51話
昼めしの菓子パンを頬張りながら、今日一日のことを振り返る。
びっくりするほど何もなかった。
テレビで、散々オリヴィアが俺の名前を連呼していたから、「お、お前! オリヴィアとはどんな関係なんだ!」とか「どこで知り合ったんだ! 答えろ!」とか聞かれると思ってたのに、びっくりするほど何もなかった。
学年最強の陰キャが、国際的な歌姫と面識があるって思わなかったんだろうな。クラスメイトのスルーっぷりに、ちょっと切ない気持ちになっちゃいます。
まぁ……戦争帰りってのがバレなかったから、結果オーライなんだけどね。でも、なんだろ……立ち位置を思い知らされたようで、胸がすっごくキュンキュンする。
もうこれ……友達作りとか無理じゃね? ここから挽回するヴィジョンが、全く見えないんすけど。
どうしたもんかねぇ……と項垂れながら、六個目の菓子パンを開けると、教室の扉がバンッと開かれた。
「タカシは…………と。いたいた。弁当持ってきたから一緒に食べようぜ!」
錬児だ。
嬉しそうに微笑みながら、俺の所へ近寄ってくる。
彼の登場に、隣に座るナタリーが、ぐぬぬと呻いた。
「おいコラ舎弟ぇ……休み時間になるたびD組に来るんじゃねぇよぉ……お昼ご飯くらい、自分の教室で食べろやぁ……」
「いいじゃんコッチで食っても。ナタリーさんには迷惑かけてないだろ?」
「かけてんだよぉ! 舎弟が来ると、プロ野球の話題にしかならないから会話に混ざれねぇんだよぉ! タカスィを独り占めすんなよなぁ!」
プリプリと怒り始めるナタリー。
それに便乗するように、一緒に昼飯を食べていたシェリーと巴ちゃんも抗議を始めた。
「ナタリーさんの仰る通りですわぁ! 昨日だって、今内選手とやらの二遊間の守備範囲について、ずっと二人で盛り上がっておりましたものね! 話の内容がマニアックすぎて、チンプンカンプンでしたわよ!」
「大塚さんはイケメンで陽キャなんだから、ボクらインキャーズの仲に割り込まないでくれよ! せめて、ボクらも会話に混ざれるような内容を喋ってくれ!」
「お、怒んなよ……いいじゃん……お前らは、いつでもタカシと一緒にいれるんだから……」
そう呟きつつ、ちゃっかり近くの席から椅子を持ってくる錬児。
輪に混ざるように、適当な位置に腰掛ける。
「ナタリーじゃないけど、確かに錬児って、休み時間になるたびD組に来るよな。大丈夫なのか?」
「大丈夫って……なにが?」
「いや…………D組に来てくれるのは嬉しいんだけど、A組の連中怒らない? 錬児、友達多そうだし、少しはそっちの相手をした方がいいんじゃないの?」
錬児ってマジでイケメンでいい奴だから、コイツの周りにはいつも人が寄ってくるんだよな。
それを俺が独り占めしてたら、俺が怒られそうだ。事実、徴兵される前は同級生にけっこうキレられたし。
そんな俺の疑問を、錬児はキョトンした顔で答えた。
「俺、友達いないけど」
「え?」
「だから俺、A組に友達なんていないんだよ。凛子や文香とも違うクラスだから、A組じゃボッチになってるんだ」
「は? 嘘だろ……?」
「嘘じゃねぇって。その証拠に……ほら」
ポケットからスマホを取り出し、アドレス帳をこちらに向ける錬児。
そこには、家族と、俺たち幼馴染と、千恵とかかれた連絡先しか載ってなかった。
なんだこのスッカスカな連絡先……。
「こんな感じで陰キャやってるから、コッチに来ることくらい許してくれよな!」
「い、陰キャ……?」
このレベルのイケメンでも陰キャ……? 錬児で陰キャなら、俺はいったい何になってしまうんだ? 闇キャ?
ショックで固まっていると、巴ちゃんが小さく鼻で笑った。
「なに言ってるんだよ……周辺高校にファンクラブまであるような男が、陰キャなワケないじゃないか……」
「それを言うなら、巴さんだって陰キャじゃないだろ。雲雀家の御令嬢が、陰キャを語んなって」
「はぁ? 雲雀家は関係ないだろ? ボクはこう見えて重度のオタクなんだ。陰キャ以外、何者でもないね」
「そんなこと言ったら俺だってオタクみたいなモンだぞ? 漫画やゲームも好きだし、陰キャ以外、何者でもないな」
「お二人とも、陰キャアピールが凄まじいですわねぇ……」
シェリーが一斤ある食パンを丸かじりしながら、呆れ顔になる。
コイツら、いつの間にか軽口を叩き合うような関係になってるんだよな……俺とは違って、距離感の詰め方が上手いっていうか、なんていうか……。
これで陰キャになってるとかおかしいだろ。A組の連中はなにを考えているんだ?
「あら? 珍しく凛子さんも来ましたわよ」
「ん〜? 本当だぁ〜。おっすおっす〜」
「おっすおっすナタリーさん、シェリーさん。相変わらず、凄い量のご飯を食べてるのね……」
声につられて振り返ると、凛子が小さな弁当を抱えて立っていた。
錬児と同じように、近くの席から椅子を持ってくる。
「あれ? 凛子が昼に来るなんて珍しいじゃん。どうした?」
「今日、文香さんが学校を休んだから、教室に話し相手が居ないのよ。だからタカシ、私の相手をして」
「なんだよ……凛子も俺と同じ陰キャなのか?」
「いんきゃ……? あー……うん。そうよ。私も陰キャ」
「マ、マジか……」
頭ぶっ叩かれて否定されると思ってたのに、まさか肯定されるとは思わなかった。
凛子で陰キャなら、俺はいったい何になってしまうんだ? カスキャ?
「だからタカシ、陰キャ同士、しっかり私の相手をしなさいよね。そうねぇ…………今日から寝る前の三十分は、わ、私との電話を日課にするわよ! い、陰キャなんだから仕方ないわね!」
「カリスマモデルでも……この学校じゃ陰キャになってしまうのか……やべぇだろ……」
「聞けよ」
凛子がなんか言ってるけど、今はそれどころじゃない。
俺が戦争に行ってる間に、友達作りのハードルは跳ね上がってしまっているようだ。
陽キャにしか見えない陰キャ共に囲まれながら、俺の友達百人計画が、どれだけ無謀なモノだったのかを思い知らされた。
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一通り弁当を食べきったタイミングで、凛子が「そういえば……」と話を切り出した。
「タカシ、明日の事ちゃんと覚えてる?」
「みんなで水着を買いに行くんだろ? ちゃんと覚えてるよ」
明日、ここから三十分ほど電車で向かった先の、大型ショッピングモールへ行く約束をしている。
目的は水着の購入。
こんなに大人数で遊びに行くのは久しぶりだ。正直、かなり楽しみにしている。
「現地10時集合だから、遅れちゃダメよ」
「任せろ! 前乗りする予定だから大丈夫だ!」
「どれだけ楽しみにしてるのよ……ふふ……おばか」
凛子が、保母さんのような表情を浮かべながらチョップをかます。
まるで残念な子供をあしらうような感じ。完全に呆れてるな、コイツ。
「それじゃあ私は、文香さんと錬児君を連れて行こうかな。二人ともお寝坊さんだし」
「そういや、文香って今日休みなんだな。アイツ風邪でも引いたのか?」
「さっき連絡してみたんだけど、風邪ではないって言ってたわよ。ちょっとトラブルが発生したみたい」
「トラブル? トラブルってなに?」
「さぁ……そこまでは教えてくれなかったんだけど、大丈夫だから心配しないで、とだけ返信が来たわね」
「ふーん……」
風邪じゃないのか。
昨日電話した時は元気そうだったから、あのあと何かあったのかな?
ポケットからスマホを取り出し、アプリを立ち上げ、素早く文香にメッセージを打ち込む。
取り敢えず、『どしたん? 話聞こか?』と送った。








