67話
私立水蓮寺高校には、一般受験組と、エスカレーター組という二種類の生徒が存在している。
一般受験組はその言葉通り、入学試験に合格した生徒達のことで、タカシ達はここに分類された。
エスカレーター組は、俗に言う内部進学者のことで、中等部から試験免除で上がってきた生徒達のことを指した。
同じ偏差値の同じ高校でありながら、この二つの生徒達の間には、ちょっとした学力の差がある。それが水蓮寺高校の大きな問題点だった。
原因は二つある。
一つは、一般受験組の学力が高すぎるということ。
水蓮寺高校はかなりの人気校で、志願者は毎年、定員の三倍は集まるような高校だった。
難関大学の高い進学率や、充実した学習設備、整備の行き届いたスポーツ施設、周辺高校とは比べ物にならないくらい可愛い制服など、青春を約束されたような学校だった。そりゃあ、志願者の学力も年々上がっていくというものだ。
そしてもう一つの原因は、エスカレーター組に限り、水蓮寺大学へ内部進学を行えるという制度にあった。
これは一貫校特有の、六年計画で行われるカリキュラムについていけなかった、いわゆる落ちこぼれの為に設けられた救済措置だったのだが…………一部の生徒が、これに目をつけて悪用した。
難関大学までとはいかないまでも、水蓮寺大学もそれなりの大学。勉強をせずに進学出来るなら、それに越したことはない。
ある程度偏差値の高い大学に、無条件で入れるのだ。楽をしたい生徒なら、そっちに流れるのは仕方ないことだった。
こういった経緯から、水蓮寺高校では真面目な生徒と、そうでない生徒の差が大きく生まれ始めていた。
さらに厄介な事に、不真面目な生徒達のトラブルも起こり始めていて、大神という問題児がそうだったように、一部の非行化が進んでいた。
そんなこんなで、水蓮寺高校は進学校でありながら、不良と呼ばれる生徒の多い、謎の高校に仕上がってしまっていた。
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一人一人の机に、テストを配る美波ちゃん。
その姿をボンヤリと眺めながら考える。
なんていうか……自分のコミュ力のなさに引くわ。
会話が下手くそっていうか、上手いことキャッチボール出来ないっていうか、どうやっても同級生を怒らせてしまうっていうか。
せっかく花村君が話しかけてきてくれたのに、また変な空気になってしまった。いつぞやの志村君を思い出すよ。
ナタリー達が目に見えて不機嫌になったから、変に慌てて割り込んだのも失敗だったな……もうちょい冷静に行動すればよかった。
どうすっかなぁ…………。
そろそろ本気で、クラスメイトとの関係を修復しなければならない。少なくとも、ナタリー達には仲良くなってもらいたい。
俺をハブにするのはいい。いや、よくないけど……まぁいい。
でもナタリーやシェリー、巴ちゃんが俺のハブに付き合ってるのは、ちょっと違う。
俺は帰還した時、ナタリーを楽しませると約束した。
卒業の時、感動で泣かすと宣言した。
それなのにこのままじゃ、その約束を反故にしてしまう。散っていった英雄達に、顔向けが出来なくなる。
さっきの一件で、アイツらの怒っている理由が分かった。ナタリー達は、俺がハブにされていることを怒っているのだろう。
実際に目にして分かったが、花村君がキレたあたりで皆の苛立ちが強くなったからな。俺の洞察眼が腐ってなければ、間違いないと思う。
過保護っていうかなんていうか…………俺に付き合わなくていいのに。マジで。
どうすっかなぁ……。
取り敢えず、なにか対策を取らなきゃならない。
いっそのこと花村君を買収して、上辺だけでも友達になってもらおうかな? これなら根本的な解決にはなってなくても、仲良く見えるだろうし。
…………いや、ちょっと待て。
適当に考えたけど、これっていいアイデアじゃね? 今の問題が、全部解決するやん。
天啓のようなひらめきに、思わずほくそ笑んでしまう。期末テストが終わり次第、花村君を買収すれば万事上手くいく。
心なしか、胸が軽くなっていった。
「みんな準備は出来たかな? それじゃあ期末テストを始めるよ! 先生が開始って言ったらプリントを表にしてね!」
美波ちゃんの言葉で、教室の空気がピリッとしたものに変わっていく。
このテストの出来映えによって、楽しい夏休みを送れるかどうかが決まってくる。そりゃあ、緊張するってもんだ。
「シャーペンと消しゴム以外は、机の中に仕舞ってね! くれぐれもカンニングに繋がる行為はしないように! 先生の査定に響くから! その上で、どうしてもやりたいって人は他の教科でやってね! 先生の査定に響かないから! だからこのテストだけは、絶対に問題を起こさないでね!」
さすが美波ちゃん。注意するかと見せかけて、全力で保身に走っている。先生のそういうクズっぽいところ、大好きっす。
「それじゃあ始めるよ! テスト開始ー! みんなーがんばえー!」
美波ちゃんがパンッと両手を合わせると、クラスメイトが一斉にテストに取りかかった。
俺もさっそく、目の前に置かれたプリントを表にする。
期末テストは七教科の十一科目。
初日のテストは全部で三つ。ドズの功名か、今日の科目は問題なさそうだな。余裕で満点取れると思う。
サラサラとペンを走らせながら、目の前のテストに没頭していると、美波ちゃんの不思議そうな声が聞こえてきた。
「ん? どうしたの? 消しゴムでも落とした?」
教卓を降りた美波ちゃんが近付いてくる。
どうやら俺の後ろにいる生徒が、彼女を呼んでいるみたい。
特に気にせず視線を戻すと、後ろの生徒がとんでもないことを言い始めた。
「先生ぇ〜。四分咲君がカンニングしてまぁ〜す」
「え?」
心底人をバカにしたような、花村君の声。
その声を皮切りに、教室から次々と非難があがった。
「さっきから四分咲君が、隣の席をチラチラ見てるんですよぉ〜。先生ぇ〜、四分咲君を停学にして下さ〜い」
「俺も見ました! 四分咲君がカンニングしているところを! 間違いないです!」
「カンニングとか狡いっすわぁ! はっず!」
「これは完全に停学っすね。ついでに死ね」
ギャハハという笑い声と共に、花村君の取り巻きからも非難があがる。
なんだこれ……なんでカンニングを疑われてるんだろ……。
ずっとテストに向かい合ってたから、疑われるような行動は取っていない。これでカンニングに繋がるのなら、何をやってもカンニングになると思う。
なんか勘違いしてないか? そもそもこの教科だけはカンニングなんか────
そこで美波ちゃんと目があった。
「四分咲君が…………カンニング…………?」
そう呟いて、俺のテストに視線を移す美波ちゃん。
少しの間、固まっていた彼女は、何かを悟ったのか、大きな溜息を吐いた。
「あのさぁ……花村君。変な言いがかりは止めてくれないかな? さっき言ったよね? 先生のテストだけは問題を起こすなって」
普段聞くことのない、美波ちゃんのひっくい声。
その声色に動揺したのか、花村君が慌て始めた。
「な、なんで言いがかりって決めつけるんだよ! 先生、俺の言うことを信じてくれないのか!?」
「信じるワケないじゃん。だって嘘だし。っていうか、これ結構な大事になるよ? 先生に飛び火する前に、早く四分咲君にごめんなさいしてよ。そしたら先生、必死で揉み消すから」
「な、なんで信じてくれないんだよ! ふざけんなよ! おかしいだろ!」
「まだ言うつもり? これが教頭にバレたら、私、残業する羽目になるんだけど。やめてよ。今夜婚活パーティーがあるんだから、さっさと撤回してよ」
ウンザリと突き放す美波ちゃん。
生徒のことを一ミリも考えてないところに感嘆する。このクズっぷり、ほんと好き。カタリナを思い出すわ。
予想もしてなかった展開に吹き出していると、花村君が遂にブチ切れた。
「俺が見たっていうんだから見たんだよ! なんで四分咲の味方するんだよ! 俺を否定すんじゃねぇよ!」
机がバンッと叩かれ、教室が静まる。
怒鳴り声をあげる姿に、注目が集まる。
癇癪を起こす花村君に、美波ちゃんが顔を歪ませながら、吐き捨てるように言い放った。
「今やっているテスト、英コミュなんだけど」
「あ゛!?」
「だからぁ……今やっているテスト、『英語コミュニケーション』なんだけど!」
「それがなんなんだよ!!」
「純度百パーセントのバカかコイツは…………四分咲君が帰国子女なの忘れたの? 彼、英語ペラペラなんだよ?」
「……………………え?」
「私よりネイティブな四分咲君が、なんでカンニングなんかするのよ。アホなの?」








