62話
玄関のドアを開けると、やたらガタイの良い外国人が、五、六人立っていた。
先頭に立つ男以外、総合格闘技でもやってるのかっていうくらい筋骨隆々な体つき。両腕にタトゥーが入っていたり、スキンヘッドやドレッドヘアーだったりと、とにかく威圧感が凄まじい。
国際色も豊かだ。パッと見る限り色んな人種が混じっている。
ここ平和な片田舎だよ? なんでマフィアみたいな人達がピンポンしてくるの?
急なアウトロー展開に固まっていると、先頭に立つ細身で長髪の男が、柔らかい笑みを浮かべながら口を開いた。
「突然申し訳ない。タカシ君はいるかな?」
周囲に並ぶイカツイ男達とは、比べものにならないくらい端正な顔立ち。
例えるなら、悪役令嬢に転生したら真っ先に出てくるような白銀の王子様。身長も高くて、スタイルも良くて、イケメンを煮詰めて煮詰めて、徹底的に凝縮したら、こんな顔になるって人。
そんな百人中、九十九人は見惚れるであろう男が、ニコニコと微笑みながらタッ君を要望している。
怪しすぎて思わず眉をひそめてしまった。
「あ、あの……あなた達は一体……」
「あ、ごめんごめん。警戒しないでくれ。決して怪しいモノじゃないんだ。近くに引っ越してきたから、挨拶に来ただけなんだ」
「挨拶……?」
「おっと自己紹介が先だったね。僕はカーター・フラワークライヴ・ポートマン。型式は混合七……いや、型式は言わなくてもいいか……」
「型式?」
型式って確か、シェリーちゃんが初めて来た時に言ってた、混合なんちゃらってヤツだっけ?
ってことはこの人達もタッ君と同じ、兵士って事になるのかな? それならイケメンの周りに立つ、やたら屈強な男達にも説明がつく。
「もしかして、弟と同じ兵士の方ですか?」
「お? そうだよ。良く分かったね」
どうやら正解だったみたい。
カーターと名乗った男が、大げさな仕草で胸を撫で下ろしている。このわざとらしいジェスチャー、すっごい外国人。
「この近くに引っ越してきたから、彼に挨拶をしようと思って。ビックリさせてごめんね」
「は、はぁ……そうなんですか……ビックリしました……」
「ところで君は、タカシ君のお姉さんかい? お名前は?」
「え? あ……その……花梨です。タッ君の姉の花梨です」
「花梨さんかぁ。どことなく、タカシ君に雰囲気が似てると思ったよ。さすが姉弟だね」
カーターさんが、たははーと笑う。
周囲のイカツイ男達も、ニコニコと似合わない笑みを浮かべた。
戸惑うなぁ……。
ウチの素朴な弟が、少女漫画に出てくるようなイケメンや、マフィアみたいな人達と付き合いがあるんだもん。これで国際的歌姫とも面識があるんだから、ホント困っちゃう。
「それはそうと、タカシ君はいるかな? 呼んできてくれないか?」
思考停止していると、カーターさんに話を戻された。
慌てて私は、彼の質問に答える。
「あ……え、えっと……タッ君は友達と買い物に出掛けてて、まだ帰ってきてないですよ」
「…………え゛? い、いないの?」
「さっきカラオケに行くって連絡があったから、たぶん遅くなるんじゃないでしょうか。夕飯も大丈夫って言ってたし……」
「そ、そっか……タカシ君は留守なのか……留守なのか……」
消え入るような声で、項垂れるカーターさん。
周囲の男達からも、「…………へ? ふ、副兵長は留守なの……? 嘘でしょ……?」とか「マ、マジ……? やだ……泣きそうなんだけど……」という声が聞こえてくる。
絶望した様子で肩を落としながら。
まるで愛する人の不在を悲しむかのように。
な、なにこの空気…………。
この人達、どれだけタッ君のことが好きなんだろう……。
弟が不在なだけで、見た目マフィアのような人達がガッカリしている。街で目が合ったら、速攻で目を逸らすような強面たちが、少年のようにションボリしている。
怒ったり、憤ることもなく、ただ淡々と悲しそうに俯いている。
学校では陰キャと囁かれるタッ君。
どこまでも素朴で、優しいことが取り柄のタッ君。
そんなタッ君が、やたら強面達に愛されている。
一体、どんな修羅場を乗り越えてきたのだろう。
どんな経験を積み重ねれば、こんな強面達と、親友のような関係を築けるのだろう。
タッ君の偉業は、ナタリーちゃんとシェリーちゃんから沢山聞いた。
SNSでもその片鱗を見た。
それでもまだ、私はタッ君の事を、ほとんど理解していなかったみたいだ。
次から次へと、突き付けられる現実に、
お姉ちゃんはもう、ダメかも分からん。
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「それじゃあ僕たちはこれで失礼するよ……はぁ……」
「あの……本当に連絡しなくても良かったんですか? 今からでも、タッ君に電話しますよ?」
「大丈夫だよ……楽しんでいる所に水を差したくないからね……また後日、折を見て伺うよ……」
引き攣った笑顔で、私の提案を断るカーターさん。
イカツイ男達の背中を押して、立ち去ろうと背を向ける。
「タッ君に言っておきますね。カーターさんが来てくれたって」
「あ…………それならポートマンが来たって伝えてくれる? タカシ君、僕のファーストネームを覚えているか怪しいから」
「あ、あはは……そうしますね」
「君は穏やかな女の子だね。新鮮な気分になるよ」
苦笑いを浮かべながら、ポツリと呟くポートマンさん。
帰還直後のタッ君みたいな事を言っている。軍の女は本当に面倒くさいって声色で。
私も反応に困り、同じように苦笑いを浮かべていると、ポートマンさんが、なにかを思い出したかのように振り返った。
「あ、そうそう。これだけは言おうと思ってたんだ」
そう言って振り向いた彼は、
私に向かって敬礼を放った。
周囲の男達も、それに続くように右手をこめかみにあてる。
突然向けられた規律のある行動。一拍置いて、ポートマンさんの優しい声が響き渡る。
「ありがとね」
「え?」
「君の弟さんのおかげで、僕達は生き残ることが出来た。君たち家族にとっては辛かったかもしれないけど、タカシ君が戦地にきてくれたおかげで、僕達は死なずに済んだ。本当にありがとう」
「え?」
「たぶん、唐突に何言ってるんだコイツって思っているかもしれないけど……どうしてもこれだけは言っておきたかったんだ……タカシ君の家族にだけは……」
「………………」
どこか寂しそうな笑顔を向けながら、一方的に喋り続けるポートマンさん。
真っ直ぐと私を見据えながら、淡々と言葉を続ける。
「だから、なにか困っている事があったら、僕か、僕の部隊に言ってくれ。タカシ君の身内は僕の身内。君の頼みなら、どんな些細な願いでも叶えるから」
「え? は、はぁ……」
「たとえば学校で仲間外れにされたり、イジメられたりしたら必ず連絡してくれよ? 不良学生の一人や二人、消すことなんて造作もないから」
「さ、爽やかな笑顔で、怖いことを言わないで下さいよ……べ、別にハブになんてされてませんから……」
敬礼を続ける歴戦の兵士達に、かろうじてツッコミを入れる。
僅かなやり取りだったけど、どこか頭のネジがぶっ飛んでる人なんだって事が分かった。
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「菫ちゃーん。お待たせー」
ポートマンさん達が帰り、リビングへと戻る私。
置きっぱなしにしていたスマホを手に取り、やりかけだった検索を再開する。
色々あったけど、取り敢えず今はタッ君のカッコイイ画像を集めよう。うん、そうしよう。
ふひひ、とニヤつきながら腰掛けると、菫ちゃんが震え声で呟いた。
「か、花梨……もう見れないよ……」
「え?」
「け、消されちゃったの……」
「え? 消された? 消されたって何が?」
「タカシ君のカッコイイ画像が、片っ端から削除されているの……」
「………………は?」
慌ててスマホを立ち上げ、さっきまでの検索結果を表示させる。
沢山あった、タッ君のかっこいい写真。
生唾を飲むようなそれらの画像は、検索結果から、一つ残らず消えてしまっていた。








