55話
「あ……タカちゃんからだ」
お昼過ぎ。
タカちゃんから『どしたん? 話聞こか?』というメッセージが送られてきた。
たぶん、学校を休んだ私を心配したんだろうな……タカちゃんのこういう優しい所、すき。超すき。ちゅき。
思わず嬉しくなって、スマホを眺めながらニヤニヤ笑っていると、急に画面が切り替わった。
バイブレーションと共に、電話番号が表示される。
この番号は……地球防衛省?
さっきの折り返しだと気付き、そのまま通話ボタンをタップした。
「は、はい! もしもしぃ!」
『地球防衛省、柳川です。春椿文香さんの電話番号で合っておりますか?』
「あ、合ってます! そ、それよりどうでした? やっぱり、何かの間違いでした?」
『あの……それが……』
私の言葉に、躊躇うような声を出す柳川さん。
少し間を置いてから、彼は口を開いた。
『あの……結論から申し上げますと、間違いじゃありませんでした。文香さんは徴兵対象のようです』
「え?」
『国としては、文香さんの徴兵を押し通したいようで……文香さんの年齢が二十六歳になっていたのも、意図的に国が改竄していたみたいです』
「え? か、改竄……? え、え?」
言っている意味が分からず、オウム返しのように聞き返す。
話の内容が突拍子もなくて、なに一つ理解出来ない。
そんな固まる私を置いて、柳川さんが話を続ける。
『要はですね、文香さんは近年稀に見る、選抜に適した人材だったんですよ』
「え?」
『だからこそ国は、文香さんに何としてでも戦地に向かってほしいようで……酷い話です……』
「て、適した……? ぇ、え……?」
どういう意味?
選抜? 適した?
ち、徴兵されるのは間違いじゃなかったってこと……? 私が……?
「文香……? ど、どうしたの!? 何でそんなに震えているの!?」
現実を受け止められず、半泣きになりながらガタガタ震えていると、キッチンに居たお母さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
私と同じように、お母さんも泣きそうな顔になっていく。
「や、やっぱり……徴兵されるみたい……ま、間違いじゃないって……」
「えぇぇぇ!? な、なんでェ!?」
「わ、分かんない……ス、スピーカーにするね……」
お母さんも会話に混ざれるよう、スマホをスピーカーモードに設定。
切り替わると同時に、お母さんは柳川さんに喰ってかかった。
「ど、どういう事ですかぁ!! 文香はぁ!! 文香は十代だから大丈夫だってぇ!!」
『落ち着いて下さいお母さん。怒鳴り散らし所で、現状が変わるわけじゃないんですよ』
「お、落ち着けるワケないでしょぉぉぉ!! ひ、他人事だと思ってぇ……ふざけないでよぉぉぉ!!」
『お母さん、落ち着いて下さい。少し勘違いされてると思うのですが、私はこの徴兵に賛成しているワケじゃないんですよ。むしろ、憤りしか感じていません』
「…………え?」
『正直、今回の国のやり方にはついていけないんですよ。世界平和の為とはいえ、十代の子供を送ろうとするなんて……許せません!』
さっきまでの淡々とした口調とは打って変わり、感情的になる柳川さん。
彼にとっても看過できないことだったのか、苛立つように言葉を続けた。
『だからお母さん! これから顔を合わせて、文香さんの徴兵を止める為に、打ち合わせをしませんか!?』
「え?」
『国のやり方をマスコミにリークして、この件を明るみにさせるんです! そうすれば国民から反発があがって、文香さんの徴兵を止められるかもしれません! 私のコネを使えば、それが可能です!』
「は……はい!」
力強い柳川さんの言葉に、コクコクと頷くお母さん。
もしかしたら何とかなるかもしれない。そんな気分にさせるような提案だった。
「そ、それで私は、どちらへ向かえば────」
『今から文香さんのスマホに、長時間打ち合わせが出来る、喫茶店の案内図を送信します! すぐにそちらへ向かって下さい!』
「わ、分かりましたぁ!」
『そして文香さん! 貴方は、家から一歩も出ないようにして下さい! どこにも外出しないよう、しっかりと施錠をお願いします!』
「せ、施錠……ですか?」
『えぇ。もしかしたら国の役人が、我々の行動を察して、文香さんを攫いに来るかもしれませんからね。なにかあってからでは遅いので、今すぐ対策をしましょう』
「は、はい……」
『あと、SNSも控えてください。国に、文香さんの位置情報がバレるかもしれませんからね』
「わ、分かりましたぁ……」
柳川さんに言われるがまま、私も指示に従う。
なんだろう……。
すごく適格な指示だと思うし、言ってる事は正しいと思うんだけど……彼の言葉に、すごく違和感を感じた。
何がどう違和感なのかは分からない。でも、今のやりとりに、凄く違和感を感じる。
徴兵っていう、非現実的な状況に陥ったからなのかな……何がおかしいのか、頭がまわらない……。
心に引っかかりを感じながらも、私とお母さんは、柳川さんの指示に従って行動に移した。
───────────
お母さんが、柳川さんとの打ち合わせに向かってから六時間、一向に進展がないまま日が沈みかかった。
テレビを付けても、特に徴兵絡みのニュースが流れる事はなく、淡々といつもの番組を放送している。
お母さんにメッセージを送っても、【お母さんに任せて!】としか返ってこないし……一人取り残された感じがして、孤独感が凄まじい。
一人でいるのが辛くなってきた。
心細いってもんじゃない。これから先、どうなるか分からなくて、怖くて怖くて吐きそうになる。
だ、だめだ……なにかやってないと頭がおかしくなる……。
気持ちを切り替える為にスマホを立ち上げると、メッセージアプリが開かれたままになっている事に気づいた。
タカちゃんの『どしたん? 話聞こか?』という呑気な文字が浮かんでいる。
………………そうだよ。
タカちゃんに相談すればいいんだよ。
なんで今まで忘れていたんだろ。タカちゃんに相談すればいいんだよ!
私に徴兵の令状が来たってことは、彼にも出兵の連絡が行ってる筈なんだ。
彼は帰還兵。きっとタカちゃんも、私と同じ状況の筈なんだ。
まさに運命共同体。今回の戦争についても色々知ってる筈なんだ!
慌ててメッセージアプリを閉じて、アドレス帳を立ち上げる。
少ない数の連絡先。すぐに彼の番号が見つかる。
タカちゃんの名前をタップし、通話ボタンを押そうとした所で、
ふと疑問に思った。
ちょっと待って。
ち、ちょっと冷静になろう。
そもそもタカちゃんは知っているのかな?
インベーダーの残党が現れたっていう事を、彼は知っているのかな?
このメッセージを見る限り、緊張感がまるで無い。
いつもの、のほほんとした感じで、私を気遣うようなメッセージを送っている。短い文だけど、彼の飄々とした感じが見て取れる。
呑気すぎて、タカちゃんには徴兵がかかってない、そう考えた方がしっくりくる。
ってことは、彼に招集の話は行ってないんじゃないのだろうか。
彼は帰還したばかりだし、恩赦が与えられて、徴兵を免除されたとか。そんな理由で。
もしこの予想が正しいのなら……私が今やろうとしていることは、最悪だ。
生きて帰ってきてくれたタカちゃんを、再び、戦争に関わらせようとしている。
彼の性格なら、私の代わりに出兵すると言い出しかねない。
昔から自分の事より他人を優先する人だ。間違いなく、私の代わりに出兵すると言い出すだろう。
そう考え始めると、私は、何も出来なくなってしまった。
彼は当時、何も言わずに戦地に向かった。
彼は私と違って、ただ淡々と戦地に向かった。
それなのに私は……その戦争から生きて帰ってきてくれた最愛の人を……再び戦争に関わらせようとしている……。
アドレス帳を閉じ、再びメッセージアプリを立ち上げる。
タカちゃんの『どしたん? 話聞こか?』の呑気な文字に、
私は、『大丈夫だから心配しないで』と送り返すことしか出来なかった。








