65話
「おはよ巴ちゃん。シェリーがFXで有り金を全部スッちまったんだけど、どうすればいいと思う?」
「おはようタカシさん。どうすればって言われても…………美味しいものでも食べて、現実逃避すればいいんじゃないの? ボク、美味しい串揚げ屋さんを知ってるから、そこへ行こうよ」
「ちょ、ちょっと巴さん!? 適当に流さないで下さいまし! もっとこう、親身になって下さいまし!」
「あはははははは! いいぞぉ〜、巴ちゃ〜ん、いいぞぉ〜、あはははははは!」
登校してきた巴ちゃんに、タカシ達が群がる。
怪訝そうな表情を浮かべながら、巴ちゃんはシェリーと向かい合った。
「有り金を全部って……いくらスッたんだい?」
「す、数億とだけ、お答え致しますわ……」
「数億もの資産があって、なぜFXに手を出したんだい?」
「そりゃあ……遊ぶ金欲しさってヤツですわ……」
「サラリーマンの生涯年収を持ってるのに、まだ遊ぶ金が欲しかったのかい?」
「減っていくだけの貯金通帳を眺めるのは、なんとも心許なくてですね……」
「薄々思ってたんだけど、君って生粋のバカなんじゃないのかな? 後先考えずに行動しすぎだと思うんだけど」
「も、もう堪忍して下さいましぃ……タカシ君にもボロくそ怒られたんですからぁ……」
うぼぁぁぁぁぁぁぁ…………と泣きながら、膝から崩れ落ちていくシェリー。
そんな残念娘に呆れつつ、タカシとナタリーが耳打ちし合った。
「負け分を取り戻すにしても、FXを続けるのは現実的じゃねぇよなぁ……幾ら俺でも、チャートの予想が出来る、都合のいい特性なんて無いし……」
「カジノとか競馬なんかで稼ぐのはどうかなぁ〜? アレならタカスィの特性が使えるでしょ〜?」
「FXみたいなゼロサムゲームならまだしも、胴元がいるギャンブルはやりたくないんだよねぇ……100%勝てるギャンブルなんて、営業妨害にしかならないし」
「まぁ〜、ズルみたいなモンだからねぇ〜。じゃあ、どうやって稼ごっかなぁ〜」
和気あいあいと、学生っぽくない会話を交わす四人。
クラスメイトの注目なんてなんのその、今日も朝からキャッキャウフフを繰り広げる。
そんな仲睦まじく会話をするタカシ達に、四、五人の男子生徒が近付いていった。
媚びを売るような笑みを浮かべながら、それでも緊張した面持ちで。
「あ、あのさ! なにか困ってることがあるのかな!? それなら俺達にも相談に乗らせてくれよ!」
「そ、そうそう! 同じクラスメイトなんだからさ!」
髪が明るく、体の鍛えられた、そこそこ小綺麗な男子生徒が取り囲む。
D組のトップカースト、天乃君とはまた違ったグループに所属する、陽キャグループが会話に混ざってきた。
体育会系の爽やかな微笑みは、まさにイケメンそのもの。錬児には遠く及ばないが、彼らもまたイケメンだった。
そんなテンションの高いイケメンとは裏腹に、ナタリーやシェリー、巴ちゃんの表情が曇っていく。
まるで、話しかけてくんなと言わんばかりに、大きな溜息を吐く。
彼女達の、露骨な態度の変化に戸惑いつつも、それでもイケメン達は、会話を続けようと頑張った。
「い、いきなり話しかけてごめんね! なんか困ってる様子だったから、どうしても心配になっちゃって!」
「可愛い女の子の困っている姿は見過ごせないんだよ! 四分咲より頼りになるから、俺達に相談して!」
「そうそう! 四分咲なんか放っておいて、俺達と語ろうぜ! バリ楽しいよ!」
「実は俺達、ネット配信もやってるんだぜ! 出ちゃったりする!?」
次々と、聞いてもない自己アピールを繰り返すイケメン達。
自分たちが如何に優れているかを、必死になってプレゼンする。
その様子を見たタカシが、ズイッと間に割り込んできた。
「へぇ〜……花村君たちって配信者なんだね。凄いじゃん。チャンネル名、教えてよ」
花村君の肩に手を置き、興味深そうに瞳を輝かせる。
全く望んでない展開に、陽キャ達は苛ついた。
「どんなコンテンツで投稿してるの? もし野球が関係しているのなら、俺も混ぜてほし─────」
「あー…………黙れ。空気読めカス」
「ってか、四分咲はお呼びじゃねぇんだよ。秒で消えろ」
「あはは。めっちゃ辛辣なんだけど。ウケる」
ケラケラと笑うタカシに、イケメン達の怒りが募っていく。
肩に置かれた手を振り払い、花村君とその仲間達はドスの効いた声で呟いた。
「あのさぁ……黙れって言ったよな? あ? 日本語分からねぇのか?」
「俺、帰国子女だもん……日本語だって怪しいところあるもん……教えてくれりゅ?」
「キメェなぁ! 上目遣いですり寄ってくんなクソがっ!」
「さすがイケメン……わたくしの色仕掛けが通じないですわ……わたくし悲しいですわ……」
シェリーの真似をするタカシに、花村君達の苛立ちが加速する。
最底辺の陰キャが、トップカーストのイケメンにウザ絡みをしているのだ。
普通の思考回路なら、こんな態度は出来ない。タカシが、おちょくってるとしか思えない。
その一方で、ふざけた態度を取りながら、タカシはタカシなりに頑張っていた。
花村君達の登場で、ナタリーやシェリー、巴ちゃんの纏う空気が変わってしまっていたからだ。
特にナタリーとシェリーには、イヤな癖が出始めている。人差し指で体をトントンと叩いたり、無表情で深呼吸を繰り返したり。
タカシはその『癖』が、どれだけヤバいものなのかを身をもって知っていた。
過去に一度、この癖を放置して、エライことになってしまったこともあった。
だから大事にならないよう、空気の読めないタカシが、空気を読めないなりに、頑張って仲を取り持とうとしたのだが……花村君達には伝わらなかった。
「テメェぶっ殺すぞコラァ! 舐めたクチきいてんじゃねぇぞコラァ!!」
「まぁまぁ。そんなプリプリしないでさ、みんなで仲良く野球の話でもしようよ。ね?」
「はぁ!? なんで野球の話になんだよ!! 頭おかしいのかテメェは!!」
「じゃあ、さっき言ってたネット配信について語ろっか。アレって上手くいけば億万長者にもなれるんでしょ? 私、興味ありまぁす!」
「だからテメェとは語りたくねぇっつってんだろ! ぶっ飛ばすぞコラァ!」
どこまでも脳天気なタカシに、花村君が遂にブチ切れる。
ナタリー達と仲良くなるという当初の目的を忘れ、感情的になってブチ切れる。
不器用なタカシの優しさは、イケメン達の危ないスイッチを押してしまった。
この陰キャだけは、イジメ倒すというスイッチを。








