54話
スマホに浮かぶ、私を気遣う文字。
その言葉を、何度も何度も読み返す、私。
頼りたい。
助けてほしい。
救ってほしい。
湧き上がる気持ちを押し殺し、嗚咽と共に爆発しそうになる感情を噛み殺す。
話せない。
彼にだけは話すことが出来ない。
もし話してしまったら、最愛の人を巻き込んでしまう事になる。
せっかく生きて帰ってきてくれたのに、また戦争に関わらせてしまう。
私が相談したら、彼は必ず首を突っ込むだろう。
彼の性格からすれば、間違いなくそうなってしまうだろう。
だから私は、この恐怖に耐える事しか出来なかった。
「タ、タカちゃんは三年前……こんな気持ちを味わったっていうの……?」
凄まじい吐き気に襲われながら、ポロポロと涙が溢れ落ちる。
まさか春椿文香という普通の女の子に、徴兵の令状が届くなんて思ってもみなかった。
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事の発端は二日前、凛子ちゃんが帰ってから三十分ほど経った頃。
お母さんが、憔悴しきった様子で帰ってきた時から始まった。
「お、お母さん……どうしたの……? すごく疲れた顔してるけど……」
「ぁ……文香……」
スマホを片手に、髪がボサボサ状態のお母さん。
虚ろな瞳で、ボンヤリ私を眺めたかと思うと、彼女は急に泣き出した。
「え!? お、お母さん!? どうしたの!? なんで泣いてるの!?」
「ゆ、夕方……こ、こ、こんな物が……届いちゃって……」
震え声で取り出したのは、どこにでもあるような茶封筒。
表紙には、臨時招集令状と書かれている。
なにこれ?
「ん? 招集ってどういうこと?」
「な……中を開けてみて……」
「中?」
封筒から、三つ折りにたたまれた赤い便箋を取り出す。
開いてみると、私の名前と、二日後に出兵を命ずる、という一文が書かれていた。
出兵!?
コ、コレってもしかして徴兵ってこと!? わ、私に……徴兵の令状が届いたっていうの……?
便箋を持ちながらカタカタ震えてると、お母さんが話を続けた。
「ふ、文香が連れてかれると思ってぇぇぇ……グス……お、お父さんに相談しようと思ったんだけどぉぉぉ……ぜんぜん電話が繋がらなくてぇぇぇ……」
鼻水まみれで号泣するお母さん。まるで子供のように、みっともなく泣いている。
なんだろ……私以上に慌てるお母さんの姿を見てたら、なんか冷静になってきた……。
「お母さん、落ち着いて。お父さんは海外出張で、フロリダに向かってるでしょ」
「……ふ、フロリダ……?」
「ほら、戦争が終わったから、海外出張が出来るようになったって昨日言ってたじゃん」
「…………あ」
「今頃、飛行機に乗ってると思うから、電話は繋がらないと思うよ。機内モードになってるだろうし」
「…………あー」
キョトンとして、目をパチパチさせるお母さん。
そういえば昨日言ってた! って顔になってる。
「それにコレって本当の話なの? タカちゃんも戦争から帰ってきたし、テレビでも終戦したって言ったじゃん」
取り敢えず、思いつく端から疑問を並べる。
国が終戦したって言ってるのに、今更徴兵とか言われても信じられないんだけど。
それに私、料理くらいしか取り柄ないし。
「あ……そ、そういえばテレビでも言ってた! 戦争終わったって言ってた!」
「戦争終わってるのに、徴兵って意味分かんなくない?」
「い、意味分かんない! うん! 文香の言う通り意味分かんない!」
お母さんの顔に明るさが戻る。
「取り敢えずさ、コレを送ってきた所に連絡取ってみようよ。間違いじゃないんですかーって」
「うん! そうしよそうしよ! えっとぉ……番号はぁ……」
「お、お母さん……いま23時だよ? 流石にこの時間は繋がらないと思うんだけど……」
「ぁ、そっかー……」
さっそく電話をかけようとしたお母さんが、しょんぼりと俯いた。
相変わらず抜けてる所があるなぁ……。
基本的に優しくて穏やかなんだけど、テンパると思考回路が幼くなるっていうか。
このお母さんに、全部任せるのは流石に心配。
取り敢えず明日は学校を休んで、私も一緒に連絡しよう。そう思った。
次の日の朝、私達は茶封筒に記載のある、地球防衛省という所に電話をかけた。
私も対応出来るように、通話はスピーカーモードに設定。これなら話も聞けるし、お母さんがテンパっても対応出来る。
9時を回り、お母さんとドキドキしながら電話をかけると、数回の発信音の後に通話が繋がった。
『はい。地球防衛省・徴兵対策本部、柳川です』
凛とした声の男性。
地球防衛省というだけあって、エリートっぽい感じの声。クールっていうか、なんていうか。
その声を聞いたお母さんが、緊張した感じで話を切り出す。
「あ、あ、あの! き、昨日、臨時招集令状が送られてきた、春椿という者です! こ、こちらの令状について、お、お聞きしたい事があるのですが!」
『春椿さんですね……少々お待ちを……』
保留に切り替わり、軽快なメロディが聞こえてくる。
数分待たされたかと思うと、再び先ほどの男性に切り替わった。
『お待たせしました。今回、第20期選抜兵に選ばれた春椿文香さんですね。ご質問とは一体なんでしょうか?』
「は、はぃぃ! こ、この徴兵って何かの間違いですよね!? イ、インベーダーとの戦争は終わったって聞いてるんで、娘が戦地に行くとか、何かの間違いですよね!?」
『貴方もその質問ですか……』
どこか呆れた口調に変わる男性。
何度目だよ……この電話……っていうような態度に変わっていく。
『戦争はまだ終わってないですよ。いや、正確には一度終わったんですけど、また始まったんです』
「え? ど、どういうことですか……?」
『だから……残党が残ってたんですよ。インベーダーの残党が、大量に』
「え? え?」
『その残党を討伐するために選ばれたんです。おたくの娘さんは』
柳川と名乗る男性は、冷たく言い放った。
『だからその令状は間違いじゃないです。明日、役人がそちらに向かいますので、出兵の準備をお願いします』
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その後、柳川さんという男性から色々と説明してもらった。
面倒臭そうに電話を切りたがっている彼を宥め賺し、なんとか説明してもらった。
なんでも、インベーダーは全滅していなかったようで、世界各地で残党が現れたらしい。
その残党を殲滅するために、今回私が選ばれたそうだ。
ちなみにこの情報なオフレコになってるようで、公式に発表されるのは、もう少し先になるらしい。
だから……間違いじゃなかった……。
徴兵は……間違いじゃなかった……。
私は明日……戦地に向かうんだ……。
ショックで放心していると、お母さんがテーブルをバンッと叩いた。
「ち、ちょっと待って下さいよ! なんで娘なんですか!? なんで文香なんですかぁぁぁぁ!!」
『なんでと言われても……選抜基準は国家機密となっているので説明出来ません』
「説明出来ないって……こ……こんなの……納得出来ませんよぉぉ……」
頭を抱えて、おいおいと泣き始めるお母さん。
悲しむお母さんを尻目に、電話越しの柳川さんが淡々と言葉を続ける。
『お母さん、貴方のお気持ちも分かりますが、この徴兵は絶対なんですよ。どれだけ泣き叫んでも覆りませんから』
「わ、私は認めないからぁぁ……ぅ、うぁ……ぜ、絶対認めないからぁぁ!!」
『あのですねぇ……徴兵制度が制定された当初は、十代の子供ですら徴兵されたんですよ? 貴方の娘さん、二十六歳ですよね? いい年なんですから覚悟を決めて下さいよ』
「……え?」
柳川さんの言葉に、私とお母さんの動きが止まる。
二十六……?
固まる私達に気付かない柳川さんは、話を続けた。
『今でこそ選抜基準が引き上げられて、二十歳以上が対象となりましたが……当時は、十三歳の少年ですら戦地へ向かったんですよ? 成人されているのですから、みっともなく怒鳴り散らさないで下さい』
「ぁ、あの……ちょっといいですか……?」
固まるお母さんに変わって、私が会話に割って入る。
急な私の登場に、柳川さんはちょっと動揺した。
『え? えっと……貴方は……?』
「わ、私の名前は文香です。今回、徴兵の令状が届いた文香です」
『あ、貴方が文香さんですか……ず、随分お若い声をしてますね……』
戸惑う柳川さんに、疑問を投げかける。
「あ、あの……徴兵の条件が変わって、二十歳以上じゃないと徴兵されないって言ってましたよね……?」
『え? ぇ、えぇ……今は当時と違い、子供を守る為に二十歳以上が条件となっております』
「じ、十六です……」
『え?』
「わ、私の年齢……十六歳です……二十六歳じゃありません……」
『…………え?』
今度は柳川さんの時が止まった。
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『お、おかしいですね……どの資料を見ても、二十六歳になっている……』
三十分後、電話越しに、柳川さんの困ったような声が聞こえてきた。
『すみませんが……ちょっとお時間を頂けないでしょうか? 関係各所に連絡して、確認を取ってみますので……』
「ぁ……あの! そ、それじゃあ私の徴兵は……」
『断言は出来ませんが、十代の徴兵は認められていないので、恐らく今回の話は無かった事になると思いますよ』
「ほ、ほんとですか……?」
「よ、よかった……」
へなへなと、力なく崩れ落ちる私とお母さん。
安心しすぎて……腰が抜けてしまった……。
心の底から安堵していると、柳川さんのクールな声が聞こえてきた。
『まぁ、断言は出来ませんけどね』








