57話
「徴兵……? 文香に徴兵の令状が届いたの?」
「ひっく……ぅ、うん……」
カタカタと震えの止まらない、文香の背中を摩る。
どうやら彼女に、出兵するよう国から連絡があったらしい……けどなんで今さら? 終戦したじゃん。
「それって何かの間違いじゃないのか? 戦争はもう終わったんだし」
「わ、私も……ぐす……そ、そう思ってぇ……地球防衛省って所に確認したんたけど……ひっく……インベーダーの残党が現れたから……ま、間違いじゃないってぇ……」
「残党?」
インベーダーの残党って、デブリの事か?
ますますワケが分かんねぇな……デブリの残党なんかいるワケないのに……。
「うーん、やっぱり信じられないなぁ。俺達に、招集命令はかかってないし」
「そ、それは……恩赦が与えられたんじゃないの? タカちゃんって帰還したばかりだから」
「恩赦……」
恩赦なんて甘い判断を、軍がするかなぁ?
アレに一番ビビってたのは、軍のノーマル共だ
仮に一匹でもデブリが残っているのなら、絶対に呼び戻すと思うんだけど。誰だって、枕は高くして眠りたいだろうし。
なんか、文香と俺の認識に、ズレを感じる。状況の一つ一つに、違和感があるっていうか、なんというか。
考え込んでいると、背後に人の気配。
「や、やっと見つけましたわ……無駄にマールまで使ってしまいましたわよ……」
「もぉ〜……なにも言わずにウラシマで消えないでよぉ……急に居なくなるから焦ったじゃんかぁ〜……」
シェリーとナタリーだ。
悪態をつきながら、俺と同じように窓から侵入してくる。
「ごめんごめん。文香から『助けて』ってメッセージが入ったもんでさ」
「ん? 助けて……って、文香ちゃん何で泣いてるのぉ? どったぁ〜?」
「憔悴されておりますわね……何がありましたの?」
首を傾げながら近付く二人に、簡単に説明する。
「文香に徴兵の令状が届いたみたいなんだよ。宇宙人の残党が現れたからって」
「残党ぉ……? 何かの間違いじゃないのぉ?」
「デブリは根絶やしにしましたわよ? タカシ君だって、ワタクシと一緒に確認したじゃありませんか」
「いや……そうなんだけどさぁ……」
確かにシェリーの言う通り、索敵の特性を持つM種マールで確認した。
しかも俺だけじゃなく、シェリーやポートマン、兵長にも確認してもらってるから、見落としはない筈なんだ。
半年以上かけて、徹底的に調べ上げたからな。今さら残党が現れたとか考えられない。
可能性があるとすれば、地球外から再び襲来してきたって事くらいかな? いや……それならこのタイミングで襲って来るのはおかしいか。
デブリにとっても、ザーラ最強種が生きてる間に来ないと勝ち目は無いワケで……うーん……。
考えても答えが出そうにない。
ちょっと調べてみるかな。
「シェリー、本当にデブリが存在しているか、M種マールを使って調べてくれない?」
「いいですけど……どこまで調べればよろしいんですの?」
「取り敢えず存在の有無を確認したいから、地球上全ての地域を索敵して。シェリーなら15分くらいでイケるだろ」
「存在の有無を確認するだけでしたら、5分でいけますわ。任せて下さいまし」
親指を突き立てるシェリー。次はナタリーに指示をする。
「ナタリーは、凛子と巴ちゃんに今の状況を説明してもらえる? 放置してきちゃったし」
「りょっか〜い。すぐ連絡するねぇ〜」
「文香はちょっと待っててくれないかな? 俺はこれから、軍に直接聞いてみるから」
「ぐす……ぐ、軍に連絡して大丈夫なの……? タカちゃん、徴兵されない……?」
「……………………」
その一言で、悟った。
なんで、もっと早く事情を話してくれなかったのか疑問に思ってたけど……それが理由だったのか。
文香は俺を、戦争に関わらせないようにしてくれてたんだな。
どうせ文香のことだから、俺が代わりに戦地に向かうとか言い出すと思って。
女神すぎんだろマジで。良いヤツすぎて震えるわ。
袖で涙を拭う、文香を抱きしめる。落ち着かせるように、頭を撫でる。
彼女は素っ頓狂な声をあげた。
「うぇ!? タ、タカちゃん!? い、いきなりどうしたの!?」
「ありがとう、心配してくれて」
「…………へ?」
「でもさ、次からは直ぐに相談してよ。文香が一人で泣いてるとか、耐えられないから」
「ぁ……ぅ、うん……ぐす……ご、ごめんね……」
「絶対相談しろよ? 次言わなかったらチューするからな?」
「ぐす……ご、ごめんね……ひっく……巻き込んで……ごめんねぇぇぇ……」
彼女は少しの間、静かに泣き続けた。
───────────
「凛子ちゃんと巴ちゃんに連絡したよぉ〜。二人とも、すぐにコッチへ向かうってぇ〜」
「索敵結果ゼロ。デブリの存在は、確認出来ませんでしたわ」
「総監も、そんな話聞いてないって言ってたな。どうなってんだ?」
調べてみた結果、やっぱりデブリは存在していなかった。
軍も認識してないし、M種マールも使ったから間違い無いと思う。
じゃあ徴兵ってなんだよ。なんで徴兵するんだよ。
「文香、地球防衛省の職員は、インベーダーの残党が現れたって言ったんだよね?」
「う、うん……そう言ってたよ」
デブリじゃない新種のインベーダーなら、ワンチャン可能性があったんだけど……やっぱり残党なのか。
なんかイヤな予感がしてきた。
「あのさ、文香に届いた令状を見せてくれない?」
「え? 令状?」
「ちょっと気になることがあって」
「ぁ、うん。いいよ。持ってくるね」
そう言って、勉強机から茶封筒を取り出す文香。
それを受け取り、中身を確認する。
んー…………。
「なんでこれ、出兵を二日後に設定しているんだろ」
「え? ど、どういうこと……?」
「いや、ちょっとおかしくない? 死ぬかもしれない徴兵なのに、二日も猶予があったら、逃げ出すヤツが絶対出てくるでしょ。そんなリスクがあるのに、二日後に出兵させる理由ってなんだろ」
「そ、そういえば不思議だね……」
「俺の時は、令状が届いた当日に出兵になったから……意図が分からん」
ますます疑惑が強くなってくる。
文香の徴兵が間違いだったって言うより、別の思惑があるっていうか。
ただ、それが何なのか分からない……イタズラにしては手が込んでいる。
文面はともかく、この令状も本物にしか見えないし……。
「文香ちゃ〜ん。その地球防衛省の人とは、どんなやり取りをしたのぉ〜?」
「詳しくご説明してもらえませんか? 覚えている範囲で結構なので」
考え込む俺の横で、文香に問いかけるナタリーとシェリー。
俺と同じように思う所があったのか、聞きたかった事を聞いてくれた。
「え? えっと……説明って最初から?」
「出来れば最初っからがいいなぁ〜」
「会話の録音があれば、一番いいのですが」
「録音は無いかな……えっと、最初は──」
文香がことの成行きを説明しようとした瞬間、階下から、バタンッという音が鳴り響いた。
人の気配。
バタバタと駆け回る足音から、慌てた様子が伝わってくる。
そして、その足音が階段をあがり、文香の部屋へ近づいてくると、ドアがバンッと開かれた。
「ふ、文香! も、もう少し待っててね! お母さん、これでまた出かけるから、もう少し────」
文香のお母さんだ。
キョトンとした顔で、俺達の顔を見渡している。
居ると思ってなかったんだろうな。目がめっちゃパチパチしている。
「あ、あれ? タカシ君? ど、どうしてここにいるの?」
「文香のお母さん、ちょうど良かった。聞きたい事があったんですよ」
「あ……ご、ごめんね! 今、ちょっと急いでるから後でもいいかな!? すぐに振り込まなきゃならなくて!」
「振り込む?」
振り込むって………………金か?
今の状況、文香のお母さんの様子、振り込み発言。
………………まさか。
「あの……今まで、誰かと会っていませんでしたか? もしくは、電話で指示を受けてたとか……」
「え? よ、よく分かったね? そうだよ」
「相手は……地球防衛省の職員ですよね?」
「そ、そうだけど……な、なんで分かるの?」
「……………………チッ」
動揺するお母さんから視線を外し、目頭を押さえる。
そうか。
そういう事か。
フザけた真似しやがって。








