61話
ここまで読んで頂きありがとうございます。
西に日が沈み、徐々にあたりが暗くなり始める夕暮れ時。
蝉時雨が静まり始め、茹だるような暑さが落ち着いていく中、私と菫ちゃんはスマホを眺めながら震えていた。
「い、いや……なにこれ……な、なんなのこの数……」
「え……ち、ちょっと待っ……え?」
今日は菫ちゃんと、四分咲家で作戦会議を行っていた。
先日、ナタリーちゃんとシェリーちゃんに教えてもらった、『タッ君は世界を救った英雄で、世界中の老若男女が彼を狙っている』という話が本当なのかを調べる為に集まっていた。
やっぱり、どうしてもピンと来なかった。
あの飄々としたタッ君が、世界を救った英雄になってるなんて、どう考えてもピンと来なかった。
だから私達は、その事実確認を行おうとしたのだけど────
「か、花梨……どう? 準備出来た?」
「ま、待って……いま翻訳アプリを立ち上げているから……」
実は最近、一部の規制が緩和された。
国連復興軍が終戦宣言を発令したことで、それまで特例が無い限り規制されていた、各国の出国制限が解除された。
それに伴い、SNSの規制も緩和されたみたいで、世界中の情報を一斉に入手出来るようになった。
大人気だったメッセージ投稿アプリのサービスも、今日の夕方にサービスが再開されたから、それこそ簡単に世界中の声を聞けるようになった。
私と菫ちゃんも早速ダウンロードした。
そして今、『Shibusaki Takashi』の検索結果が、スマホに表示されている。
「えっと……読み上げるね。『私は十六歳、デンマーク在住の女の子です。私を救ってくれたヒーローは、シブサキタカシという名前なのですね。オリヴィアの新曲で知りました。私も彼に会いたいです。どこへ向かえばいいのでしょうか?』…………こ、これと同じような呟きが、山のようにあるんですけど……」
「すごい数の呟きが、今も投稿され続けてるし……『シブサキタカシはスーパーヒーロー! 彼の活躍は、沢山のバイセクシャルを増やす要因となりました!』とか、『俺が養うから結婚してほしい!』とか、『俺の股間をシブサキタカシに捧げたい』とか……」
「えぐい呟きが多いよね…………『私は二年前、宇宙人に攫われそうになった所を、シブサキタカシに助けてもらいました。彼がいなかったら、私は間違いなく殺されていたと思います。だからお願いします! シブサキタカシの情報を下さい! 恩返しがしたいのです!』とか言って、凄くエッチなお姉さんが、半裸の写真をアップしているし……」
「ま、まぢで世界規模なんだ……年齢関係なくタカシタカシゆってる……」
スマホをスクロールして、膨大な数のつぶやきを流し読みする。
どれもこれもタッ君を褒め称え、崇め、感謝し、称賛の嵐を送っている。
ここまで来ると、もう認めるしかない。現実を受け止めるしかない。
私の弟は、私の知らない所で世界を救っていたのだ。
─────────────
メッセージ投稿アプリに、一つの動画があがっていた。
雑居ビルの立ち並ぶ繁華街を、大勢の外国人が、叫びながら走っていくという内容だった。
なにかに追われているのだろうか。時折、後ろを振り返り、確認するような行動を見せる者がいる。
子供を抱え、悲痛な表情で走っていくお母さんらしき姿もある。
まるでパニック映画のワンシーン。映画と違う所は、本物であるが故に、真に迫るっていうか。
撮影者は、物陰に隠れて震えているようだった。
隠れたほうが安全だと判断したのか、はたまた怪我をして動けないのか、身を潜めて泣きべそをかいていた。
唯一、私の英語力で聞き取れたのは、『Please help me』や『Oh my god』といった言葉。震え声で繋ぐ言葉から、かろうじてその単語を聞き取るが出来た。
声質からして、十代半ばくらいの女の子なのかな? あどけなさの残るような声だから、たぶん合ってると思う。
そんな感じで、しばらく逃げ惑う人々の様子を写していたかと思うと、急に黒い影が現れた。
画面脇から、なんとも形容し難い、黒い包帯の巻かれた巨人が現れたのだ。
大きさは周囲に並び立つ雑居ビルと同じくらい。それくらい大きい生物が、悠然と歩を進めている。
まさにモンスター。こんな生き物、漫画や創作上でしか見たことがない。
そのモンスターは次々と、逃げ惑う人達に襲いかかった。
巨体には似合わない素早い動きで、人々を捕まえ始めたのだ。
捉えられた人達は宙空へ持ち上げられ、今にも食べられそうになっている。
そこで撮影者も見つかったようだ。巨人に捕まり、その身体を鷲掴みにされた。
彼女の絶叫が動画内で響く。無理もない。今まさに、大口に飲み込まれそうになっているのだから。
目を背けたくなるような映像が流れる…………そう思った瞬間、
巨人の頭が、ドゴォンという音と共に吹っ飛んでいった。
何が起こったのか分からなかった。
画面に大きく映し出された巨人の頭部が、轟音と共に吹っ飛んでいったのだ。
グチャグチャと音をたてながら、ゴロゴロと転がっていくモンスターの頭。
撮影者も、周囲の人々も、唐突な展開に『What happened ?』とか言っている。心なしか、一緒になって襲っていた他の巨人も困惑しているようだ。
動揺に包まれる中、どこか聞き覚えのある男の子の声が聞こえてくる。
「俺が一番乗りか……」
SFでよく見るような黒いバトルスーツと、スモークシールドの入ったフルフェイスのヘルメットを被る兵士が現れた。
頭部を失った巨人に向けて、高速で手刀を切る。
「Please flee to a safe place」
一言声をかけたかと思うと、撮影者を掴んでいた腕がバラバラになった。
拘束が解け、解放される。
撮影者を救い出すと同時に、頭と腕を失った巨人が、糸の切れた人形のように倒れ込んできた。膝をつき、前のめりでゆっくりと。
それを邪魔だと言わんばかりに、兵士が後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。再び響き渡る、ドゴォンという音と共に、巨人は空の彼方へと吹っ飛んでいった。
現実とは思えない光景に、敵味方関係なく目を奪われた。
特に巨人たちの動揺は凄まじい。気持ち後退りしているように見える。
悠然と佇み、周囲を見渡す黒い兵士。
銀色の煙を身に纏い、何処からともなく、黒く巨大な棍棒を生み出しながら、彼は冷たい口調で言い放った。
「Welcome to earth. and die」
同時に、戦闘という名の無双が始まる。
英雄降臨と題されたその動画は、投稿から僅か三十分で、一億再生を超えるほど再生されていた。
───────────
一時間ほどかけて今の状況を整理すると、とんでもない事態になっている事が分かった。
◇日本を除く世界中の人々(正確には日本を除く北半球の人々、特に北極圏に近い人達)が、シブサキタカシを認知し崇拝している。
◇その人気っぷりは凄まじく、出国制限が解除された今、来日しようとする人が増え続けているらしい。
◇オリヴィア・ステージアの『I LOVE タカシ』発言も、『まぁ、相手がタカシなら仕方ないだろ』って感じで話題にすらなっていない。日本だとめちゃくちゃ炎上しているのに……オリヴィアにはガチ恋勢が多いはずなのに……。
冷静に考えて、この状況かなりやばくない? 日本はここまで話題になってないけど、じ、時間の問題なんじゃ……。
漠然とした焦燥感に襲われていると、隣に座る菫ちゃんが黄色い声をあげ始めた。
「ヤバ〜〜〜ッ! これまぢでヤバ〜〜〜ッ! しゅきすぎて困るんだが! 困るんぢゃが!!」
能天気にスマホを眺めながら、キャーキャー騒いでいる。
この状況で、なんでハシャいでられるのよこの子は……。
「ち、ちょっとぉ……なに遊んでるのよぉ……」
「いや、花梨見てよ! これまぢヤバだよ? どちゃくそカッコいいよ!!」
そう言って、興奮気味にスマホをコチラへ向ける菫ちゃん。
画面には夕日に染まる海岸線が映っていた。
よくよく見てみると、海岸線沿いに沢山の兵士が歩いている。
ボロボロになった戦闘服を着込み、フルフェイスのヘルメットを小脇に抱えて。
戦闘が終わった直後なのか、みんな表情が明るい。嬉し泣きを見せる兵士もいる。
その先頭を、見知った男の子が歩いていた。
素朴な顔立ちの、何処にでもいそうな男の子。
金髪を二つ結びにした女の子と、銀髪でおかっぱの女の子に挟まれている。ボロボロになりながらも、みんな満面の笑みを浮かべて。
本当に嬉しそうに、彼らは夕日で紅く染まる海岸線を歩いていた。
なんていうか……すごく胸を打った。
確かにめちゃくちゃカッコよかった。
夕日で紅く染まった海岸線が絵画のように美しいし、戦闘直後に撮ったであろう、地球を守る兵士たちの姿が本当にカッコよかった。
なにこれぇ……私もこの画像欲しいんだけど……。
思わず大義を忘れて、菫ちゃんに質問する。
「その写真、なんて検索したら出てきた?」
「cool takashi で出てきたよ。他にもいっぱいある」
「クールタカシね……クールタカシ……」
取り敢えず色々考えるのは止めて、まずはデータの収集を始めよう。
うん。これは情報収集なのだ。少しでもこの状況を有利に進めるために情報収集をするのだ。決して画像を使ってニャンニャンするワケではないのだ。
そう自分に言い訳しつつ、スマホを高速で操作する。cool takashi の検索結果が、ズラッと画面に表示される。
沢山の画像を前に、結構な量の生唾が出てしまった。おっふぅ……ヤバいヤバい……私とした事が……。
さっそく上の方から見ていこうと思った瞬間、
ピンポンという、チャイムの音が鳴り響いた。
「ん? 花梨、お客さんが来たみたいだよ」
「こんな時間に誰だろ? いいところだったのに……」
眉をひそめ、玄関の方へ視線を向ける。
まったく……おあずけを食らった気分だよ……。
少し不貞腐れながら、私はスマホを置いて立ち上がった。
六章完結まで毎日投稿したいと思います。21時から22時を目安に投稿させて頂きますので、よろしくお願い致します。
あと、書籍化の情報も解禁となりましたので、そちらも公開したいと思います。
『主婦と生活社 PASH!文庫』様より5月2日に発売が決定しました。イラストレーターは千種みのり先生となります。
敏腕カリスマ編集者様と、超絶最強イラストレーター様の手腕で、素晴らしい出来栄えとなりました。
これほどの超人達が携わってくださったのも、応援して下さった皆様のおかげでございます。本当に感謝の言葉しか出てきません。
加筆内容や詳しい特典については、六章完結時にお話し致しますので、そこまでお付き合い頂ければと思います。
ちなみにコミカライズも決定致しました。こちらは詳細分かり次第、ご連絡致します。
最後に、評価、ブックマーク、感想、レビュー、大変ありがとうございました。私の気持ち悪い部分が見えないように、返信は控えさせて頂いておりますが、全て目は通しています。
沢山の優しいお言葉、励みになっております。本当にありがとうございます。
今後とも宜しくお願い致します。
(^o^)ノシ








