68話
「四分咲君、もしかしてイジメられてる?」
「イジメられてないっすよ」
「花村君達、結構ひどいこと言ってたよ? イジメじゃなきゃ、なんであんなこと言うの?」
「さぁ?」
「さぁって……なんで他人事みたいな顔しているのよ……」
ちょうどお昼に差し掛かる頃。
期末テストが終わると同時に、美波ちゃんに呼び出されてしまった。
どうやら一連の騒動について、事情を聞きたかったみたい。ちなみに花村君とその取り巻きも、別室に呼び出されてしまっている。
なんか大事になってきたな……ノーダメアピールしといた方が良くないか? これ?
疑惑を払拭するように、なるったけ明るい声をあげた。
「まぁ、みんなの辛辣っすけど、所詮それだけの話っす! 騒ぐ必要なんてないっすよ!」
「辛辣……? 辛辣ってどういうこと? 何かされてるの?」
「え? 無視されたりとか、身に覚えのない噂を流されたりとかっす!」
「あのねぇ……それはもうイジメって言うんだよ……」
呆れ声で、ジト目になる美波ちゃん。
失言したかこれ……美波ちゃん、めっちゃ目頭押さえてる。
大きな溜息を吐いた彼女は、ボリボリと頭を搔き始めた。
「取り敢えず、編入してから今に至るまで、どんなことをされたか事細かに教えてくれる? 良し悪しはコッチで判断するから、とにかく片っ端から言ってって」
「どしたん? えらい親身になってくれるやん。美波ちゃんらしくない」
「花村君がテスト中に騒ぐもんだから、結局教頭にバレて大事になっているんだよ……ったく……本音を言えば揉み消したかったよ……」
「揉み消しちゃえ……口裏合わせるから……」(ねっとりボイス)
「ち、ちょ!? 急に耳元で囁かないでよ! くすぐったいなぁ!」
耳を搔き毟りながら、顔を真っ赤にさせて離れていく美波ちゃん。
ぐぬぬ……と呻いた美波ちゃんは、ギロリとコチラを睨みつけた。
「四分咲君のメンタルはどうなってるのよ! あんなことがあったら、普通ちょっとは落ち込むでしょ!!」
「俺、細かいこと気にしないタチなんすよ。凄いでしょ〜」
「いや、凄いけど……確かに凄いんだけど……凄いっていうより、頭おかしいっていうか……」
「だから美波ちゃん! 今はこんなことより、婚活に集中しよ! ね? ボク、応援するから!」
「遂に私の婚活を心配し始めたよ……普段どんな生活を送ってたら、こんな子になるのよ……」
よしよし。
話が脱線してきたな。
あとは畳み掛けるだけだ。
「そういや、美波ちゃんって婚活パーティーとか行くんすね。美波ちゃんの容姿なら、引く手数多でしょ?」
「ま、まぁ、私はかなりモテる方だと思うよ? この前行った街コンも、二人から名刺貰ったし」
「すっげぇ〜! ちなみに、今日はどんなメンツが集まんの?」
「おっ? 聞いちゃう? なんと今回はねぇ、医師様限定の婚活パーティーなんだよ! 年収一千万越えが、わらわら集まるんだよ!」
「はぇ〜……さすが美波ちゃん。美波ちゃんクラスになると、男のレベルも上がっちゃうんだねぇ……」
「えへ……えへへ……あ、あとはね! 気の弱そうな男を捕まえて、ペロンチョすれば勝ち組になれるんだよ! 凄いでしょ!」
「凄いっす美波ちゃん! いやぁ〜……今日のパーティーに来る男は、相当ラッキーっすよねぇ〜……なんせ、美波ちゃんっていう美女が来ちゃうんだから」
「だ、だろぉ! 分かってんじゃん四分咲く〜ん!」
やたら嬉しそうに、俺の肩に腕を回してくる美波ちゃん。
褒められたことが相当嬉しかったのか、そのままベタベタと絡まれながら、一時間ほど雑談を交わした。
──────────
一方その頃、某ファミレスの片隅。
テスト勉強の待ち合わせに集まっていた幼馴染グループは、巴ちゃんから一連の話を聞いて、完全にブチ切れてしまっていた。
「そんで? その花村ってヤツはどこにいるんだ? 今から俺が、話つけに行くわ」
ガタッと立ち上がり、カバンに手をかける錬児。
心底苛立っているのか、鬼のような形相になっている。いつも穏やかなイケメンはどこにもいない。
そんなブチ切れ錬児を、文香が静かに宥める。
「落ち着いてよ錬児君。あなたのことだから、どうせボコボコにするつもりなんでしょ? また停学になっちゃうし、タカちゃんも悲しむからやめて」
「じゃあ放置するのか? タカシを停学に追い込もうとしたヤツだぞ? そんなヤツを野放しにするつもりかよ」
「するワケねぇだろ……人の旦那を嵌めようとしたんだぞ……? 死ぬほど後悔させてやる……死ぬほどなぁぁぁ……」
「お、おう……」
自分以上にブチ切れている文香を見て、冷静になっていく錬児。
幼馴染グループの中で、最も怒らせると不味い女がキレているのだ。錬児はもう、黙ることしか出来なかった。
そんな不穏な空気に包まれる中、凛子の動揺するような声が聞こえてくる。
「と、巴さん! タ、タカシの様子はどうだったの? クラスメイトに嵌められて、ショックを受けてなかった?」
「いつも通り、のほほんとしてたから大丈夫だとおもうよ。彼、終始他人事だったし」
「ホント? 無理した様子はなかった?」
「ボクはこう見えて、人を見る目はあるからね。タカシさんは、全く気にしてなかったよ」
「そ、そう? それならよかった……」
ホッと胸を撫で下ろす凛子。
心配事が解消されたのか、彼女の口調が、いつものモノへと変わっていく。
「ホンット、いい迷惑だわ! 今日はみんなで、楽しく勉強会をする予定だったのに台無しよ! タカシに代わって訴えてやりたいくらいだわ!」
「まさか、こんな下らないことをするなんて、ボクも考えてなかったよ……ボク達が冷たく遇えば、改心すると思ったのに……タカシさんには悪いことをしちゃったな……」
しょんぼりと肩を落とす巴ちゃん。
錬児と文香がフォローに入る。
「巴さんが落ち込む必要ないだろ。どう考えても花村ってヤツが悪いんだから」
「そうだよ巴ちゃん。その花なんとかって人がいけないんだよ。巴ちゃんが気を落とす必要なんてないよ!」
「ってかさ、その状況でなんでタカシに喧嘩売るんだ? 巴さん達に、余計嫌われるってことが分からないのか?」
「バカだから分かんないんじゃないの? バカだから」
普段は菩薩のように優しい文香が、辛辣な口調で吐き捨てる。
詐欺の一件以来、より一層惚れ直してしまった彼女にとって、タカシを悪くいう生徒は敵でしかなかった。
そんな文香を怒りを鎮めるように、凛子が話題を変える。
「それで、その花村って人達はどうなるのかしら? 教頭まで動いているようだから、お咎めなしってことはないと思うけど」
「どうだろ……いくら大事になっているとはいえ、花なんとかって人がやったことは嘘を吐いただけだから、厳重注意で終わるかもしれないよね……」
「は? タカシを停学に仕向けたのに、厳重注意で終わっちゃうの?」
「タカちゃんが今までやられてきたを洗いざらい喋れば、それなりの罰が下るかもしれないけど……タカちゃんって、あの性格だからなぁ……喋らないんじゃないかなぁ……」
「あぁ〜……確かに……面倒くさがって流しそうよね……」
長い付き合いの文香と凛子だからこそ、タカシの性格が分かる。
あの男は、とにかく適当なのだ。
今回のことも、軽くスルーするに違いない。それが容易に想像出来るから、文香と凛子は苦い表情を浮かべるしかなかった。
それを見た巴ちゃんが、明るく声をあげる。
「ま、学校側が何もしなくても、ボクがなんとかするから大丈夫さ! タカシさんの妻として、もう生ぬるい対応は取らないよ!」
「そうだね巴ちゃん! 私もタカちゃんの正妻として、きっちり花なんとかって人と闘うよ! 正妻の意地、見せつけるね!」
「ふふ……二人共張り切ってるわね。私もタカシの本妻として、しっかりタカシを支えるわ! 芸能活動は、タカシとニャンニャンする為に休止してるんだから!」
「やべぇ。ツッコミ役が俺しかいねぇ」
肉食系になっていく女子達に、軽くツッコミを入れる錬児。
頭に上っていた血が引いてきたのか、そこでようやく、彼は気付いた。
「そういや、ナタリーさんとシェリーさんはどうしたんだ? 姿が見えないけど」
「ん? あー……ナタリーさんとシェリーさんなら……」
そこまで言って、巴ちゃんは笑った。
「タカシさんが終わるのを、校門で待ってるんだって。あんな二人だけど甲斐甲斐しいよね」








