っているクラスメイトに視線を移す。
タカシの言う『お前ら』に、クラスメイトも含まれていると言わんばかりの仕草。それまで見て見ぬふりをしていたクラスメイトから、逆ギレするような苛立ちが生まれ始めた。
それを代弁するかのように花村君が吠える。
「テメェみたいな陰キャが、あのレベルの美少女と仲が良いなんておかしいだろ! なんかやってんだろ!」
「なんかってなんだよ。まさか催眠アプリとか言わないよな?」
「そ、そうだよ! そんなの使ってんだろ!!」
「アホか……そんなんあったらお前らに使ってるわ……」
呆れるタカシ。
花村君も、自分で言ってて『これはないな……』と思っていたが、最早引くに引けなくなっていた。
陰キャに舐められたまま、引き下がるなんてことは出来ない。そんなことイケメンのプライドが許さない。
「とにかく! お前に、ナタリーちゃんとシェリーちゃんは相応しくねぇから! 桔梗ヶ原さんや、春椿さんや、雲雀様についてもそうだ! 馴れ馴れしく、彼女達に絡んでんじゃねぇよ!!」
「相応しいとか相応しくないとか、なんで花村に言われなきゃならないんだよ。お前に、俺達の何が分かんの?」
「口答えすんじゃねぇよ!! テメェは黙って俺に従え!!」
「話通じないんすけど、この人…………」
気怠そうに、頭をボリボリと掻き毟る。
なんか面倒くさくなってきたな……とボヤいたタカシが、ウンザリした様子で話題を変えた。
「素朴な疑問なんだけど、そこまで言うならアイツらに相応しい人って誰? 教えてくれよ」
「そりゃあ…………俺に決まってんだろ。一年でバスケ部のレギュラーに選ばれるくらい運動神経が高いし、イケメンだし」
「…………………………」
「な、なんだよ……そのツラ……」
ゴミを見るような視線を向けられ、花村君が戸惑う。
割と本気で言ったのに、呆れられてしまった。気持ち、クラスメイト達からも『それはねぇわ……』という視線を向けられる。
「お前はバスケが上手いことを誇っているんだな。でも、そんなのアイツら求めてねぇよ」
「はぁ!? お前のように、何も誇れるものがねぇクソ陰キャより求められるわ! 俺に意見してんじゃねぇよ!」
「人を貶すことしか言えねぇのかよ……なにがバスケだよ……ったく……」
はぁ……と、大きな溜息を吐いたタカシが、花村君から視線を外す。
少しの間、考え込んでいたかと思うと、おもむろに口を開いた。
「じゃあ俺が、お前よりバスケが上手かったらどうなんの? お前の主張だと、俺の方が相応しいことになるけど」
「はっ! 俺より上手いとか有り得ねぇから! 俺、中学で県の選抜に選ばれてんだぞ? カスが勝てるわけねぇだろ!」
ゲラゲラと、仲間内からも笑い声があがる。
見下すような嘲笑の中、タカシは淡々と言葉を続けた。
「じゃあやるか?」
「あ?」
「俺とバスケで勝負すっか?」
「はぁ? 勝負? 俺とお前が?」
「そうだよ。俺が勝ったら、二度と話しかけてくんじゃねぇぞ」
タカシのビッグマウスに、花村君の苛立ちが加速する。
よりにもよって、最も得意とするバスケで勝負を挑まれたのだ。調子に乗る陰キャが、憎たらしくて仕方なかった。
「お前、誰に向かって口利いてんだ? 調子に乗るのも大概にしろよ?」
「怖ぇの?」
「あ?」
「お得意のバスケで負けるのが怖ぇの?」
「あ゛ぁ゛!?」
「そりゃあ怖ぇか。もし負けたら、偉そうにイキってる今の状況が、全部黒歴史になるんだから」
鼻で笑い、肩を竦めるタカシ。
その姿を見た花村君がブチ切れた。
「やってやるよゴラァァ!! ぜってぇ後悔させてやるからな!!」
「はいはい……で? いつやる? 今から?」
「今日のテストが終わったら、第二体育館に来い! そこでぶっ潰してやるわ!!」
「放課後ね。分かったよ」
まるで興味を無くしたかのように、タカシが花村君から視線を逸らす。
その余裕ぶった態度がとにかく気に入らない花村君は、タカシの机をバンッと叩いた。
「そこまで啖呵切ったんだから、テメェが負けたらどうすんだよ!? なぁ!?」
「どうするって…………どうしてほしいんだよ?」
「テメェが負けたら、速攻で学校辞めろよ!! いいな!!」
「…………………………」
「あ? なに黙ってんだ? ビビッたのか? 許してほしかったら土下座しろ。ほら」
汚い笑みを浮かべる花村君に、冷めた視線を向けるタカシ。
心の底から呆れた様子で、タカシは吐き捨てるように呟いた。
「分かったよ。俺が負けたら、お前の言う通り学校辞めてやる」
「あ? 言ったな? あとで泣いて謝っても許さねぇからな? 負けた瞬間、退学届を書かせるからな?」
「はいはい……お前に負けたら、なんでもしてやるって……」
冷めきった表情で、小さく言葉を続けた。
「負けたらな」








